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第7章 壊されたショーウィンドウ
65: 処断する戦闘的エクソシスト
しおりを挟む「人間が追放された楽園を取り戻すという野望の果てに、お前が得た結論がそれなのか?」
守門の投げかける声が冷たい。
「追放された楽園?ああ、上手いことを言うな。君は私の過去を全部調べ上げたんだな?」
鉄山は、このあたりから二人の会話に、ついていけなくなった。
守門は何故か、羊飼について鉄山が教えた以上の情報を得ているようだった。
「命に、意味はない。その真実の前に私が抱え続けた苦悩も消え去った。だから奴らを殺すついでに、他の人間も殺した。意味はない、ついでだよ。証明して見せたんだ。私自身の為にな。レッドに習ったんだよ。」
「それが、あんたが自分の心を癒やさんが為に辿り着いた結論なのだな?悪魔に狙われるはずだ。」
守門の声が、一段と固くなる。
「あんたは、人間の良き心を守る為に、妙なやり方で人工知能を利用しようと思った。しかしそれこそが間違いの始まりだったんだよ。あんたは入り口で既に間違ってたんだ。」
「馬鹿め、間違っているのはお前だ。私が、昔間違ったようにな。何度も言わせるな、人間の命には、意味も価値もない。何故なら、それを決めているのは愚かな人間自身だからだ。世界に神はいない。人間自身が、人というものを諦めれば、全てが終わる。そして、そうしたからと言って世界は何も変わらずそこに有り続けるんだ。それが、世界の本当の平安の意味だ。」
羊飼の背中から、ガウンを突き破ってレッドと同じ腕が出現していた。
いくら悪魔に憑かれたからといって、生身の身体に金属は生えない。
小規模の次元操作をして、金属の腕を生えた状態にしているのだ。
歪めた空間の接合部分は、羊飼の身体の中にあるのだろう。
肉体を突き破った金属腕は、血まみれだった。
「そいつは五秒ラボから拝借したのか?その腕へのエネルギー供給も制御の問題も、悪魔の力を使えばすべてクリアだしな。今の状況は科学者としてのあんたなら、笑いが止まらないだろうな。」
鉄山は、その言葉を聞いてショックを受けた。
羊飼は、どうやってか、ラボからレッドと同じ規格の腕を盗み出していたのだ。
最初から、その方向で手繰って行けば良かったのだ。
自分は、カジノの死体の傷跡を見て、それがレッドが残したものと全く同じだったから、そこから生まれる様々な矛盾を埋める事によって、この犯人が模倣犯だと当たりをつけたのだ。
だったら何故、その凶器自体に拘らなかったんだ。
あの予備アームの存在を知って、それを逆に辿っていれば、もっと早く羊飼に辿り着いていたのではないか?
悪魔憑きという特殊さに、囚われ過ぎていたのだ。
そして目の前の青年は、実に普通にまるで刑事が犯人に向かい合うように悪魔憑きに対応している。
犯罪は犯罪だ。
例え悪魔憑きを相手にしたとしても、特別な事は何一つとしてないのだ。
「そこまでしてレッドの真似をしたいのか?それとも自分の犯行を、レッドのせいにしたかったのか。警察に捕まるのが嫌だったのか?」
「馬鹿を言え。私は、とっくに人間を超越している。」
「超越だと?だったら、お前は消えろ!悪魔とともにな!」
それは、鉄山が始めて聞く、守門の激しい声だった。
羊飼の背中の腕が持ち上がった。
ガウンの前合わせが、はだけて羊飼の肋が浮き出た胸が見えた。
鉄山は躊躇わずに、羊飼に向かってかまえていた拳銃を撃った。
そしてその直後、鉄山は守門のいる方角から放たれた、闇を照らさない不思議な光で目を射られた。
その光が、自分を突き抜けて行くのが解った。
激しい戦いをしている最中に、あるいは、ラバーセックスの絶頂期に、時折感じることがある、自分が蒸発してなくなってしまうようなあの感覚が、ほんの一瞬だが感じられた。
たが鉄山は、視力が完全に回復するのを待たず、闇雲に斜面を駆け下りた。
守門の安全を確認する事が急務だった。
しかしやはり、あれは「光」ではなかったのだろうか?
視力は嘘のように回復し始め、鉄山は前庭に回り込み、バルコニーに向かって駆け上がった。
そこに、仰向けに倒れた羊飼と、彼を静かに見つめている守門がいた。
羊飼の見開かれた目と口は、黒黒とした穴がポッカリと空いていた。
そこから全ての生気が逃げていったと言わんばかりだ。
「大丈夫ですか?」
守門に確認を取った鉄山は、その後、羊飼に近づこうとした。
「もう、死んでいますよ。『柱』が消える時に、『柱』は彼の魂を根こそぎ持って行ってしまった。」
「あの腕がありません。」
「五秒ラボの倉庫に戻ったんでしょう。時空を操作するという事は、無限にある可能性の一つを選ぶという事でもある。彼の力の消滅と共に、あの腕は、僕らが大勢を占めるこの可能性の世界に戻ったんだ。」
守門は、小夏によく似た鉄山に彼の知る世界の秘密を少し漏らした。
もちろん、その言葉が相手の理解を超えていることは承知していた。
「この人は何故、関係のない人まで殺害したんですか?話を聞いていても、私には理解出来ませんでした。」
「鉄山さんは、今度の事件を悪魔憑きの模倣犯の仕業だと言った。でも幼稚園の方は模倣しなかった。やりやすさで言えば、子ども相手の方が楽だ。いくら悪魔の力を得たからといって、昨日まで普通の人間だった者が、マフィアと最初にやりあうのか?と、はじめ僕は、それがずっと引っかかっていた。羊飼の場合、自分の幼少期の体験が重なって、子ども殺しが出来なかったんでしょう。でもカジノではやった。相手が復讐したい人間の関係者で、大人だったから。、、そして関係のない人間を殺す事で、自分の中にある様々な人間的な価値観という垣根を超えたかったのでしょう。逆に言えば、そんな人間でも、子ども殺しは、ハードルが高すぎたって事ですね、、。」
守門は羊飼に屈み込んで、彼の見開いたままの瞼を閉じてやった。
「あるいは、そんな複雑な屈折ではなく、単に復讐が目的だったが、それを実行するには、関係のない人間を殺すことで自分を追い詰め、先に狂い切ってしまう必要があったのか?、、可哀想に、その思考そのものが、既に『柱』に乗っとられていた証なんだが。」
鉄山には守門の言葉が、真実を言い当てているのかどうか、分からなかった。
もしかしてそれは、この青年なりの羊飼に対する手向けの言葉だったかも知れなかったからだ。
悪魔に取り憑かれた、ただの殺人狂の為に、、。
だが、鉄山にも、納得出来た事は、もう死者に鞭打つ必要はないという感情だった。
刑事として悪魔憑きを追い詰める事は出来ても、悪魔憑きに「刑罰」は似合わない。
刑事には、やはり悪魔を裁く力はないという事実が、鉄山に残った。
そしてこの守門でさえ、悪を裁く為に、悪魔祓いをしているのではないという事実を理解した。
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