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第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病
62: 捨てる神、拾う神
しおりを挟む「闇の舟」のボスであるアフマド・カバヒディを逮捕したまでは良かったが、その後、漆黒には思わぬ伏兵が待っていた。
その伏兵とは、漆黒が「闇の舟」に突入した際、最初に「公務執行妨害」と、床に叩き付けた若者だった。
いやもっと厳密にいうと、その若者の父親が、第七統合署に息子を釈放させ、更には漆黒によって毀損された息子の名誉を回復しろと、署に圧力を掛けてきたのだ。
当然のごとくその父親は、第七統合署所轄エリア内の有力者だった。
そういった事態を回避するためのドローンによる記録があった筈だが、ドローンが途中まで記録していたデータは、以降の融通を利かすために、漆黒が改竄を加え、正式ルートで上に上げることをしていなかった為に、それがかえって障害となっていた。
つまり「闇の舟」の処遇は、署レベルで、その行き先を左右できる状態にあったのだ。
こういった有力者の圧力に弱い署長は、すぐさまその父親の意向にひれ伏した。
あげくの果ては、漆黒に、あの若者に謝りに行けと言い出したのだ。
謝る謂われは勿論ないし、そこに行けば、度を超した屈辱の意趣返しが待っているのは目に見えていた。
漆黒の心は再び揺れた。
自分が刑事として止まっている理由が、またもや揺らぎ始めたからだ。
原体である漆黒賢治が、現在の猟犬のような立場を猟児に求めていた事は以前からなんとなく気づきかけていた。
だがその事は自己確立を模索する漆黒にとっては、それほど重要な要素ではなかった。
獲物を追うことは楽しいが、それは別に漆黒賢治の為でなくとも良いのだ。
いやそれより何より、ウェストアンダーワールドを出た時には、漆黒の中には彼自身の「志」と呼べるようなものがあった筈だ。
それが今はない。
ウェストアンダーワールドは、力が総ての世界だから、出戻ることは可能だった。
出戻りをアレコレ言うヤツは叩き潰せばいい。
そういうやり方で、本人の気持ちは別として、ウェストアンダーワールドに居場所は出来る。
あるいは、もっと現実味のある選択は、張果の家業をついで、本当の意味で張果の甥になってしまう事だった。
張果はそれを望んでいるし、漆黒も張果が嫌いではなかった。
だが今はフレズベルクがいる。
一番の問題はそれだった。
ここは忍の一字で、恥辱に耐えるべき時なのかと、漆黒は思い悩んでいた。
そんな漆黒の窮地を救ったのは、思わぬ人物だった。
それは中央情報局jp.CIA、通称ジッパーのフジコ・ヘミングウェイ・パーマー捜査官だった。
「闇の船」事案は、裏で圧力をかけてきた人物の力より遥かに大きい力が働いて正常に事が運んだ。
その結果、一つの少年強盗団と、一つの有力企業が潰れる事になったのだ。
どんな企業でも不祥事の一つや二つは抱えているものだ。
だが警察や司法は、普通の状態では、あえてそれを掘り起こして問題にはしない。
だがジッパーは、ある企業を潰す必要が出てくれば、それを効果的に利用して徹底的にやる。
企業存続への配慮などはまったくない、彼らは、畑に植えた植物を引っこ抜いても、又植えればいいと考えられる位置にあった。
ジッパーの荒行の後には、自分の息子に掛けた下手な温情のせいで、自分自身が潰されてしまった父親が残った。
漆黒は、少年の父親に若干の哀れみを感じていたが、当のフジコ・ヘミングウェイ・パーマーはその事についてなんの痛痒も感じていないようだった。
フジコ・ヘミングウェイ・パーマーは第七統合署長用の応接室でその細長い身体をソファに突き刺すように座り、漆黒に正対していた。
署長の蔡などが、出る幕は全くないし、蔡自身がその事をよく心得ていて、蔡はこの二人の会見にはまったく顔を覗かせていない。
「その父親の事をあなたが気に掛ける必要はありません。彼は、警察と彼の両方のメンツが立つようにと考えた私達の超法規的な提案を断った。それが彼が破滅した理由の全てです。私達を相手にして、自分の思いが通せる等という判断を下すのですから、ほおって置いても、彼はこの先、事業で失敗した事でしょうね。でも今度の件で、彼は自分の個人資産をほとんど失っていない。私達がそう調整したのです。もし彼が今度の事で学ぶ力を持っているのなら、彼はやり直す事が出来るでしょう。」
フジコ・ヘミングウェイ・パーマーは、淡々と自分の考えを説明した。
客観的に見れば、『せめてもの情け』という状況だったが、彼女自身は、自らが行った事を、それ程情緒的には捉えていないようだ。
「でも彼は、この先、ジッパーの事を恨みに思うでしょうね。」
恨みに思うのはこの男だけではあるまい。
パーマー捜査官にから徹底的にメンツを潰された署長の蔡などが最たるものだろうが、勿論、漆黒は蔡に同情などまったくしていない。
「彼の怨みの矛先が、貴方から私達に変わるのなら、それも一つでしょうね。」
こんな痛烈なことを物静かに喋る彼女に、第七統合署署長評を語って貰えば、さぞかし溜飲の下がる思いが出来るだろうなと思いながら、漆黒は話の先を急いだ。
