恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠

万年青二三歳

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2、俺と弟子

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 いつだって、こいつは俺の人生を狂わせる。
 あんなに行きたがっていたのに、学校から帰ると泣き出した弟子を見て、俺はため息をついた。
 泣くばっかりで理由を話したがらない弟子に、業を煮やした俺は、解決を諦めた。
 
「寝ろ」

 着替えもさせず、寝床に放り込み、布団を被せる。
 えぐえぐ泣く声は続いていたが、弟子の部屋を離れた。

 弟子が泣くのは珍しいことじゃない。
 悔しくて、悲しくて、嬉しくて、泣くやつだった。
 拾った当時は、抱き上げるだけで機嫌よく笑っていたというのに。

  ◇◆◇

 人の通らない森の中、カゴの中でスヤスヤと赤子は眠っていた。
 森には獣が住んでいる。
 俺が背を向ければあっという間に攫われるだろう。
 それも仕方がない。
 人間だって自然の一部だから、救われない命もある。
 そう思っていたのに。

 赤子の入っていたカゴは、果物を運ぶためのものだから、ささくれだらけ。
 今にも柔らかな頬に刺さりそうで思わず抱き上げた。
 パチリと開いた瞳は夜空みたいな深い青で、瞬きする度に美しく輝いた。
 泣くかと思ったら、機嫌よく笑い出し、俺に手を伸ばす。
 きっと俺じゃなくても同じように笑ったんだろう。
 でも俺にとってその微笑みはすっかり忘れていた人間としての感情を思い出させた。

 罪のない存在が、誰かの犠牲になる。
 どうしても許せなかった。
 
 抱き上げるだけで笑う手のかからない赤子だったのは初めだけ。
 あっという間に、泣き、這い回り、俺の顔を蹴る暴れん坊になった。
 ちょっと目を離せば、あっという間に物を口に入れる。

「お前、死にたいのか?!」
「うわああん」

 赤子の世話なんてしたことがない。
 あっという間に限界がやってきて、街の人間に助けを求めた。

「あぁ、元気な子ね。泣いているうちは大丈夫。静かな時のが問題よ」

 年に一度だけ買い出しに行く道具屋の女将はそう言って笑った。
 どうにかして里子として受け入れて貰えないかと頑張ったが、頷いてくれない。

「だって、あんたがもう離れられないと思うよ?」

 そう言って、昔子育てに使ったあれこれを持たせてくれた。
 女将の言い分はちっとも納得できなかったが、アドバイスは役立った。

 永遠に続くのかと思った小刻みな授乳も終わりが来た。 
 這い回ってばかりで踏んづけやしないかヒヤヒヤしていたが、ちゃんと歩き出した。
 今度は頭をぶつけないか心配する羽目になったが。
 ばぶばぶ言ってたはずが、あっという間に話し始めて、すぐに俺より喋るようになった。
 俺の後をついて回り、なんでも真似しようとするから悪態もつけやしない。

 隠遁生活を決め込み、自由気ままに生きていたのに、あっという間に俺の生活は乗っ取られた。
 どうしてあの日、森に捨てられた赤子を拾ったのか、と何度も己を呪った。
 それでも、ししょー? と呼ぶ声を聞けば勝手に身体が動く。

 だってこいつには俺しかいないから。
 知らん顔したら、すぐに死んじまう。
 自分の命すらどうでも良いと思ってたのに、ざまあねぇ。

 自分の迂闊さを嘲笑い、酒の代わりに茶を啜る。
 つまみの干し肉ばかり齧っていたのに、ずっと塩気のない冷えた野菜しか口にしていなかった。
 どれもこれもコイツのせい。
 枕に散った柔らかい紫の髪を撫でるだけで口元が緩む理由に心当たりはなかった。

 年に一度だった街に降りる日は週に一度になり、弟子も街の人に顔を覚えられた。

「ちょうど旅芸人が来ているのよ。うちの子達と一緒に行ってみたら?」
「キーもいく」

 何度キセイだと教えてもキシェイとしか言えない弟子は、いつしか自分をキーと呼ぶようになった。
 女将の言葉に意味もわからず興奮して聞かないから、年長の子どもについていくことを約束させ送り出した。

「アタシの言葉、あってただろう?」

 子どもたちの背中を見送っていたら、そう女将に言われてギクリとした。

「さぁ、覚えていないな」
「素直じゃないねぇ。まぁ、そういうことにしておくよ」

 商売人らしい軽口は聞こえないふりをした。
 いつも用意してもらってある消耗品を確認し、成長した弟子用の服を見繕って貰えばあっという間に時間が過ぎる。

「ただいまぁ」

 子ども達が駆け込んで来るが、弟子は見当たらない。
 やって来た方向を見てみればトボトボ歩いていた。

「つまらなかったか?」

 弟子が無言で首を振れば、ポロポロと瞳からしずくがこぼれた。

「転んだか?」

 何を聞いても言葉は出てこない。
 女将の顔を見れば、肩をすくめた。

 ーー子どもってそんなもんよ。

 行きは元気に跳ね回り賑やかだったのに、帰りは一言も口をきかない。
 子どもには子どもの事情があるんだろう、と俺は早々に匙を投げた。

 やっと口を開いたのは、寝床に入ってから。

「師匠と僕は家族じゃないの?」
「なんだ、急に」
「僕はヒロイゴだからなんだって。家族じゃないとずっと一緒にいられないんだって」

 止まったはずの涙が枕を濡らした。

「自分のことだろ、自分で決めろ。他人の言いなりになんかなるんじゃねぇよ」
「自分で決める?」
「あぁ、その方が楽しいぞ」

 返事の代わりに寝息が聞こえ出したから、きっと弟子は覚えていないだろう。
 俺だってすっかり忘れていたぐらいなんだから。
 
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