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第5章 暗黒を狩る黒い真珠
55: 銃撃の運河祭
しおりを挟む死体は、沢山見てきた。
民間警察の職員のそれよりは少ないだろうが、一般人より漆黒は「死」と身近な間柄にあるはずだった。
しかし「見る」のと、殺すのとは違う。
WUWでは相当暴れたが本気で拳銃を使うことはなかった。
人をこんな風に、射殺したのは初めてだった。
人は実にあっさりと死ぬものだ。
それは古典映画の決闘のような銃撃だった。
勿論、そう望んだ訳ではない。
お互いの間合いを探り合いながら距離を詰め合っている内に、二人とも遮蔽物がない方向に、お互いを見つけ出してしまったのだ。
どうやら相手はバイオアップ処置者のようだった。
しかも二人いる。一人は漆黒に正対し、もう一人は周囲へ警戒の目を光らせている。
いいコンビネーションだった。
この距離と拳銃では、漆黒の身体能力のアドバンテージの高さは、余り役に立たないということだ。
後は度胸勝負だった。
狙いとタイミングを逸した方が死ぬのだ。
瞬間にルールは成立し、漆黒と相手はそれを理解し合った。
相手の弾は、漆黒の頭髪をほんの少し引きちぎって行っただけだ。
漆黒は相手の身体の中心に狙いを絞った。
自分が動いている時、的は大きい方が当てやすい。
一撃必殺を狙った相手の弾は外れ、空を切り、腹を狙った筈の漆黒の弾は相手の心臓をぶち抜いた。
「殺す」とは、相手の「生」を絶つ事、、、。
もう一人いた筈の襲撃者は、仲間の死に様を見て、今が潮時と判断したらしく、漆黒が死体の確認をし始めた頃には、その気配を消していた。
本当は、それで助かったのだ。
この時点で、漆黒の拳銃の残弾は0だった。
漆黒は死体の手から拳銃をもぎ取った。
回転式のリボルバー六連発の内、四発も残っていた。
この時ばかりは、漆黒の身体に震えが走った。
次に死体のポケットを探る、予備の小さなロケットが6つ並んだようなクリップが二つも見つかる。
それを漆黒は自分のポケットに入れ、リボルバーはベルトの間にねじ込んだ。
完全な服務違反だ。
しかし漆黒への襲撃が失敗した事は、「逃げてくれた」もう一人から、既にディモス・メルクーリ側に連絡が行っているはずだ。
彼らは、今度は死にものぐるいの対応を見せるだろう。
警察に戻って事情を報告したり、武器を整える暇はなかった。
アドレナリンが枯渇した漆黒の身体が、小刻みに震え始める。
『クールになれ、まだ事は終わっちゃいない。』
『俺の身体は強化されたクローン人間のものだ。』
『身体は、後、百回でも修羅場を潜り抜けられる。』
『要はお前の心の問題だけだ、タフになれ。』
漆黒は自分の車に向かった。
一刻も早くディモス・メルクーリの屋敷に急行する必要があった。
漆黒には、子どもを奪われた親の気持ちが理解できない。
なぜなら漆黒は、クローン原体に捨てられた男だからだ。
だから初め、今回の捜査のエネルギーは、単なる刑事としてのこだわりでしかなかった。
だが、ディモス・メルクーリの誘拐した子どもが、「親に捨てられた子ども」だという事を知った時、漆黒の気持ちは変わり初めていた。
念のためにと、直に事情聴取しておいた被害者の母親の神経質そうな表情は、今でも漆黒の脳裏から離れない。
今回の捜査の再浮上は、警察の上層部が決めた事であり、被害者の親は「あの事」を忘れたがっているように見えた。
かっては相当な美貌を誇りながら、その内面に「闇」を抱えたような母親の顔は、漆黒の訪問に迷惑さ以上の反応を見せていた。
それは漆黒にとって、お馴染みの表情だった。
秘密を「暴かれる」事への不安だ。
その子どもを救い出し、「仮面の捜査願い」を届けている親権者に、引き渡してやる事が、その子の幸せに繋がるのかどうか?漆黒には、自信がない。
しかし、とにかく殺させるわけにはいかないのだ。
例え相手が誰であろうとも、、。
そう、生命体は生き延びる事こそが、全てに最優先されるのだ。
かっての漆黒が、そうであったように。
・・・・・・・・・
予感がした。
俗に言うところの「虫の知らせ」という奴だ。
得も言われぬ、はげしい不安感。
この感覚は、過去に一度経験した事がある。
親父の票田を、親父の腹心の部下と奪い合った。
父親に愛されてはいたが、信頼はされていなかった私。
私は選挙に「勝つ」事によって、父からの信頼を回復しようとした。
開票の日、私は勝利をもぎ取ったが、親父はその夜、お定まりの心臓発作で倒れた。
親父の死に目は、私が争った父の部下が先に看取った。
私は「勝利者」に許された必須のパーティの為に、父の死の瞬間に間に合わなかったのだ。
だが、あの時の「虫の知らせ」の感覚だけは、肉親の情として本物だったと思う。
それが今、私を責めている。
私は、躊躇わずに、車をUターンさせた。
今夜予定されている運河祭でのスピーチなど、すっぽかしても今の私ならなんとでもなる、、、今度は間に合わせるのだ。
漆黒は、この時間帯には、あり得ない渋滞に巻き込まれてしまった。
ハンドルを握る手の平に、汗がにじみ出ているのが判る。