彼女との関係は、まだそれ程、親密なものではなかった。
「でもなぜジッパーは、俺に肩入れしてくれるんです?俺に恩を売って何かの取り引きをしょうってんですか?」
「その通りです。私達は貴方の協力が欲しい。」
相変わらずパーマー捜査官は一時も漆黒を見つめる視線を外そうとしない。
そこから来る圧力は、漆黒が息苦しくなる程だった。
「警察は国家の組織ですよ。組織と言えば、その中でも、あなた方ジッパーは、特に本庁が立たなくても、俺らから見たら遥か雲の上の存在だ。あなた方なら、指先一本で俺を何とでも出来る。現に内の署長は、貴方にビビりまくっている。」
「貴方に協力して欲しいのは、赤・フォルモサ・ダイオワン旅団に関わっての事案です。」
「旅団の事はレオンから聞いています。あの鴻巣徹宗が関係してるらしいですね。そりゃ俺も、鴻巣徹宗とは多少の因縁はあります、、が、あなた方から特別扱いされる程のものじゃないと思うんですがね。」
「はっきり言いましょう。貴方は漆黒賢治のクローン体ですね。その事が鍵なんです。それにそれは、極めてデリケートな問題を孕んでいる。」
漆黒は、パーマー捜査官から自分の正体を突きつけられて、少なからずの衝撃を受けた。
「我々ジッパーは、漆黒賢治の事も追いかけていました。当時の彼のコードネームはパラケルスス。大昔の錬金術師の名前です。初めて人造人間を作ったとされています、悪趣味なネーミングですが、それに従えば、貴男はパラケルススが常に身に付けていた魔剣、アゾットという事になりますね。」
漆黒はパーマー捜査官が珍しく、自分の言葉のインパクトを和らげようと口にした無駄話を、しばらくぼんやりと聞き流していた。
よく考えてみれば、生まれ故郷のウエストアンダーワールド以外で、自分がクローン体である事を他人から取り沙汰された事は殆どなかったし、ましてや漆黒賢治の名前を、警察関係者から持ち出されたことは一度もなかったからだ。
それにしても不思議な女性だった。
クローン体と口にした、彼女の言葉の中にはなんの差別性もなかった。
そして同時に理想主義者的な部分もまったくなかった。
「パラケルススの魔剣?、、、どうでもいい。でも、あなた方が、漆黒賢治を追いかけていたと言うのは本当の事なのですか?漆黒賢治の具体的な過去は、何か大きな力で消され続けてきた。奴は一時、スーパースターだった筈だ。多くのマスコミが奴を追いかけ報道した。なのに今じゃ、何処を探したって奴の映像はほとんど残っていない。今、残っているのは、奴がクズ野郎だったって事だけだ。そんな事が出来るのは国だけだ。俺はその抹消を中心になってやったのが、ジッパーなんじゃないかと考えていた。いや、恨んじゃいませんよ。俺は漆黒賢治とは、なんの関係もありませんからね。かえって清々するぐらいだ。しかし今、貴方は、ジッパーは漆黒賢治を追いかけてきたと言った。どうなっているんです?捜査の基本は情報収集だ。、、それともあなた方は、漆黒賢治の情報を漁ったしりから、それを抹消していったのですか?」
「確かに漆黒賢治の情報は大きな力で抹消されつつあります。でもそれをやったのは我々ではありません。貴方が指摘したように、我々は漆黒賢治の情報を欲しがっている立場ですからね。私達は情報が消されていくその様子を、悔しい思いをしながら目の前で見てきました。、、もちろん今の政府もそれには関与していません。」
「って事は、まさかヘブンが?」
「、、その可能性はありますね。我々ジッパーが、唯一手出しできないのがヘブンなのですから。そして、それと同じように今、鴻巣の過去の情報がどんどん消されています。」
漆黒は次の言葉を待ったが、パーマー捜査官からはヘブンに関する言及はそれ以上なかった。
「、、話を元に戻しましょう。さっきあなたは、俺が漆黒賢治のクローン体である事が重要で、そこにはデリケートな問題が絡んでいると仰った。その意味はなんです?」
「漆黒賢治と、貴方は別の人格を持つ別の存在です。そんな事は百も承知です。けれど鴻巣徹宗と漆黒賢治の過去の因縁が、貴方に関係しないとは言い難いのです。鴻巣徹宗と漆黒賢治は友人同士だった。そしてその事と、鴻巣徹宗がフォルモサ・ダイオワン旅団を利用してテロを始めた事とは深い関係がある。、、、そう私は、考えています。」
「私は?じゃ、それは、ジッパーとしての見解じゃないんですね?」
「ええ、今の所はね。そして正直に言いますが、私にも鴻巣徹宗と漆黒賢治の間で、あのきれいな爆弾事件があった時、どういうやり取りがあったのか、まだはっきり掴めていないんです。」
パーマー捜査官が猟児が漆黒賢治のクローン体である事を口にした事よりも、こちらの衝撃がずっと大きかった。
「ちょっと待って下さい!漆黒賢治は、あのきれいな爆弾と何かの関係があったのですか!?」
「ええ、それは間違いありません。」
漆黒はこの話を聞いて、自分の立っている大地に突如穴が空いたような気分になった。
自分の原体である漆黒賢治が、人でなしの屑野郎である事は重々承知をしていた。
だが、あの『きれいな爆弾』に漆黒賢治が関わっていたとは夢にも思っていなかったからだ。
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