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第1章 法廷のシーメール

06: 囮、女装警官

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弁護人・・・「M被告は、二人の性生活についてどのように話していましたか?」

 法定内で弁護人・風間俊也と指尻ゑ梨花女史の視線が交差するが、さすがに二人は、それぞれの裏の繋がりを表面には出さない。
 二人とも職業人としては、プロだ。
 そしてその裏の繋がりにしても、表にはお互いのプライベートを決して晒さないという約束の上で、それは成り立っている。
 極端な話だが、裏では愛し合って、表では殺し合うという事もありえる関係だ。

鑑定医指尻・「『当初は普通のホモセックスだったが、やがて暴力が増えた。いつも(暴力が止むと)最後にセックスがあり、最初それは暴力を甘んじて受けた私に対する“ご褒美”だと思っていたが、やがてAが、暴力がないと興奮できない質だということが分かった』と話していました。」 
弁護人・・・「被告はAさんから受ける暴力について、どう話していましたか?」 
鑑定医指尻・「『殴られた時は非常に痛いけれど、その後のセックスが非常に気持ちがいい』と話していました。」 
弁護人・・・「Aさんについてはどのように診断しましたか?」 
鑑定医指尻・「彼女(M被告)からの陳述に基づきますが、やはり『通常の行為では興奮できない。彼(彼女)に暴力をふるい、いろいろなプレイの道具を使うと興奮した』と想像できます。診断のレベルではありません。A氏はすでに死亡しています、あくまでこれは推論です。」 
弁護人・・・「その性的な傾向の延長線上に、Aさんの自虐行為はあり得たと思いますか?」 
鑑定医指尻・「お互いにSとMなので、自分も痛めつけることで快感を得られたのだと思います。Aさんもパーソナリティ障害なので、自傷行為の延長だと考えました。」

 警察は二人のSM嗜好について、かなり細かく把握出来ていたが、ある裏の事情があって、我々はそれを表沙汰に出来ていない。
 弁護人は、その点を彼らの私生活を解明するという視点で、より詳しく指尻女史に質問していく戦略なのだろう。
 この時、私のスマホが震えた。
 本当なら電源を切っておきたい所だが、仕事柄、仕方がない。
 傍聴席会場から、急いで外に出て、電話を受けた。

「真澄先輩すか?今、俺ちょっとやばい事になってるす。」
 部下の戸橋未知矢巡査だった。
 社会性も言葉使いも何もかもがなっていない男だったが、特殊な潜入捜査をやらせると、その能力には目を見張るものがった。
 一時、痴漢の囮逮捕で女装警官が活躍したニュースが流れた事があったが、あれのスペシャル版と考えてもらっていい。

「俺、この調子だと、女の格好したままケツの穴掘られちゃいます。」
「男の格好だと、イイのか?」
 先に、状況を説明しないで自分の事だけを報告する戸橋に、苛立って、つい嫌みを言ってしまう。
 今までの経過から考えて、戸橋が生命の危険に晒されるような潜入先ではないことは判っている。
 潜入先組織のボスである美馬神覇こと美馬龍児は、頭の切れる男だ。
 他人を法に触れず支配する方法を熟知している。
 そんな美馬が、自分の側まで食い込んできた戸橋を、肉体的に傷つける筈がなかった。

「そんなぁ。また、真澄先輩、冗談きついすよ。俺のバージンは、真澄先輩に捧げようと思ってるんすから。」
「馬鹿野郎。キサマ、一体、私にどういう指示がして欲しいんだ。」
「、、今度のヤマ、どうやら麻薬売買も絡んでるみたいなんす。俺がこれ以上潜っていても、、。」
「、、、判った。仕方がない、麻取に連絡を入れる。お前は、そこを逃げ出してこい。判っているだろうが、こっちの身元がばれるような事だけはするなよ。それが無理なら、尻でも、アレでも美馬に差し出してこい。」
 海老で鯛を釣るための事前捜査で、これ以上の大きな労力は、掛けられなかった。
 だが、戸橋に言ったように、直ぐに麻取に連絡を入れるつもりはない。
 どの道、持って行かれるヤマに、義理立てするいわれはない。
 このヤマは、こちらが掘り起こしたのだ。
 麻取には、せいぜい恩を売って情報を流してやろう。
 我々は、どうせ裏で「666」と呼ばれているのだ。
 その狡猾な悪魔ぶりを見せ付けてやれば良いのだ。
 それに何より、今は、指尻ゑ梨花女史が先だった。

弁護人・・・「被告MのAさんに対する暴力についてはどうですか?」 
鑑定医指尻・「『Aさんが殴りかかってきたら最初のうちは防御態勢で構え、ある一定の時間が経過したらやり返した』と聞いています。」 
弁護人・・・「サドマゾヒズムというのは、どういうものなのでしょうか?」 
鑑定医指尻・「色々なバリエーションがありますが、基本的には相手を苦痛に追いやったり、辱めたり、逆に痛めつけられたり、辱められたり、という両方の状態ですね。」 
弁護人・・・「なぜ、被告にサディズム的要素があると考えたのですか?」 
鑑定医指尻・「自分に暴力をふるうことで相手が興奮するのを見て、自分も“痛気持ちいい”快感を感じる、という反転というか、共振があることで判断しました。Aさんの行動がMにとっての快楽の鏡なんです。」 
弁護人・・・「鑑定医の判断では、Aさんはサドでありマゾであると捉えていいのですか?」
鑑定医指尻・「はい。」 
弁護人・・・「M被告についても、Aさんの暴力に抵抗するから、サドでありマゾであるということなんですね。」 
鑑定医指尻・「抵抗もするし、彼に協力してお互いの暗黙の合意の元で、立場を逆転させより快楽を高めようという行動を取りますから。」

 M被告の鑑定書と見られる資料を引き合いに出し、弁護人が質問した。
 もちろん風間弁護士は、このようなSM心理を彼自身充分理解している筈だが、彼は今、法廷の中でその心理を専門家から引き出し、弁護側に有利な材料としなければならない。

弁護人・・・「しかし、鑑定医の提出された資料によると比較的、Aさんがサドで、被告がマゾということを書いていらっしゃるように、受け取れるのですが…。」 
鑑定医指尻・「頻度だけ捉えれば、どちらかといえば、Aさんが攻撃することが多かったと思います。」 
弁護人・・・「Aさんの顔を(M被告が)携帯で殴ったり、指をベルトではさんでひっかけた、という話は聞いていますか?」 
鑑定医指尻・「はい。彼が一連の(暴力)行動の後、彼女に携帯を持たせて何回か自分自身の目を殴らせ、その後、治療を受けることになったと聞きました。」

 周囲にとっては、驚くべきエピソードも、2人にとっては愛をはぐくむ行為だったという所か。
 法廷のM被告は、自分の私生活が赤裸々に語られるやり取りにも動揺することなく、背筋を伸ばして姿勢良く座っている。
 その様子は、どこからどう見ても、女性そのものだ。
 敢えて言えば化粧気を落とした水商売のオンナという所か、、服装や最低限の化粧は本人の希望だったそうだ。
 法廷では、精神鑑定を行った鑑定医指尻への反対尋問が引き続き行われている。
 弁護側は、鑑定医指尻の問診時の記憶についても質問し始めた。
 彼らは、それで何を引き出そうと言うのだろうか?


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