恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠

万年青二三歳

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1、僕と師匠

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 いつまでも、あの音が離れない。

 ショキ、ショキ。

 言いつけを破った僕が悪事を働いた罪の音。


  ◇◆◇


 僕が生まれた日のことは、誰にもわからない。
 人気のない森の中に捨てた赤子のことを覚えている親などいないだろうから。
 
 僕にとっては運良く。
 人を避けていた師匠にとっては運悪く。
 僕たちは出会った。

 僕を拾った師匠は一人で森の奥深くで暮らしていた。
 歴史を変えるなら、カーギしかない。
 そう誰もが思った魔術師だった、らしい。
 僕の前で見せる魔術はどれもたわいないものだから、とても信じられない。
 ぐうたらなくせに口うるさい。
 酒を飲んではだらしなく床で寝る。
 それが僕にとっての師匠だ。

 人嫌いで面倒くさがりの師匠は気まぐれに僕を拾い、キセイと名付けた。
 僕の名前は風変わりらしい。
 街の中にある学校に通うようになって、気がついた。
 
「どうして僕の名前はキセイなの?」
「さぁな」
「師匠がつけたんでしょ?」
「どうだったかな。顔に書いてあったんじゃねぇか?」

 人より少し広い額に僕が手をやれば、師匠は大笑いした。

「そんな大事なことを忘れるなんて、師匠は僕のことなんてどうでもいいんだね」
「ガキは飯食ったらさっさと寝ろ」

 師匠が急に不機嫌になったから、この話題はおしまい。
 理由はどうあれ僕の名前はキセイで、師匠にとってはただのガキ。
 蒸し返すほどの話題ではなかった。

 森の奥で二人きり。
 僕と師匠の暮らしは快適そのものだ。
 寂しくなんかない。
 森の向こうに住む鍛冶屋の息子、ジューが毎日遊びに来てくれる。

「キー、あそぼ」
 
 玄関をノックする事もなく、外から大きな声が響く。
 ご近所さんなんかいないから、迷惑なんて考えなくて良い。
 
「ウルセェ」

 二日酔いの師匠は迷惑そうな顔をするが、やめろと言わないから僕たちは知らん顔している。

 暑い日は川で魚釣り、みのりの季節には木登りしながらつまみ食い。
 地面が湿っていれば、ガリガリと石で削って絵を描いた。
 遊ぶ方法なんて無限にある。
 ジューと僕の息はぴったりで、何をしても楽しかった。
 
 食べても食べても痩せっぽちな僕は、目ばかりが大きい。
 広すぎる額をジューにパチンと叩かれてはケンカをした。

「痛い!ばか力!!」
「いい鍛冶屋になれそうだろ?」
 
 ケンカだって遊びのうちで、長くたってせいぜい半日口を聞かないくらい。
 すぐに一緒に遊び始める。
 同じ年に生まれたはずなのに、ジューは僕より一回り大きい身体を持っている。
 嫌がりながらも家業を手伝ううちに育ったのだろう。
 分厚い手は力強い。
 いつだって困った僕を助けてくれる。

 完璧な二人。
 今日も明日も明後日もずっとそうだと思ってた。
 終わりが来るなんて、想像もしなかった。

「キー、俺、明日から学校に行く」
「学校?じゃあ、いつ遊ぶの?」
「学校の後かな」
「いつ終わるの?」
「昼過ぎ?夕方には帰れるはず」
「そんなのちっとも遊べない!」

 その夜、僕は師匠にジューと一緒に学校へ行きたいと叫んだ。

「ウルセェ」
「だって、師匠すぐ忘れちゃうから!」
「忘れても良いことだから忘れるんだよ」

 夕飯を準備していた師匠はめんどくさそうな顔をする。

「僕も明日から学校行くから!」
「ダメだ」
「ケチ!ジューは行くんだもん!僕も行く!」

 ドン、と皿いっぱいに盛られた煮込みが僕の前に荒っぽく置かれた。

「まずはこれを完食しろ。話はそれからだ」

 湯気を立てる真っ赤な煮込み。
 師匠の仕留めた鳥と、裏の畑で収穫した自慢の野菜に、僕の採ってきた森の草を少々。
 大好きなメニューだけど、明らかにいつもより盛りが良い。
 
「食べたら良いんだね?」
「食ってから言えよ、ガリガリ」

 見下ろす師匠に僕は負ける気がしなかった。
 だって今日はいつもよりたくさん身体を動かして腹ペコだ。
 ちょっと頑張れば余裕と思ったのに、敵は意外なところにいた。
 半分を食べ終わった頃、ポカポカと温まった身体が勘違いを始める。
 グラグラと頭が揺れテーブルに倒れ込む。

「はい、おやすみ」

 意地悪な師匠の声に言い返したかったのに、むにゃむにゃと言葉にならない。
 あっという間に眠気が僕を飲み込んだ。

 翌日は静かな一日だった。
 ジューの訪ねてこない朝なんて起きる価値がない。
 いつまでも寝床で丸々っている僕を師匠は放ったらかしにする。 
 でも、クゥクゥと腹の虫が鳴けばそれも終わり。

「お腹すいた」
「早いが昼飯にするか」

 テーブルに乗ったのは昨夜の煮込みを煮詰めてほぐした肉を、焼きたての薄パンで包んだもの。
 僕が大好きなやつ。
 美味しいのに、昨夜の敗北を思い出し、悔しくなる。

「お前は身体が小さい。街の学校まで往復できるようになるにはもう半年かかる」

 本当はそんなの僕にだってわかってる。
 でもジューと一緒ならどうにかなると思った。

「今日からいっぱい食べる」
「おうおう。コロコロに太りやがれ」

 髪を撫でる師匠の手は赤ちゃんを宥めるみたいだから嫌になる。
 そして半年後、無事にジューと同じ学校へ通えることになった僕が目にするのは現実だった。

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