今日は「運河祭」だったのだ。
ディモス・メルクーリの屋敷に行くためには、目の前のクエンク運河を回避して到着する経路はない。
交通規制の為に、のろのろと進む車の屋根の連なりの向こうに、電飾で飾り立てた客船の上部が巨大な生き物のようにゆっくり横切って行く。
そんな調子で、デコレートされたあらゆる種類の船が、あと2時間はクエンク運河を往復する事になる。
ドーンと空気を鈍く響かせる音と共に、夜空に花火が上がった。
もう思案している猶予はない。
『地下鉄だ。』
『フォーズブロックの地下鉄の駅が直ぐ側にある。』
『確か、この地下鉄は運河の下を突き抜けている筈だ。』
『運河の向こうで車を拾えばいい。』
漆黒は自分の車を、非難のクラクションの嵐を聞きながら無理矢理、測道の空間にねじ込んだ。
車を乗り捨て、最寄りの地下鉄駅まで全速で走る。
地下鉄のプラットホームを見下ろす下り階段から、下の光景を見て、漆黒は泣きを入れたくなった。
運河祭を見物に来る人間が溢れかえっていたのだ。
漆黒は意を決して人の海の中に飛び込んだ。
プラットホームに着くまでに、何人かを突き飛ばし、何人かの肩を弾いた。
その度、罵声を浴びせかけられた。
だが大体の人間は、漆黒の一睨みで大人しくしてくれた。
それで良かったのだ。
今の漆黒の気分は、自分の肩に手を掛けられようでもしたら瞬間的にその人間を殴り倒したいほど苛ついていたのだ。
「おい待てよ!お兄さん。人にぶつかって置いて、謝りの一言もないのかい!」
乗車位置にたどり着く寸前、悠長な癖に、威圧的な言葉が漆黒の背中にかかった。
職業柄、今まで嫌という程繰り返し聞いて来たチンピラやヤクザどもに共通する口振り。
どうやら相手は、バイオアップ処置者のようだ。
電車が到着するまでには、まだ少し時間がありそうだった。
ここらで少しは、フラストレーションの解消を図っても良いかも知れない。
漆黒は振り返りざま、相手の口元にパンチを叩き込む積もりで、握り拳を固めた。
それから先は、数秒の出来事だったが、上物の「薬」でも決めたかのように、奇妙に透明な推移で事が進んでいった。
、、相手も結構、喧嘩なれた男だったのかも知れない。
振り向いて殴りかかろうとする漆黒の気配を察知してか、機先を制する為に、こちらに頭突きをかまそうと男が飛びかかって来た。
防御の為に、瞬間身を入れ替えた漆黒の目の前で、男の頭部が爆発した。
男の脳漿や髪の毛、その他得体の知れないものが、漆黒の上半身に飛び散った。
地下鉄の構内の時間が、一瞬凍結する。
銃声は発砲された瞬間こそ構内の喧噪に負けていたのだろうが、その残響は「死」の力で、全てを制圧した。
漆黒の周囲の人間は全て、漆黒達を凍り付いたように見つめ、残りのその他の人間は、銃声がした方向を見上げていた。
漆黒が先ほど降りてきた階段の人波が、奇妙な具合に凍結している。
階段半ばの人の群が、ある男を中心として空白になっていた。
漆黒の方からはハッキリとは視認できないが、男の腕には小振りのライフルが抱かれていた。
あのヤクザ者は、腕が立つのが災いして、漆黒の身代わりになってしまった訳だ。
「こんな所で」という猛然とした怒りが込み上げて来る反面、漆黒は、自分がどうしようもないピンチに追い込まれた事も判っていた。
今の漆黒は、自分の命と引き替えに、地下鉄構内にいる何百人という人質を取られたのと同然だったのだ。
奴は目的を果たす為なら何人でも殺すだろうし、それが成功したら、逃亡の為に周囲の人間を、又、何人でも殺すだろう。
無茶苦茶だった。
先の銃撃戦の方が、まだルールがあった。
ライフルの男には、例え捕まっても、それなりの便宜を図ってもらえる約束があるに違いない。
だが漆黒は、男を「逮捕する為」であっても、男から「逃げる為」であっても、その位置から動き出す事が出来なかった。
撃たれやすい標的である必要があった。
なぜなら漆黒は、刑事だから。
民間人を巻き添えにする訳には、いかないのだ、、。
『黙って撃ち殺されてやるしかないのか?』
男がライフルを構え直した時、男の少し上の方の階段で「動き」があった。
酔っぱらい数人が、オダを上げたり、歌を怒鳴り上げたりしている。
普段なら地下鉄の構内では、そんな騒音は、ごく当たり前の「騒音の一部」で、此処までは聞こえはしないのだが、「今」は違った。
運河祭で、しこたま酔いつぶれ出来上がった男達のグループなのだろう。
彼らには、今ここで起こっている事が判りようもなく、勢いに任せてプラットホームへ無理矢理降りてこようとしているのだ。
気も大きくなって、好戦的にもなっているのだろう。
突如として、狙撃手の周りの人垣の空白が崩れ、ついに狙撃手の視線が、漆黒から離れた。
男は、自分の上にいる酔漢どもに「一発の恐怖」を、叩き込んでやる必要性を感じたのだろう。
チャンスは、今しかない。
漆黒はリボルバーをベルトから抜き出すと、超人のスピードで狙撃手に向かって猛然と走り出した。
今度は誰も、そんな漆黒を邪魔立てしようとは、しなかった。
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