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第4章 O・RO・T・I

19: 天使のラッパ

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「やってもらって、いいんですか?」
 聡子の申し出は大胆だった。
 聡子の提示したその行為は、普通の企業であったなら、彼女のような立場の人間が自由に采配を行使できるレベルを越えているように思えた。

「その程度のことならAIを起動しなくても可能です。オーガニック仕様の利点ですね。頭は眠っていても、心臓は止まらない。雨降野さんは、拳銃とかはお持ちですか?」
 五秒ラボは、ある意味でそれ自体が「武器倉庫」のようなものだったから、外部からの武器持ち込みについてのセキュリティの上限には、「諦め」があったようだ。
 潜入者は特に武器を持って忍び込まなくても、ラボ内の設備に手を加えれば破壊活動はなんとでもなりそうだった。

 故に、守門のような身元のはっきりした立場の人間は拳銃の所持を許されている。
 その代わり、不正侵入者や不審行動に対しては「断固として対応する」という警備姿勢が確立されているようで、それは、そこら中に配備された武装警備員の数と装備で十分理解できた。
 不審な動きを見せれば、有無をも言わさず即時、射殺だろう。

「ええ、持ってますよ。」
 守門は『あなたならこの施設入場時に行われた私の身体検査の結果をご存じの筈でしょう?拳銃は全ての個有データを記録された上で、私に返却されています』と返したいところを我慢した。
 自分の相手をしている人物が、単なる渉外担当のロボテクコンサルではなく、この危機に瀕したロボット王国の女王に近い存在だと気がつき始めたからだ。
 ここに来るまで、廊下で出会った人々の能都に対する礼儀深さは尋常ではなかった。
 こんな場面で、下手な軽口をたたいて、女王の機嫌を損ねるつもりはない。
 守門は、脇の下に吊していた拳銃を丁寧に抜き出して聡子に見せた。

「その拳銃を、ホワイトが頭の良い猿のように扱って見せても芸がありませんよね。今から、ホワイトの身体の中にある工場のすごさをお見せします。」
 聡子は守門が手にした拳銃を見て、軽く頷くと、耳にかけていたインカムに何か指示を与えた。
 ホワイトボーイから微かな振動音が聞こえたかと思うと、直ぐに静かになった。
「起動時だけは、あのような音がします。静音設計に拘っているんですが、まだまだです。」
 聡子は誇らしげに言った。

「では貴方の拳銃を、ホワイトに向けて差し出してください。」
「向きは?銃口を向けると、攻撃されるという事はありませんよね?」
 守門は冗談のつもりで言った。

「AIが起動していて、貴方の顔に敵意の表情があれば、その銃の安全装置の解除の有無や、その他諸々の状況を判断した上で、ホワイトはそれ相応のダメージを貴方に与えます。ですが今、AIは起動していません。銃口の向きはお好きにしてください。これは多機能メッシュの単独機能実験です。」
 聡子からは、そんな冷酷な返事が返って来ただけだった。

 守門は肩を竦めた後、拳銃を回転させて、銃把をロボットに向けて差し出した。
 その瞬間、ホワイトの胸が少しだけ揺れたかと思うと、守門の拳銃は彼の手の中から消えていた。
 守門の手に残ったのは軽い衝撃と、何か冷たいモノが自分の肌に、一瞬だけ触れたという感覚だけだった。

「メッシュの展開が早すぎて、何が起こったか判らなかったでしょう?結果はあれです。ホワイトの右肩鎖骨下をよく見てください。銃口が見えるでしょう?あれは貴方の拳銃のものです。拳銃を一旦分解して、自分の中に組み込み直しています。それで貴方の拳銃は、ホワイトの中で、非常に精度の高い自動照準装置付きの銃に生まれ変わったわけです。」
 確かに、白銀のホワイトに似合わない、黒い銃口が鎖骨下辺りに開いていた。

「重火器類に限らず、おおよそ戦略的に利用できる機器は殆ど全て、ホワイトの中で、一旦分解再構成されホワイトの一機能として組み込まれます。魔法では有りませんよ。そういった作業に必要な、全てのデータと技術をホワイトは持っているのです。勿論、作業スピードは秒単位です。まあ私から言わせれば、小拳銃の取り込みなど、ホワイトにしてみれば小さなゴミ処理みたいなものです。実践ではこんなケースはおこらないでしょうね。じゃ、ホワイト、調査官の拳銃を元に戻してみせて。今度は、よく見えるようにゆっくりお返ししてね。、、さあ初めて。」

