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第2章 ファック・パペットの憂鬱

20: パペッター

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 微笑花とゑ梨花は、合流地点であるファミリーレストランの手前にある信号近くで偶然に鉢合わせをした。
 こういった形で二人が鉢合わせするのは珍しいことだった。
 特にゑ梨花の行動に危険性がない場合、微笑花は警護を離れて他で仕事をすることもあり、その為、待ち合わせ場所に遅れるのは、大体、微笑花だったからだ。
「あら、ゑ梨花ちゃん!」
 側にあった小公園の街灯の灯りが、指尻を夜道に浮き上がらせている。
「綺麗だ、、」と微笑花が、いつものように思った。
 そして今夜は、その指尻ゑ梨花の美しさが、胸に痛かった。
 実を言うと、今日の微笑花は、朝から違う仕事に付いていたのである。
 そして、この事件のせいで、微笑花は指尻の警護に当たる必要がなくなっていた。

 二人が顔を合わせた時、横合いから「あー、すごいきれいな娘達だな、と思って、話しかけちゃったんだけど、いいかなー」と二人組の男が声をかけてきた。
 かなり危険な匂いのするナンパだった。
 どこの国の人間かと思うような、いかにも当世風のファッションに身を固めた二人だったが、そのウチの一人は身体がごつくて、立っているだけで威圧感があった。
 金色に染めた短い髪の生え際に、切り傷の後のようなものがある。
 もう一人の声をかけてきた男は、顔中ピアスだらけで痩せていた。

「ごめんねー、私達、レズ友なの、それにこれからデートだし」
 ゑ梨花が、微笑花の手を握って軽く返答する。
 痩せ男が、ちらりともう一人の男の表情を伺うように見た。
 微笑花は、さりげなくゑ梨花の手を離した。
 身体のごつい方の男の醸し出している剣呑な雰囲気は、微笑花が普段お馴染みにしているものだった。
「いいじゃん、なら、これから僕たちとダブルデートしようよ。」
「ばっかみたい。さっ、行きましょ、微笑花。」
 そう言って動き出したゑ梨花の前に、金髪の男が無言で立ちふさがった。
 それだけで相当な圧力がある。

 微笑花が二人の間に入り込んで来て、男の顔を平手で打つようにその手を振り上げた。
 ゑ梨花が見ていても、危なげで無謀な動きだった。
 案の定、金髪男は微笑花の手をいとも簡単に捉え、次にそれをねじり上げようとした。
 その瞬間だった。
 男の身体が見事に空中で一回転し、歩道に叩き付けられていた。
 しかし微笑花は、それで攻撃を終わらせず、しぶとく起き上がってこようとする男のみぞおちへ、屈み込むように正拳付きの一撃を叩き込んだ。
 その動きは、この闘争のきっかけとなった先の「平手打ち」とは、まったく違う動きだった。

「警察に、連絡でもしたら?」
 立ち上がった微笑花は、呆然としている痩せ男に冷たく言い放つ。
 痩せ男は、ゆっくりと後ずさり、やがて脱兎のごとくその場を逃げ出した。
 普段、金髪男の暴力のすごさを目の辺りにしているこの男にしてみれば、その金髪を倒した女の恐ろしさが十分に理解できていたのだろう。
 それに犯罪者と対峙した時の香山微笑花巡査には、異様な気迫があった。

「凄いねー、微笑花。あれ合気道でしょ?小よく大を制するってやつよね」
 合気道は、体の合理的な運用により体格体力に関係なく、投げ技・固め技を使って相手を傷つけず制することを可能とする武道だ。
 ちなみに香山微笑花巡査は四段。
 おそらく道場ではなく、現場での実践なら、香山微笑花巡査は段位以上の猛者だが、合気道自体は闘争を推薦している訳ではない。

「いえ、ちょっと違うんです。合気は護身には最適だと思うんですが、私達には積極的に前に出て相手を取り押さえるという場面がたくさんあります、それで自分なりに少しアレンジをしてあるんです。私のは合気としては邪道です。」
「へー、香山流合気道ってわけね。判った。あの最初の不細工な平手打ちがフェイントなのね。」
「ええ、まあ、あれで釣られて相手が定石通りに、前に出てくるので、それで返せます。一撃でね。最初から本気で組み合うと、予期しない状況が生まれますから」
 そう応えた微笑花は、やはり、この人は頭が良いと思った。
 あれだけの短い瞬間の中で、自分がとった行動の意図を見抜いている。
 駄目だ、、これは、素直に事実を述べるしかない、、と微笑花は思った。

