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第2章 ファック・パペットの憂鬱

10: ファック・パペット

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「警部は、トバシが咥え込んできたネタ、どうお考えです?」
 私の腹心の部下である喉黒駿介警部補が、サーバーからコーヒーをいれた紙カップを二つ手にして、その内の一つを手渡しながら、そう聞いて来た。
 こういった時は、上が義理で作った大部屋の一角をパーティーションで仕切っただけのような部長部屋も、一応は役に立った。
「、、難しい所だな、麻取は美馬の筋からの内偵を諦めたようだが、ヤクの方で何かあるのは確実だと言っていた。だが、その程度の現場の感触だけでは、どうにもならん所に奴はいるそうだ。麻取の奴ら、悔しがっていたよ。で、それを脇で嗅ぎ当てたのが戸橋だ。奴は鼻が良い。それに例の件も、満更、噂話だけでもないようだしな。」
 私は、紙コップを乾杯の要領で少し上に持ち上げ、喉黒警部補にコーヒーに対する礼を示した。
 同じ仕草で、それをやる喉黒警部補の手に拳だこが見えた。
 この静かなる男は、沖縄拳法と棒術の名手でもある。

「殺し屋ブローカー、、ですか。しかし、この国で、そんな商売が成立しますかね。」
「我々が挙げ切れない殺しは山ほどあるが、その中に、純正プロの殺し屋の仕業、ましてやブローカーの存在があるのかとなるとな、、。先ず、この国では、両方ともビジネスとしては成立せんだろうという問題がある。需要があるからと言って、必ず供給があるとは言い切れない。安楽死みたいなものだな。」
「しかし警部は、あの指尻さんに、この件についてコンサルをお願いしたんでしょう?」
「いや、依頼した事案が、たまたま殺し屋ブローカーの話に繋がっただけのことで、元は別件だった。」

「別件というと、ファック・パペットですか?」
「ファック・パペットが、指尻さんにお願いした一連の失踪事件の裏側に、見え隠れする人物なのかも知れんし、そうでないのかも知れん。第一、ファックパ・ペットの存在自体が、今の所、丑虎巡査部長がやったプロファイリング上の人物だ。」
「しかし、それにしても指尻さんが、囮捜査の協力というのは危険じゃないですか?」
「女史には香山巡査をベッタリ付けてる。と言うか、この役回りを買って出たのは、指尻女史自身だ。私は単に見解を聞いただけだよ。結果、指尻さんに、自分をファックパ・ペットの捜査に協力させろと色々、脅された。女史はウチの裏側の事情を色々ご存じだからな、コチラに自分の言い分を飲ませる為の脅しのネタは、嫌と言うほど持っていらしゃる。」
 その時の指尻女史の視線が忘れられない。
 たぶん、蛇に睨まれた蛙は、その時の快楽で身体が動かなくなるのだろう。

「捜査に協力させろ、ですか、あの人らしい言い方だ。でも、なんでそこまで?」
 喉黒駿介警部補が微笑みながら、そう聞いた。
「今度の事案は、我々6係に回される程の事案だ。単純な失踪事件じゃない。特に消えた人間達の人物像と消え方の両方が奇異だ。精神科医として興味があるんだそうだ。まあ確かに、指尻女史のスタンスなら、今回の様な事例に興味があるだろうな。逆に、それだから我々も、女史にコンサルタントを依頼している。」
「丑虎も、そのような事を言ってましたね。指尻さんの観察推理力は、研修先のアメリカでも通用する一流のプロファイラーレベルだと。」
「いや、女史のはプロファイリングじゃない。イタコの口寄せみたいなモンだ。ただし、女史は祈祷する代わりに行動する。」


 エリカは、原油の表面のような川面に映って揺れる赤や青のネオンをぼんやりと眺めていた。 
 6係から、「協力していただけるなら、この区域でお願いします。」と指定されたエリアだった。
 6係の丑虎巡査部長が割り出したエリアだから、ターゲットと接触する可能性は高いはずだった。
 目抜き通りの繁華街からは、少しだけ離れている。
 今の時間なら、男性をひっかけるのは容易だ。
 空振りで終わるなら、本来の目的から離れてもいいから、手頃な男を見つくろってみようかと思案して、橋の欄干にもたれかかっている。 

