精霊捜査線・錬金術師達のマリオネット パラケルススの魔剣と天国にいる敵

Ann Noraaile

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第5章 暗黒を狩る黒い真珠

56: いつものうんざりする結末

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 シェルターのドアが開いていた。
 中を見るまでもなかった。
 あの坊やが引き起こしたトラブルなら、シェルターの中に二人が残っているはずがなかった。
 首筋に風の流れを感じた。
 窓を開け放した状態で、風をここまで運んでこれる部屋は一つしかない。
 私のドレッシングルームだ。
 電灯の消されたドレッシングルームに飛び込んだ途端、私は濡れた床に脚を滑らせ尻餅をついた。

 床から私の全身を包む金臭い匂いが立ちのぼっている。
 私は吐き気を催すほどの予感に震えながら、部屋の電灯をつけた。
 姿見の前で、私の娼婦姿用の下着を付けた老婆が、下半身を真っ赤に染めて死んでいた。
 血だまりの中に萎びた細長い肉塊が浮かんでいる。
 かって幼い私の夢の中に何度も何度も登場した肉塊。
 嫌悪・憎悪・愛着のシンボル。
 唯一の違いは、今それがアルフレッドという本体から切り離されているという事だ。

 でもあれを、どうやって切り取ったんだろう。
 噛み千切った?
 それにしてはいやに断面が綺麗だった。
 私は束の間、月明かりが差し込むこの部屋の中で坊やがアルフレッドをフェラチオしながら、そっと鋭利な何かでアルフレッドのペニスを切り取る場面を想像する。
 私は跪き、老いてなにもかもが軽くなったアルフレッドの頭を膝の上に載せてやった。

 暫く私の意識は、凍り付いていた。
 どれぐらい経ったろう?
 何時、私の心が平常に戻ったのか、そしてそのきっかけは?、、そんなもの分かりはしない。
 不思議なことに、あれほど固執していた少年の消失についての痛手は、何一つと感じなかった。
 欲しければ、又、買えばいい。

 突然、自分の置かれた状況が見えてきた。
 何とかしなくては、今度はだれも手伝ってくれないのだ。
 「スキャンダル」は死だ。
 父を失いアルフレッドを失い、私はもうこれ以上、何一つ失う訳にはいけない。

 クレンジングクリームを化粧台から取って来て、アルフレッドの顔からファウンデーションをぬぐい取ってやる。
 仮面から仮面を剥がしているような気がした。
 死の仮面の下には死の素顔があるだけだ。
 その時だった。
 後頭部に冷たく堅いものが押しつけられてきた。

「それ以上は止めて置くことだ。今ならお前さんの罪から、証拠隠滅の分は差し引いてやるよ。サービスだ。警察は民間みたいに、がめつくはないんでな。」
 声の主を確かめようと、振り返って見上げる。
 初めて見る男だった。

 多分、私を嗅ぎ回っていた刑事だ。
 しぶとく生き残ったというわけだ。
 何もかもが真っ黒な男。
 黒い服に黒い髪。
 少しウェーブのかかった男の髪は、先ほどまで激しい運動を続けていた運動選手のように濡れて形の良い頭蓋骨に張り付いていた。

 よく見れば身体中に、何か得たいの知れない不吉なものが飛び散っている。
 だが何より印象的なのはその男の漆黒の瞳だった。
 私は、しばらくその男の黒い瞳に見惚れていた。

 虚無だ。
 それは虚無の黒だった。
 だがその虚無の色は美しい。
 私の虚無はどうだろうか、、。
 開け放たれた窓から、遠くで響く運河祭用の花火がだす音が聞こえてくる。
 そうだ、スピーチに行かなくては、、、、。


    ・・・・・・・・・


「つまらねえ、、。」
 漆黒はインテレビのスィッチを切った。
 いくら待ってもディモス・メルクーリのニュースが流れて来ないからだ。
 警察にとっては威信回復のチャンスだった筈なのに、やはり、第二のドクランド事件の犯人はディモス・メルクーリでは不都合だったようだ。
 例えばアンダーワールドの住人のような人間が良かったのだろう。

 ・・・まだ、でっち上げがなかっただけマシか。
 結局、ドクランド事件が発端になって捜査が始まったこの事件も、他の誘拐事件も、上の階層の人間達のあれやこれやが始まって、有耶無耶になったのだろうか、、。
 漆黒は裏の事情を探ろうと、署のブースにはいってみたが、当然のごとく頭脳探偵との接続は切られていた。


 ディモス・メルクーリの元から逃げ出した被害者は、執事のアルフレッド・アイアンズを殺害して加害者となり、それをあの衆寒極市の女刑事が逮捕した、、。
 人を殺した少年を擁護する気はないが、結局、割を食うのは最下層の人間だ。
 「殺し」と言えば、こんな事は良くある事故と割り切っているつもりの漆黒だが、今回の捜査で漆黒は正当防衛の成り行きとはいえ、人を二人殺している。

 ・・・そして、ある罪を犯して裁かれるべき人間が、その罪によって裁かれない。
 権力者達の辻褄あわせの為に、俺は刑事をやっているのか?
 刑事を続ける事で、己の人間としての存在意義を確かめたかったのではないのか。
 こんな事なら元の野良クローンに戻って、張果の甥っ子として、面白可笑しく生きれば良いのではないか?
 焼け付くようなスリルだけなら、張果の元でも充分味わえる。
 そしてそういう生き方が、薄々感じ始めている、漆黒賢治が俺に掛けた呪縛から解き放たれる事に通じはしないか?
 そう、漆黒は考え始めていた。

 そんな時、机の上に置いてあったストリングが鳴った。
 発信者はレオン・シュミットだった。

「よう漆黒、、」
「どうしたデブ野郎、久しぶりじゃねえか、、、、」
「聞いたか?」
「何をだ?」

「精霊計画が再開される。」
「、、、、、。」
「俺のも、新しいのが帰って来るそうだ。」
「、、、そうか。良かったな、、。」

「お前、まだやれるか?」
 そんな事を聞くレオンは、失意のどん底から回復しつつあるようだった。
 漆黒もレオンのように、暫くは仕事を止めて『死んでいれば』良かったのかも知れない。

「、、、ああ、多分な。」
 漆黒は全てに、倦みつつあった。
 返答の答えは本当に、「多分」だった。





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