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第6章 ケルベロスにはパンを、もしくは

47: 三つの頭を持つ犬

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 冥府の入り口を守護する番犬、ケルベロス。
 一般的なイメージではケルベロスは、「三つの頭を持つ犬」だ。
 言い伝えによってさまざまな姿を持っていて、犬というより、竜の尾と蛇のたてがみを持つ巨大な獅子の姿で描かれる事もある。
 要はそれだけ神掛かった獰猛さを持っている怪物という事だ。

 このケルベロスは、冥府の神ハーデースに対して忠実であり、死者の魂が冥界にやって来る時には、ハーデースの為にそのまま冥界へ通すが、冥界から逃げ出そうとする亡者は、捕らえて貪り食うという。
 それが、地獄の番犬といわれる由来である。

 里見成義は、「地獄の番犬」という渾名に似つかわしくない風貌の持ち主だった。
 左目に、目に見える斜視がある。
 弱々しくうっすらと生えた無精ヒゲや、切りそろえられていない髪など不潔そうで、彼が、失踪したり世の中に紛れ込んでしまった悪魔憑きを探させれば、歌う鳥の会ナンバー1の実力の持ち主だという風にはとても見えなかった。

「申し訳ありませんが、僕のバイクの後に乗ってくれませんか?メットは余分にありますから」
 守門は下手にでる。
 相手からは、尊大さが全身から漂ってくるようなオーラがにじみ出ていた。
 だが今はそんな事に腹を立てている暇はない。

「いやだね。俺の車に、乗って貰う。」
「相手が車のはいり込めない場所にいる場合だってあります。そんなつまらない事で、悔しい思いをしたくないんです。」
「だったら、その場所の手前で車を降りて、あんたが走って行けばいい。」
 守門は、それ以上のいい争いを諦めた。
 しかし、結局、車の運転は守門が担当している。
 里見がバイクを拒んたのは、車が好きだからではないようだった。

「ゆっくり流してくれ。別に目的地はないが、あまり山の中とか辺鄙な海の近くはダメだぞ。」
「そっちの方が、敵が隠れてる可能性が高いとは、考えないんですか?」
「俺が探すわけじゃない。まず最初に、鼻が効く犬を探すんだ。そんなことも知らなかったのか?それに、ここいらへん数百キロ範囲内に撓みがある。ボンクラ共には、分からんだろうが、そいつがいる可能性は既にある。」
 本部が里見と落ち合えと指定して来たポイントは、既にレッドの索敵可能範囲内という事だったのかも知れない。
 更に、その情報を本部に提供した人間が、この里見なら彼の実力は本物なのだろう。
 斑尾が、追跡専門の人間を付けると言った意味が、わかったような気がした。

「ええ、初耳ですね。というか、僕はこんな風に、追跡専門の鳥の会所属の人とバディを組んで仕事をするのは初めてですから。それに、撓みってなんですか?」
「撓みってのは、常日頃のたゆまぬ情報収集の努力から割り出せる空間のゆがみの事だよ。誰かさん達みたいに、事が起こってから、慌てても、どうにも探し出せねぇもんだ。」
 どうしても嫌味を一言会話に混ぜないと、気が済まない男のようだった。

「ところで里見さん。この車の一番後ろで、チャプチャプいってるのは何ですか?」
 その他、車のカーゴスペースには、そのポリタンクの他に車載用冷蔵庫もあった。

「只のポリタンクだよ。あんたが気にする様なもんじゃない。意外と神経質なんだな?」
「意外と、ってのは、どう言う意味です?」
「国内は勿論、もしかしたら世界に出したって超一級の武闘派エクソシストにしては、だ。、、そうなんだろ、あんた?でも今はピンチだ。だから俺が引っ張り出された。俺、仕事中だったんだぜ。可哀想に、それまで組んでた相方はおろおろしてた。あっちも、相当ヤバイ仕事だったんだぜ。」

 相手の神経に障ることをワザと言う。
 それが里見独自の言い回しのようだった。
 しかしそれを受けての守門の表情が変わらないことを、どう判断したのか、里見は言葉を続けた。

「任せときな。悪魔祓いをしくじった事はあっても、見つけ損なった事はないんだ。オロチは必ず俺が見つけてやる、だからさ。上手く行ったら、一つ頼みを聞いてくんないかな?」

「あなたの言ってる事は、二つおかしいでしょう。今までしくじった事がないなら、たらなんて、条件はつける必要がない。二つ目は、これは本部が貴方に命令した任務だ。僕が恩に着る必要はない。」

「だったら、この仕事、しくじっちゃうかもな。出来ないものは、出来ないんだ。あんただって、いつもは、一人でやれる凄腕だけど、今回は応援たのんだんだろう?」

「随分な脅しですね。が、かえって楽しくなってくる。それに免じて、その願い事だけでも、聞いて上げますよ。」

「あんた、この仕事を請け負う前に、ノイジーってのを追いかけてただろう。もし、この仕事が終わって、それを再開するような事になったら、そのう、言いにくいんだが、ノイジーに手心を加えてやって欲しいんだ。」

「随分、細かいことまで知っていますね。それにさっきはロボットの事をオロチと言った。オロチは僕らだって余り使わない呼び名だ。」

「俺は、この業界一の事情通なんだょ。知らないのか?まあ俺のようなタイプは、鳥の会では希少な存在だがな。あんたみたいなエースじやなくて、自分一人じゃ悪魔憑きも追えない退魔師と組む仕事を多く続けてりゃ、そいつらから嫌でも色んな情報が入って来るってもんだ。ねたみひがみ混じりでも、そいつらの愚痴の一つも聞いてやんなきゃいけないしな。それに、昔から政府が絡んだ仕事には、ちよっと関心があってな。そっちは色々と自前で調べてる。今度の仕事が、急に割り込んで入って来た時にピンと来たんだ。ああ、あのオロチだってな。」

「里見さんは、政府筋の人間にコネとかがあって、別の仕事で裏金とか貰ってるんですか?」

 戦闘的エクソシストは、高額な契約金で働くプロだ。
 単に、鳥の会の宗教的色彩の強い人的兵器であって、退魔自体に高邁な目的意識を持っているかどうかは問われない。
 だから鳥の会とぶつからない限り、裏の仕事をしているからといって問題はない。
 要は、悪魔を祓うか、祓う事が出来なければ、憑かれた人間を殺す、それだけが重要だった。
 その意味でも、守門は特殊な立ち位置の人間だった。
 彼の父である雨降野神父も、一度は歌う鳥の会の勧誘を受けて、鳥の会の方向性との違いから、それを断っている。

「へっ、誰が、あんな奴らとつるむかよ。」と里見は吐き捨てるように言った。
 里見が政府が絡んだ仕事とやらに拘っているのは、別の目的があるようだった。




 


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