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35、僕とジューの告白と解けた髪
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髪紐のせいで寝返りが打てなかったのか、首も肩も痛い。
そっと両手を擦り合わせて温度を上げて痛む場所をもんだ。
これも、魔術の一つらしいと気がついたのは師匠に言われたからだった。
誰だって、身体に不調があれば痛むところに手を当てるだろう? 頭が痛い時、肘をぶつけた時、膝を擦りむいた時。
小さな頃からジューと森で遊んで、生傷が絶えなかった。ジューも僕も同じように怪我をするのに、僕の方が治りが早いのを不思議に思った師匠が、その可能性に気がついた。
身体の不調は大抵温めれば治るから、そんな大変なことじゃない。
だけど、最近増え続ける胸の痛みだけはどうしても治すことができなかった。
「ん~~~!」
痛みが取れたのを確認して大きく伸びをする。
これで、いつも通りの朝だ。
頭で髪紐が揺れる。
今日はいつもより気分が明るい。
ふわりと身体まで軽くなった気がして、思い切り布団を跳ね除けて起き上がった。
「おはよ」
「おう」
気をつけて寝たけど、当然髪はぐちゃぐちゃになっていた。
「やって~」
と甘えれば、師匠は髪紐を解いて、慎重に櫛でといてくれる。
なんだって適当で荒っぽいことも多いのに、僕の髪に触れる時は注意深い手つきになる。
絡まった毛先を力任せに引っ張らず、一本一本時間をかけて解いた。
頭のすぐ上で師匠が息をする音が聞こえることや、温かい指先が僕に触れるのが嬉しくて心が浮き立っていく。
「痛い。そっとして」
一筋ずつ毛束を取っては編み込んでいく師匠の力加減で痛みを感じることなんかないのに、僕は口を尖らせる。
「へいへい」
気のない調子の言葉だって、僕への返事だから良い。
ここには僕の居場所がちゃんとある。
嬉しいのに生意気な態度をとってしまうのは、この後の嵐に備えてだ。
昨日の朝を思い出す。
ジューとクヤの明らかに親しくなった様子の報告がそろそろあるんじゃないかな。
だから少しでも、僕は強いんだ、と自分に言い聞かせる必要があった。
「ほれ、出来た」
師匠の声がして、僕の頭を支えていた手が離された。
触れていた熱が消えて、頭が寒くなる。
「見てくる!」
洗面所の鏡は曇っていて見づらかったが、僕のぼんやりとした灰紫の髪に濃いモスグリーンの組紐は目立つ。
細かく編み込まれた数だけ、師匠の手が忙しく動いたのかと思うと、今度は鏡越しにその様子を見てみたいと思った。
「キー!」
ジューの声がしなかったら、僕はずっと鏡の中の自分を見続けていただろう。
毛先の見えない髪型は、短くなってしまった髪の長さを感じさせないから、自分の罪を忘れていられた。
「今行く!」
カバンを取って、玄関に走る。
「いってきます!」
「おう。気をつけろよ」
僕を見る師匠の視線は不自然に止まることはなかった。
「ジュー、おはよ!」
「おーす」
想像していた通り、今朝のジューは様子が違った。
何を話しても上の空で、いっそこちらから聞いてしまいたいほど。
でも、それは違うんだよなぁ。
「……彼女できた」
直前まで話していたのはこの前食べた鳥肉の話だったのに、突然ジューはそう言った。
顔を覗き込む必要がないほど、耳が先まで真っ赤になっていた。
「バレバレ。言うのおそいよ!」
「もう……なんかなぁ、口に出すのが恥ずかしくて」
ジューは頭をガリガリと掻きむしる。
クヤと同じ茶色の髪はいつも寝癖が跳ねていたのに、いつの間にかなくなった。
「遅くなってごめん。でもキーが一番だから。一番最初に教えたんだからな」
ボソリといったジューの言葉に切なかった胸があたたかくなる。
何も始まらないまま旅立った僕の恋心は報われなかったけど、僕とジューは幼馴染のままでいられるんだなと思ってホッとした。
「あー! これでいつも通りだ」
そう言って笑うジューの頭の中はクヤでいっぱいなんだろう。
せっかく師匠が結んでくれた髪紐にも気が付かない。
ちっともいつも通りじゃないのにね。
ずっと一緒だったのにな。
隣にいるのにジューと僕が見る世界はそれぞれ違って、考えることも当然違う。
これからどんどん違うことが増えて、間にはいっぱい色んな人が加わって、離れていくのかもしれない。
仕方ないと分かっているけど、胸が苦しい。
違う人間だからしょうがない。
じゃあ、師匠と僕は?
やっぱり、同じように離れていくの?