「お姉さん、寂しそうにしてるね、どうしたの?」 
 その声にふり返ると、若い男が立っていた。 
 長い髪に整った顔立ち、いかにも当世風のいわゆるイケメンの若者だ。
 ただ「○○顔」と分類できない、整っているのに茫洋とした容貌だった。 

「何よ?私と良いことしたいの?」 
「うわっ、お姉さんって、話、わかるじゃん。」 
「坊やはいくつなの?未成年を誘惑したら私が淫行になるんだからね。」 
「二十歳だよ、もう大人だってば」 
「私としたい?」 
「させてくれるの?」 
「させてあげるけど、私は男よ。」 
「うっそお、また冗談言って。」 
 エリカは彼の手首をとって、タイトスカートの内に導いた。 

「ほら、坊やと同じのが付いてるでしょ?」 
「うわあーっ、ニューハーフだったの」 
「坊や、名前は何ていうの?」 
「陸」 
「リクくん、男のお尻の穴でいいの?」 
「うーん、男だったのか、けど、すっごい美人だね。」 
「ちゃんと質問に答えなさい。」 
「、、、、、」 
「男どうしはホモっていうのよ。坊やはホモ?」 
「ホモなんかじゃないけどさ、、、でも、きれいなニューハーフのお姉さんだったらいいかも」 
「あたしは男、男がお化粧してるだけ、わかるよね?この胸はね、偽物なの。だから、裸になったら、顔と胸だけが女で、あとは男なのよ、それでもいい?」 
「なんか面白そうだよね。お姉さん、口は上手?」 
「バカねえ、私はシーメールなんだから、お口は得意に決まってるじゃないの」 
「口でしてくれる?」 
「リクくんの、しゃぶってあげてもいいわよ。」 
「じゃ、ラブホに行こうよ」 
「その前に、もう一度言うけど、リクくんは男とアナルセックスするのよ。ウンコするお尻の穴なのよ、いいの?」 
「わかってるって」 
「じゃ、キスして」 
「え?」 
「男とキスするのよ。どう、できる?」 

 彼はエリカを抱きしめて、口唇を重ねてきた。 
 相当に女遊びをしている猛者のキステクニックだった。 
 でもなんで、私がこんな子どもと?
 私はファックパペットを探しているんじゃなかったけ、、きっと今夜は、この都市・ビザランティアの毒気に当てられているんだわ。
 エリカこと、指尻ゑ梨花女史はそう思った。

 プライベートの指尻ゑ梨花女史は、当然、「恋愛」もする。
 ただ女史は常々、年上の男を対象にしていた。 
 多いのは三十五歳以上で、妻帯者で、ノーマルな性向の持ち主、つまり、まちがってもホモセクシュアルの方向に自分からは足を踏み外さない男がターゲットなのだ。 
 そんな男の良識を、女装の艶美で攪乱し、乳房だけを造った男の身体で発情させ、攪乱させる醍醐味をゑ梨花女史は味わうのだ。 

 もちろん、今は自分が買って出た囮調査中でそんな制限はないが、それでもこういう子は勝手が違いすぎる、とエリカは戸惑いを隠せなかった。 
 世の中でニューハーフが広く認知されている御時世とはいえ、自ら男とアナルセックスしたいと望む男は、やはり倒錯した性嗜好の持ち主だろう。 
 しかも、この若者は、「それって、面白そうだから、いっぺんやってみようか」というノリなのだ。 
 酒に酔って、その勢いで、というわけでもない。
 さっき、キスして、舌をねっとりとからみ合わせたけれど、アルコールの匂いも味もしなかった。
 しかし、 急にエリカは、ある事に思い至って、ドキドキと偽物の乳房の下にある心臓の鼓動を速めた。
 この子は、6係が提出して来たファック・パペットのプロファイリングデータに重複している傾向が、多々認められると。


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