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第6章 グリーバンス進化形 理性を奪う病
61: 口の減らない精霊
しおりを挟む入り口近くの大広間以外は、普通の間取りであることが幸いしていた。
ライフルなどで上から狙撃される事はないからだ。
追っ手達はパーシーを人質に取られているから、付かず離れずの距離を詰め切れないでいる。
漆黒はパーシーの身体を盾にしながら、屋敷の奥まった部分に移動すると、そこにあった分厚い通路扉を閉めた。
追っ手達の気配が一瞬だけ断たれた。
それは単なる気休めと思える程の短い時間稼ぎだったが、漆黒はパーシーを何時までも連れまわしていては足手まといになるばかりだから、もうそろそろこの男を始末する時間が必要だったのだ。
それを感じ取ったのか、パーシーが再び漆黒の腕の中で藻掻き始める。
「心配するな。俺はお前達みたいなギャングじゃない。殺しゃしないさ。」
そう言って漆黒は、無造作に麻酔銃の銃弾をパーシーに撃ち込み、次にその身体を、予め目星をつけておいた近くの納戸の中に押し込んだ。
「さてと、アフマド・カバヒディ!もう観念しな。大人しく俺に捕まった方がいいぜ!でないとお前の可愛い部下達が酷い目に遭うばかりだ!」
漆黒が声を張り上げる。
張り上げながら、漆黒は、笑いの発作に襲われそうになった。
自分はこうやってアフマド・カバヒディへの追い込みをかけているつもりだが、そのアフマド・カバヒディは、とっくの昔に逃亡を図っていて、ここには誰も居ない可能性があるのだ。
いやその方が良い、良いと言うよりも、それが当初の計画なのだから、まったく問題はないのだが、それでも誰もいない場所で、『相手に出てこい』と大声を張り上げるのは間抜けな姿だった。
そんな時、漆黒の背後で先ほど締めた通路扉が爆破されたように開いて、そこから男達が数人飛び出して来た。
どうやら、「闇の舟」のメンバー達は、相次ぐリーダー達の危機を目の前にして、漆黒と事を構える事で腹を決めたらしい。
捕虜になったリーダーが殺されるかも知れないなら、その身体が多少傷つく事になっても救い出す。 そう考えたのだろう。
こうなると少し厄介だった。
漆黒は飛び込んできた男達の中に、数発、麻酔銃を撃ち込むと、屋敷の奥へと駆け出し始めた。
後ろから銃弾が飛んできた。
本気で殺そうとしているのか、まだ威嚇のつもりなのかまでは判らない。
漆黒はスーツの下に防弾繊維スーツを着込んではいるが、不死身になったわけではないし、頭部に被弾すれば死ぬ。
身体がピリピリしてきた。
屋敷に入った時から高揚はしていたが、今は身体が生理的に反応している。
有り体に言えば、気持ちが良かった。
漆黒はもう、いるかいないのか分からないアフマド・カバヒディなど追い込むのは止めて、追ってくる男達と本気で闘いたいという気持ちになり始めていた。
その時だった。
屋敷の奥からアフマド・カバヒディを肩に担いだ鷲男が姿を表した。
「猟児さん!こっちです!」
その姿をみて漆黒の心は、良くやったぞ、という気持ちと共に、何故か怒りを感じ始めていた。
『まさか、お前!銃声を聞きつけて、俺を助けに戻って来たんじゃないだろうな?やりかねん。帰ったら、きっちり絞り上げてやる!』
・・・ともかく漆黒は、鷲男がいる方向に走り出した。
「後ろの席を隔離しろ。」
「え?アフマド・カバヒディは只の人間ですよ。ロックはしてあるし、簡易拘束もしてある。」
今、鷲男が運転している警察車両のT-28の後部座席は収監機能があって「隔離」すると中級クラスのマシンマン程度なら完全に閉じこめる事も、電波を使っての外部交信を遮断する事も出来る。
その後部座席に、簡易拘束されたアフマド・カバヒディが転がされている。
倒れたままじっとしているアフマド・カバヒディが意識を取り戻しているかどうかは判らない。
だが例え、意識を失ったふりをしていようが、精霊と漆黒に囚われた只の人間であるアフマド・カバヒディが何かを企む事は不可能だった。
「いいから隔離しろ。これからの話は誰にも絶対聞かせたくない。」
「はい」
鷲男はそれ以上逆らわず、運転席パネルで後部座席を「隔離」した。
二人の背後で、透明隔壁がせり上がる音が微かにした。
「なあフレズ、お前、なんであの時、俺を迎えに来た?」
「それは背後から激しい銃撃の音が聞こえたからです。」
「その時、お前はアフマド・カバヒディを確保し終えていたんだろう?」
「ええ、私は彼を担いで屋敷から出る途中でした。」
「じゃ何故、アフマド・カバヒディを一旦、この車に収監しなかった?」
「、、、。」
「まず、任務を完了させて、車で俺を待つ、あるいは隔離モードにしてから俺の応援に駆けつける、そういう選択があった筈だな?」
「しかしそれでは、、、」
「いいか、フレズ、お前は俺の召使いじゃない。お前は一人前の刑事になる為に俺と組んでいるんだ。」
「そうですか、一人前の刑事は、仲間を見捨てるんですね?」
「舐めるなよ、お前。俺があの状況で脱出出来ない男だと思っているのか?加えて俺が、お前が助けに戻ってきた事を喜ぶ指導教官だと思っているのか?」
漆黒は半分、嘘を言った。
「判りました、猟児さん。肝に銘じておきます。しかし貴方も私が、こういう精霊なのだということを憶えておいて下さい。」
二代目の精霊は感性が豊かで、そして凹まなかった。
口の減らない野郎だと漆黒は苦笑いをした。
だが漆黒はその苦笑いを直ぐに消した。
再び、精霊を自分のせいで失いたくなかったからだ。
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