誰にも聞けない疑問が、僕の胸をチクチクと刺してくる。
授業にも集中できずに先生から怒られた。
寂しさを紛らわせるために、自分の頭を触り、髪紐を撫でた。
何度もそうしているうちに指が引っかかってしまった。
するりと髪紐が解けてしまう。
モスグリーンの髪紐を握りしめて歩くひとりの帰り道。
もう少しで家に着くと思ったところで、するりと手から離れて飛んでしまった。
「あぁ! 行かないで……」
そっと両手を擦り合わせて温度を上げて痛む場所をもんだ。
これも、魔術の一つらしいと気がついたのは師匠に言われたからだった。
誰だって、身体に不調があれば痛むところに手を当てるだろう? 頭が痛い時、肘をぶつけた時、膝を擦りむいた時。
小さな頃からジューと森で遊んで、生傷が絶えなかった。ジューも僕も同じように怪我をするのに、僕の方が治りが早いのを不思議に思った師匠が、その可能性に気がついた。
身体の不調は大抵温めれば治るから、そんな大変なことじゃない。
だけど、最近増え続ける胸の痛みだけはどうしても治すことができなかった。
「ん~~~!」
痛みが取れたのを確認して大きく伸びをする。
これで、いつも通りの朝だ。
頭で髪紐が揺れる。
今日はいつもより気分が明るい。
ふわりと身体まで軽くなった気がして、思い切り布団を跳ね除けて起き上がった。
「おはよ」
「おう」
気をつけて寝たけど、当然髪はぐちゃぐちゃになっていた。
「やって~」
と甘えれば、師匠は髪紐を解いて、慎重に櫛でといてくれる。
なんだって適当で荒っぽいことも多いのに、僕の髪に触れる時は注意深い手つきになる。
絡まった毛先を力任せに引っ張らず、一本一本時間をかけて解いた。
頭のすぐ上で師匠が息をする音が聞こえることや、温かい指先が僕に触れるのが嬉しくて心が浮き立っていく。
「痛い。そっとして」
一筋ずつ毛束を取っては編み込んでいく師匠の力加減で痛みを感じることなんかないのに、僕は口を尖らせる。
「へいへい」
気のない調子の言葉だって、僕への返事だから良い。
ここには僕の居場所がちゃんとある。
嬉しいのに生意気な態度をとってしまうのは、この後の嵐に備えてだ。
昨日の朝を思い出す。
ジューとクヤの明らかに親しくなった様子の報告がそろそろあるんじゃないかな。
だから少しでも、僕は強いんだ、と自分に言い聞かせる必要があった。
「ほれ、出来た」
師匠の声がして、僕の頭を支えていた手が離された。
触れていた熱が消えて、頭が寒くなる。
「見てくる!」
洗面所の鏡は曇っていて見づらかったが、僕のぼんやりとした灰紫の髪に濃いモスグリーンの組紐は目立つ。
細かく編み込まれた数だけ、師匠の手が忙しく動いたのかと思うと、今度は鏡越しにその様子を見てみたいと思った。
「キー!」
ジューの声がしなかったら、僕はずっと鏡の中の自分を見続けていただろう。
毛先の見えない髪型は、短くなってしまった髪の長さを感じさせないから、自分の罪を忘れていられた。
「今行く!」
カバンを取って、玄関に走る。
「いってきます!」
「おう。気をつけろよ」
僕を見る師匠の視線は不自然に止まることはなかった。
「ジュー、おはよ!」
「おーす」
想像していた通り、今朝のジューは様子が違った。
何を話しても上の空で、いっそこちらから聞いてしまいたいほど。
でも、それは違うんだよなぁ。
「……彼女できた」
直前まで話していたのはこの前食べた鳥肉の話だったのに、突然ジューはそう言った。
顔を覗き込む必要がないほど、耳が先まで真っ赤になっていた。
「バレバレ。言うのおそいよ!」
「もう……なんかなぁ、口に出すのが恥ずかしくて」
ジューは頭をガリガリと掻きむしる。
クヤと同じ茶色の髪はいつも寝癖が跳ねていたのに、いつの間にかなくなった。
「遅くなってごめん。でもキーが一番だから。一番最初に教えたんだからな」
ボソリといったジューの言葉に切なかった胸があたたかくなる。
何も始まらないまま旅立った僕の恋心は報われなかったけど、僕とジューは幼馴染のままでいられるんだなと思ってホッとした。
「あー! これでいつも通りだ」
そう言って笑うジューの頭の中はクヤでいっぱいなんだろう。
せっかく師匠が結んでくれた髪紐にも気が付かない。
ちっともいつも通りじゃないのにね。
ずっと一緒だったのにな。
隣にいるのにジューと僕が見る世界はそれぞれ違って、考えることも当然違う。
これからどんどん違うことが増えて、間にはいっぱい色んな人が加わって、離れていくのかもしれない。
仕方ないと分かっているけど、胸が苦しい。
違う人間だからしょうがない。
じゃあ、師匠と僕は?
やっぱり、同じように離れていくの?
誰にも聞けない疑問が、僕の胸をチクチクと刺してくる。
授業にも集中できずに先生から怒られた。
寂しさを紛らわせるために、自分の頭を触り、髪紐を撫でた。
何度もそうしているうちに指が引っかかってしまった。
するりと髪紐が解けてしまう。
モスグリーンの髪紐を握りしめて歩くひとりの帰り道。
もう少しで家に着くと思ったところで、するりと手から離れて飛んでしまった。
「あぁ! 行かないで……」
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