 傷口のように見えた銃口が一瞬のうちに消えると、ホワイトの胸のメッシュが中央から左右に開き、その開いた皮が触手の様に変化し、自分の胸の奥にその手を突っ込んで、拳銃を取り出すのが見えた。
 そこだけは能都の指示のせいか、ゆっくりとしている。
 次にメッシュで出来た触手が、スルスルと伸びて拳銃を掴んだまま、それを守門の目の前に付きだした。

 ご丁寧にも銃握の側を守門に向けている。
 触手の太さから見て、この拳銃の重量で、たわみが生じても不思議ではなかったが、触手はまるで空気でも持っているように拳銃を支持している。
 守門がおそるおそる拳銃を受け取ると、触手はあっという間に元の場所に収まってしまった。

 もちろんホワイトの胸は元の形に戻っている。
 ただ収納は、展開よりもゆっくりしていた為に、守門の目には触手が胸に戻る瞬間が、ラッパの縮む様に見えた。
 この、武器を取り込む機能があれば、ベイ・ギャング事件の大量殺人は、もっとスマートに行われたはずだ。
 しかも、その時はこの多機能メッシュの最終調整時期に当たっていたという。
 だから悪魔憑きだったとは言えないが、その事も、此処の科学者たちは考えたに違いない。

「ホワイトは、いえレッドは、このテクノロジーを使って、自分の許す容量内なら、武器に限らず、全ての機器、特に電子機器に強みを発揮します。そしてそれらを取り込みコントロール下におけます。それに奪ったモノは、特に身体に組み込まなくても、こちらが望むような改造だけを行って、元の場所に戻す能力もあります。都市の機能をダウンさせるなら、そちらの方が破壊力があるかも知れませんね。突入して、その先の設備を戦略的兵器に改造し、それによって全てを破壊する。受注段階では、この改造能力を重点的に強化するように言われました。政府の試算だと、レッド級4体あれば、世界中のどの首都機能も、小一時間で制圧下におけるそうです。」

 実際の市街戦の戦闘では、ロボット達が戦闘ヘリに搭乗し、戦場のど真ん中に降下している。
 今は、人間が持つ銃火器でドンパチやっているだけだか、レッド級が完成していれば、その戦い方はもっと別のものになっていたのだろう。
 ホワイトボーイの多機能メッシュは、まるで黙示録に登場する天使が吹き鳴らすラッパのように思えた。

「・・・・。なら自己修復も充分可能ですよね。そんなオールマイティが暴走したり、敵に乗っ取られたら大変だ。」
 実際にレッドは既に「暴走」しているのだが、、。
 守門には、能都に向かって、あえてその事実を口にする勇気がなかった。

「それなら想定済みでした。一番単純な方法でね。生き物の細胞には、死のタイマーが仕掛けられていますが、AIや機械にはそれがない。ましてや自己修復機能にあたる能力があれば、その力は人間にとってやがて驚異になります。ようは人間がロボットに対して、絶対的な権限を握ることです。どんな強いやんちゃな子も、母親には本気では逆らえないでしょう?そして、どんな強い生き物も食べ物がなくてはやがては餓死する、それと同じです。レッドは私たちが与えるエネルギーがなくては、生きていけないようにしてあった。」
 赤座が言っていた、あの特殊バッテリーの事か、、レッド本体ではなく、動力源自体に制御をかけている理由が判ったような気がした。

 聡子の顔が暗くなった。
 守門の暴走の一言で、自分たちがおかれている現状を思い出したのだろう。
 その様子は、まるで最愛の息子を亡くした母親のようだった。
 守門は話の方向を修正する事にした。

「この機体は、レッドのバックアップ機体と考えていいのですか?」
「ホワイトからもプログラムを走らせた実験結果を、レッドにフィードバックする事がありますから、厳密な意味ではバックアップではありませんし、それならRSST_40114というものが別に有ります。そちらはほとんど稼働せず、優位と認められた作動環境や、データだけを定期的に蓄積します。愛称も有りません。まあレッドボーイ、ホワイトポーイの言い方に習うなら、シルバーポーイと呼んでいいでしょうね。」

「では、稼働の有無を除けば、殆ど同じものと言える機体が3体あったのですね。ならどうして、ホワイトボーイ等ではなく、レッドボーイが暴走したんでしよう?そこに大きな意味があるのかも。」
「科学者達も最初に、それを考えたようですね、、シルバーは別にして、ホワイトには、そうなってしまう、かなりの可能性があった、、、」
 めずらしく能都聡子が憂鬱そうに言葉を濁した。




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