恋の終わらせ方がわからない失恋続きの弟子としょうがないやつだなと見守る師匠

万年青二三歳

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36、俺と女将と泣き虫弟子

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 弟子が学校にいる間に、街へ出かけた。
 行き先はもちろん道具屋の女将のところだ。
 道具屋と看板はあるが、取り扱っているものは消耗品も含め幅広い。
 弟子に選んだ髪紐は流石になかったから、店を紹介された。
 路地裏にある小さな、小さな店で、本当に髪紐しか取り扱っていない。
 店主がこだわって選んだ糸を自ら染めて、編んでいるだけあって品が良く、値段もそれなりだ。
 本当は火鉢を買おうと貯めた金を注ぎ込んだので、しばらく道具屋にも寄らないつもりだったのに、髪につける油のことが気になって来てしまった。

「あら、久しぶりじゃない?」

 こちらが手を伸ばす前に店の扉が開いた。
 ニヤニヤと笑いながら言う女将の言葉に、来たことを後悔する。

「いやいや本当にしばらくぶりだな? 50年か? 100年か?」
「あらやだ、私は魔女じゃないわよ」

 そう言って女将は肩をすくめるが、その可能性はゼロではないと気がつく。
 やけに遠方の商人が尋ねてくるし、何を聞いても問題を解決する糸口を簡単に示してくる博識さは目を見張るものがある。ありふれた焦茶の髪と瞳だったが、年齢不詳のぽってりとした頬は出会った頃からほとんど質感を変えていない。

「どうだかな」
「で、髪紐はどうだったのよ? キーちゃん気に入ったって?」
「アイツにやるとは言ってないだろ」
「やらないとも言ってなかったわよ?」

 隠遁暮らしを気取る俺と、百戦錬磨の女将なんて最初から勝負にならない。
 はぁ、とため息をつけば、女将が手のひらに隠れるほどの小瓶を台の上に乗せた。
 瓶を満たす、自分の瞳にも似た、ぼんやりと薄い蜜色の液体がとろりと揺れる。

「髪油はこれがおすすめね。香りはほとんどないし、乾燥も防ぐからピッタリよ」
「うぇえ」

 察しの良すぎる相手はこれだから嫌だ。

「毎度あり」
「持ち合わせがほとんどねぇんだ」
「じゃ、店内に溜まってる埃を払ってくれない? お代はそれでいいわ」
「普通に掃除しろよ」
「道具の隙間までは手が回らないのよ」

 確かに床や台の上は綺麗に拭われている。
 それでも重なり合った鍋の隙間や、壁に吊るされた大工道具の細部はどうしようもないだろう。 

「店の外に飛ばしていいか?」
「ダメよ。他の店に睨まれちゃう」

 女将を非難するやつなんていないだろうが、近所の付き合いは難しいとよくこぼしているので諦める。

「結構、面倒だ」
「かわいい弟子のためなら頑張れるでしょうよ。ついでに買い物してくるからちゃっちゃと頼むわ」

 そう言うと女将は店を出て行った。
 俺に選択権はない。

 一人になった店内を見まわし、所狭しと並ぶ商品の重さを目算する。
 最も軽そうなのは、小さな木のヘラか? 荷台を覆う布はそれなりに重そうだ。
 繊細な調整を必要とする術なんて気が進まないが仕方ない。
 俺の術は空の天気とよく似ている。空気の温度を変えて、流れを作り出す。赤子の昼寝にぴったりな微風を起こし、少しずつ溜まった埃を払っていった。店内をぐるり、ぐるり、と巡るように風が吹く。カタン、カタン、と木のヘラ同士がぶつかって、風が止まる。溜まっていた埃が店の真ん中に集まった。

「げ。前にやったのいつだ? 去年じゃねぇな。これからは年一でやるか」

 想像を超える埃の量に正直引いてしまう。
 溜まった埃が散る前に、結露の発生する要領で少量の水分をまぶして固めた。そのままちょい、ちょいっと足で転がして店の外に出すとゴミ溜めに蹴り飛ばした。

「お疲れ様」
「おう」

 ちょうど帰ってきた女将は抱えた紙包みを一つこちらによこした。
 漂ってくる香ばしい匂いの元は大型獣の肉だろう。

「お腹減ったでしょ。今食べる分とキーちゃんと夕飯に食べる分と入ってるから持ってって」
「ありがとな」
「うふふ~。またよろしくね」

 小瓶をポケットに忍ばせ、俺は店を後にする。
 店で食べていけば? と誘われたが、うっかり話し込んで弟子が帰る時間になったら困るので遠慮した。
 自分で焼く薄パンとは違う生地に肉が包まれた棒状の食事は、歩きながら取るのにちょうど良い。
 これから寒くなったら、弟子は朝寝坊を始めるだろう。これを真似た朝食にしておけば便利かもしれない。
 夕飯用の包みには細く割いて味付けした肉だけが入っていた。
 これは弟子が好きそうな味だから、夕飯の薄パンは多めに焼いたほうが良いだろう。

◇◆◇

「ラーらララ……」

 調子っぱずれな歌声の合間に鼻を啜る音を響かせて弟子が帰ってきた。
 玄関の扉を開けて顔を出せば、髪に結んでやったはずの髪紐は解かれ、乱暴に振り回されている。

「ばっか。結構高いやつだぞ……」
「あ!」

 弟子の手から髪紐がすっぽ抜けて、飛んでいった。
 こちらに向かって飛んできたので、走って取りに行く。
 伸ばした手は数回空をきり、息があがる。
 歳はとりたくないものだ。
 とうとう髪紐の端をつかまえて拾い上げると、砂埃を払った。

「しょうがないやつだな」

 弟子の方を向いて髪紐を振れば、不揃いの髪を揺らして弟子は項垂れる。

「ごめん、なさい」

 大したことじゃないのに、弟子の頬に涙がこぼれた。

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