「ごめんなさい。上手く言えそうもないので、直接、言います。」
 微笑花は、なんの脈絡もなく唐突に言い出した。
「今日の早朝、真栄田陸がビルから飛び降りて自殺しました。」

「えっ。」
 普段、打てば響くようなゑ梨花の反応に空白が生まれた。

「リクが自殺?、、なんだか微笑花、さっきから様子が変だと思ってたけど、そいう事か、、。」
 さすがにゑ梨花は、それ以上、言葉を続けられず暫く瞼を閉じて沈黙した。
 微笑花の感触だと、真栄田陸の死は指尻女史に相当なショックを与えるだろうと予想していた。
 そしてゑ梨花はその知らせを受けても、必死になって己の感情を自制するだろうとも。
「あいつ、昨日も今日も、私との約束すっぽかしたから、どうしてるのかと思ってたけど、、」
 微笑花には、ゑ梨花の、その自制の姿が、かえって辛かった。



「リクくん、快楽と幸福とはちがうんだよ」 
「、、、、、」 
「人は、自分がずっと幸福でありたいと思うよね、だから自分を幸せにしてる要素を守ろうって考えちゃうし、その為の地道な努力をし続ける。例えば、収入だとか職業だとか家族だとか、でも快楽は違うのよ。一瞬の刹那の気持ち良さを享受するために、なんでもやっちゃう。その違いを考えないと駄目。恋人達のセックスは、その恋に対するご褒美みたいなものだわ。でも世の中には、私達みたいに、ご褒美だけ欲しいって人間もたくさんいるけどね。」
 そんな偉そうな事を、何故、陸に言ってしまったんだろう、、ゑ梨花は、そんなふうに後悔していた。
 その陸が高層マンションから飛び降り自殺。
 自分の観察によると、そんな訳がないと思えたが、微笑花によると状況証拠は全て自殺を指し示しているそうだ。

「私、その死体、見てもいいかしら?」
「無理じゃないと思いますけど、、見ない方が良いかも、。身体が酷い状態に損壊しちゃってて、、そのう、ひしゃげちゃってるんです。」
「、、平行四辺形ね。」
「え?」
「長方形を斜めに押しつぶしたのが、平行四辺形の正体だろって陸が言ってたのよ。」
「、、、、。」
「何か、彼にとっては、その事に特別な意味があったみたい。、、で、本当の犯人の目星は付いているの?」
 指尻女史は、ずばり香山微笑花巡査に切り込んできた。
 6係が、ファック・パペットではないかと思われる真栄田陸の死を、単純な自殺と捉えているわけがない。

「、、、それはゑ梨花さんでも、言えません。」
「、、そう、判ったわ。」
 分業殺し屋チームの一員が、口封じの為に組織に消される。
 あっけない幕切れだった。
 もしかしたら、自分が真栄田陸に接近した事が、その原因?
 この時点で、指尻ゑ梨花女史は、そういった可能性も考えていたようだ。

「だったら6係のコンサルタントとして正式に言っておくわ。真澄さんに伝えておいて。これは精神医としての意見だけど、真栄田陸は自殺するような子じゃない。」
 暫く考え込んで、決心したように微笑花が言った。
「、、これは微笑花の独り言です。ファック・パペットのプロファィルをした丑虎北斗巡査部長は、彼が所属する組織にいると噂されているパペッターという人物が、本当に実在するのではないかと考えているようです。そのパペッターが真栄田陸の死に関与しているのでは、と。」
「パペッター、、人形遣い?」
「真栄田陸だけを操るという意味ではないようです。その対象は多岐に及ぶ。事故現場に残された状況証拠は全て自殺を物語っています、ですが遠隔催眠で自殺を誘導する人間が存在すれば、話は違ってきます。それ以上は、独り言でも無理です。」
「リモート・インフルエンスか、、私からすれば、お伽噺だけど、リクくんのあの精神構造だと、、そのパペッターの力量次第では、判らないわね、、。」

 これが指尻ゑ梨花女史とパペッターとの「因縁の戦い」の始まりだった。


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