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第8章 地下世界のマルディグラ
87: 知る事で生じた責任
しおりを挟む「パーマー捜査官!こちらは警備局の後藤田です!たった今、本施設に侵入がありました!どうやらあの飛蝗人間のようです。そこからの退去を至急お願いします。」
「侵入?飛蝗人間?どうやら?警報も鳴っていないではありませんか。今の貴方の報告も、報告になっていませんよ。」
「・・・失礼しました!飛蝗人間は信じられない事に、空調ダクトから侵入して来たようです。侵入口がコントロールパネルの集まった第一エリア近くだった為に、そこでの戦闘の流れ弾が警備システムの幾つかを損傷させたと思われます!主に施設内通信網に障害が出ています。施設自体のダメージは軽微の様ですが、混乱が広がっています。」
この会話中に、パーマー捜査官の部屋の光源が復旧した。
後藤田の報告通り、施設自体は大きなダメージを受けていないようだった。
「侵入した飛蝗人間は1体なのね?それに計画的な行動でもないと。」
パーマーの頭の中では、デインデから逃げ出した飛蝗人間と、襲撃中の飛蝗人間が結び付いていた。
「、、私はそう思っています。暫くすれば、詳しい状況もご報告できるかと。ですが今はっきりわかるのは、飛蝗人間がそちらに向かっているという事です!ご存じのように、飛蝗人間の殺傷能力は驚異的です。今警備員を急行させていますが、急いで貴方もそこから待避していただきたい。」
飛蝗人間の襲撃の報を受けたパーマーが、第一に考えたのは、その襲撃目的だった。
狙いが報復にあるのなら、飛蝗人間の標的は鴻巣逮捕の陣頭指揮をとった自分か、当事者である漆黒という事になる。
あるいは考えにくいことだが、目的は旅団による鴻巣奪還か、彼の口封じ。
どちらにしてもこの状況から、鴻巣と漆黒を退避させなければならない、彼女はそう考え、直ぐにそれを実行に移した。
パーマーは取調室のドアのロックを解除するやいなや、部屋の中に飛び込み漆黒へ退避を命じた。
「これを」
パーマーは鴻巣の手錠と鎖を分離する解除スイッチをポケットから取り出して、漆黒に投げ渡した。
その後、直ぐにパーマーの身体は飛蝗人間を警戒すべく廊下側を向いていた。
迫り来る危機に対するする恐怖心より、常に自分のなすべき事が勝っている女性だった。
漆黒が鴻巣を連行して室外に出てきたタイミングで、警備員たちが彼女を迎えに来た。
鴻巣の顔には、妙なニヤニヤ笑いがへばりつている。
「私はいいから、あなた達全員で、鴻巣を守って待避させなさい。」
パーマーが到着した警備員達に指示を与える。
「しかし。」
「組織に私の代わりはいますが、鴻巣の代わりはいません。それにあれがここに辿り着くとも限ってません。ジッパーは腰抜けじゃありませんよ!でもあれがここに来たら、あなた方が全員いても護衛の為の人手は足りなくなるんです。早く鴻巣をつれて行きなさい。これは職務命令です。」
警備員の身分で捜査官の厳命につべこべ言う人間はいなかった。
警備員達は鴻巣を取り囲むようにして廊下を走り出した。
だが漆黒はパーマーの部下ではなかた。
「貴方も逃げなさい。」
「貴方こそ何故ここから逃げないんです?まさか沈みゆく船の船長の責任なんて思ってるんじゃないでしょうね?」
「責任?責任と言えば正にそうね。」
パーマーは苦しそうに言った。
こんな場面でとやかく説明している暇はないように思えたが、この男は、自分の真意を告げなければテコでも動かないだろうと判断したのだろう。
だがその真意を口にする事は、彼女にとって多くの傷みを伴っていた。
「私は今回、ジッパーの失地回復の為にヘブンの秘密を暴けるある切り札を使った。その為に葬ってしまった真実があるの。もしかしたらその真実が今、目の前に現れるかも知れない。だから私は、ここにいる責任がある。そして貴方にはそれがない。」
「何、言ってるのか、全然わかりま、、」
そこまで言いかけて漆黒は、言葉を飲んだ。
もしかしたらこの女性は、ヘブンが飛蝗人間の中に人間を混じり込ませたあの秘密を知っているのかも知れない。
それを暴露せず、永遠に封印するという条件で、ジッパーの復権を手に入れたのか?その可能性は大いにあった。
だが、パーマーは、その痩身を揶揄して、世の人々に”腐った世界に突き刺さった真実”と言わしめた女性だ。
そんな彼女は今、己がやった罪の取引を恥じているのかも知れない。
「貴方は、ヘブンが人間を亜人類にすり替えて使っていた秘密をばらすと、脅しの材料に使ったのか?、、いつから、それを知っていたんです?」
「最近です。私はジッパーのヘブンにおける失地回復の為の方法を必死に考えていた。でも有効策は何も見つけられなかった。こういう裏の情報を発見するまではね。」
ジッパーはヘブンに近すぎて、漆黒やレオンが掴んでいるあの飛蝗人間の秘密を今まで知ることがなかったのだろう。
いや敢えて知らないでいた可能性もある。パーマーはジッパーのトップではない。
パーマーは、又、その事を苦しそうに言った。
パーマーの性格からして、本来この情報は取引材料に使われるようなモノではなく、捜査の対象として上げられるべきモノだった筈だ。
それにこの程度の情報なら、ヘブンは握りつぶせる。
だが今は、地上の人間達の目は総て、飛蝗人間のヘブンへのテロ攻撃事件に向いている。
しかもその情報源がジッパーなら、人々はそれを信用し、ヘブンの名は地に落ちる、、パーマー捜査官は、このタイミングでこの切り札を切るしかなかったのだ。
「良いですか、漆黒刑事。人には、知る事で生じた責任というものがあるのです。だから私はこの場を離れません。」
パーマーは自分に言い聞かせるように言った。
「馬鹿なことを、、。」
パーマー捜査官は、自分のショルダーフォルスターから大型拳銃を引き抜いた。
大の大人でも容易に扱えるものではない。
だが漆黒はパーマーがそれをいともたやすく扱うだろうと確信していた。
しかし、その銃口を無事に飛蝗人間に向けられるかどうかは別だとも考えていた。
パーマーが立ち向かおうとしている相手は余りにも強く速い。
「判ったら早く行きなさい!鴻巣をお願い!そして彼に自白させて!」
「駄目ですね。知る事で生じた責任と仰るなら、俺にもあるんですよ。それはご存じでしょう?」
漆黒はホルダーの中から豆鉄砲を抜き出した。
飛蝗人間相手にまったく効果はない、それはパーマー捜査官に対する強い意思表示の代わりだった。
そしてどうやらパーマー捜査官は、それを認めたようだった。
通路は静かだったが、明らかに不穏な緊張に満ちていた。
パーマーには感じ取れないだろうが、通路の空気の中には、血のにおいや硝煙の匂いなどが漂い始めていた。
漆黒にはそれが判った。
飛蝗人間は確実にこちらに近づいている。
「漆黒刑事、飛蝗人間の目的について貴男の意見を求めます。飛蝗人間の目的は私?この本部を襲撃する事?鴻巣の奪還?口封じ?貴方はどう思います。」
パーマーは手慣れた様子で自分の大型拳銃の点検をしながら言った。
「どれも違いますね。あの状況から一人で逃げ出した飛蝗が、そんな複雑な事を考えている筈がない。飛蝗の的は鴻巣だ。飛蝗の頭の中に残ってる鴻巣に使役されていた頃のリンクの名残かなんかを辿ってきたんだ。飛蝗は鴻巣に復讐しようとしてるんですよ。理屈で考えれば、復讐の本当の相手はヘブンなんだろうが、今の奴には鴻巣の方が憎い。俺には、奴の気持ちが判る。」
漆黒が嗅ぎ分けたとおり、満身創痍の飛蝗人間が彼らに迫っていた。
ナノカーボンの外骨格に、あちこち亀裂が走っていて、そこから得体の知れない体液が漏れている。
背中に折りたたまれた翅はもうボロボロだった。
ここに辿り着くまでに相当の戦闘を行ってきたのだろう。
もう目が完全に狂っていた。
・・・人間の意識は飛蝗人間に改造された後でも、どうしても浮かび上がってくる。
それでもその人間は飛蝗人間として生きなければならない。
その苦しみは一体どんなものだろう。
今目の前にいる飛蝗人間は、あの時の飛蝗人間、つまりユウム・クリアキンと同じだった。
しかもこの飛蝗人間は、ヘブンのシャフト修理という境遇から引き離されて、更に改造され、鴻巣に命じられるままに多くの人間を殺してきたのだ。
狂わない方が不思議と言えた。
『本能的に追いかけているのは鴻巣だろうが、こいつは、もう誰でも殺る。本当に狂っまったんだ。』漆黒はそう思った。
「俺の後ろに。奴を撃ちたきゃ、撃ってもいいが、俺に当てないようにして下さいよ。」
そう言いながら、今の軽口は、他の人間になら良いが、この人相手には調子に乗りすぎたかと漆黒は反省した。
当面の危機は、今までで最大級のものだったが、何故か、気持ちが軽かった。
原体の漆黒賢治は、どう思うか判らないが、きれいな爆弾に関する鴻巣の答えを聞いてからの猟児の気持ちは晴れやかだった。
自分が死んでも、それでこの女性を守れるなら、それはそれで値打ちのある生だったのかも知れないと思えた。
あわよくば相打ち、それが無理でも、応援が駆けつけるくらいまで粘れればいいと。
漆黒はパーマー捜査官を助ける為に戦った。
やはり豆鉄砲などなんの役にも立たなかった。
まさに文字通りの肉弾戦だった。
彼の背後にいるパーマーも自分の命運を漆黒のこの闘いにかけているようだった。
『一つの真実を捨ててまで、得なければならない、より大きな真実などあるのか?』
そしてそれを追いかけることを、自分は許されるのかと。
漆黒は右腕を喰われた。
飛蝗人間はその右腕を食い千切ろうと腕をくわえこんだ顎を開かない。
漆黒はそれに構わず、自由になる左腕を飛蝗人間の身体に走った亀裂に突っ込み、中をかき回し引きちぎった。
まさに死闘だった。
そして漆黒はとうとう意識を失った。
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