リーズ・ナブルは此れにて御免 ~ 元軍人付与士は冒険者として成り上がる~

アゲインスト

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ダボンナ王国独立編 ~リーズ・ナブルの馬事《まこと》騒ぎ~

母は強しということ

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 ミハナ・ガーゼル。
 ドイルと共に長い時間昏睡状態であった彼女は、リーズの治療によって魔力の悪影響から解放されていた。
 残念なことに足の筋力が衰えていたため、マチルダに車椅子で連れてきてもらうことになったわけである。
 
「まったく、いくら煽られたからといって息子たちをぶっ倒して優勝することないでしょうに。そのせいでそんな無様を晒しているのですから、あの人のいただいたものも数に限りがあるんですからもう少し考えて動いてくれないと」

 長年の闘病生活によって魅力溢れるご婦人だった彼女もかなりほっそりしていたのだが、どういう訳だか数時間前にドイルが見たときよりもかなり元気になっている。
 こけていた頬がふっくらとしており、全体的にかさつきなどまったく感じられないつやつやの肌になっている。
 髪の毛も同様で、枝毛が目立つようだった金髪ロングが綺麗に切り揃えられ輝きを放っている。
 
 ドイルが大会に向かうのを薄い意識の中で見送ったあの時の姿とはまるで変貌を遂げている彼女にドイルはベンとは別の驚愕に襲われていた。
 冷静に対応しているように見えるが、内心に焦りを隠そうとしているのは妻にはバレバレである。妻は夫の視線が若干揺れているのを見逃さなかった。あとで夫婦の話し合い(物理)があることだろう。
 
「ま、まあそこは何というかだな、折角の機会なんだからどれだけ強くなったかを確かめたかったというか。晴れの舞台で堂々と復活したということを宣伝することもできるじゃないか。別にまったく考えがないわけじゃないぞ!」

 ドイルとしても少々やり過ぎたと思っているところがあるのか強く反論することはなかった。
 その様子に面白くなさそうな顔をするミハナ。明らかに夫の話を信じてはいないようである。
 まあそれはそれとして、といった感じで彼女は話を向ける対象をベンへと移していた。
 
「お久しぶりですね、ベン」
「え、ええ。色々と驚くことがあって一杯一杯ですがなんとか……」
「結構。あなたたちには息子のことで迷惑を掛けました。すでに主人が言っているとは思いますが、改めてあたくしの方からお礼と謝罪をさせていだたきます」
 
 ―――ありがとう、そしてごめんなさい。
 
 車椅子の上から深々と、まだ動かすのも辛いだろうに体を二つに折ってベンへと謝罪をしていた。
 そこにはクランを束ねる長の伴侶ではなく、ただの母としての姿があった。
 それまで夫に強く当たっていたのが嘘のような、潔い謝罪と感謝の念が込められた姿は見る者に畏敬の感情を抱かせるようなものであった。
 母という存在が見せるその姿に圧倒されていたベンだが、何も言わないでおくわけにもいかず、何とか言葉を探そうと首を右往左往に振ってはみるものの、余計に戸惑うばかりであった。
 
「ベン、別にお前が畏まる必要はないんだぞ。ありのままに受け止めればいい。今までケインのことを考えてきたお前の行動が、お二人にとって本当にありがたいことだったんだ」
「マチルダ……」
「受け取ってやってくれ。私はそれだけでいいと思っている」
 
 ミハナを連れてここまできたマチルダは、彼女の後ろからベンへと語り掛けてきた。
 彼女もまた、リーズの協力者としてミハナを回復させる手伝いをしていたのだろう。あの夜に彼女に起こったことはリーズの芝居のようなものだったのだろう、そうでなければ彼女がこうしてここにいることはないはずだ。
 マチルダが選ばれたのはミハナと長年の付き合いがあったからだろう。
 大会に出るためにそばにいられないドイルと、それをフォローするためにハリマには頼めなかったというところか。
 
「……迷惑掛けちまったな」
「いいさ。お前と私の仲だ」
 
 色々と言いたいこともあるだろうに、ベンの事情を分かっているマチルダはあえて身を退いていてくれている。その心遣いに感謝しつつ、目の前で頭を下げているミハナへと視線を戻した。
 
「ミハナさん。もう、十分です。あなたたちが帰ってきてくれただけで、俺たちの苦労は報われました。それだけでもう、十分過ぎるほどです。だからもう、頭を上げてください。いつまでもあなたにそんなことされてちゃ、俺ぁ……」
 
 そこで感極まって言葉が詰まってしまう。
 改めて、二人が戻ってきてくれたというのが本当のことなのだという実感があり、それで張り詰めていた心の線が切れてしまったのだ。
 目頭が思わず熱くなり、溢れ落ちそうになる涙を手で隠すベン。
 ベンのその反応に、ミハナはそっと頭を上げこの優しき戦士に対して、心からの慈愛を込めた声を掛かる。
 
「あなたの献身に、感謝を」
「もったいねぇ……!! おことばですっ……!!」
 
 そして堤防が決壊したときのように本格的に泣き出してしまったベン。予想できない展開が続いていたためにそれまで静かに様子を伺っていた周りの選手たちも、一通り落ち着いたと見て息をつくことができた。
 これでようやく、一区切りだと。
 
 しかし。
 
 
 
「―――さて、それでは次はあなたですよ。狸寝入りはよしなさいな、ケイン」
 
 
 
 クランの女将、ミハナがここで止まるわけがなかった。
 視線を向けることなく語り掛けたのは、激戦の疲労により眠っているはずの自分の息子であった。
 思わず、この場にいたベンを除く全員がケインのベッドに視線を向ける。
 相変わらずベッドに横たわったままの姿であったが、しばらくすると掛けられていた毛布をどけて体を起こすケイン。
 その表情はまるで叱られるのを恐れているような、年相応のものであった。
 
「……」
「ケイン、あたくしの息子。こうして会うのは久しぶり、ということになるのでしょうが。どうしたのです? 挨拶をなさいな、再会の挨拶を」
 
 こう、なんというのだろうか。
 他人の家の事情に巻き込まれたがための、この、なんともいえない重圧と居たたまれない感じ。
 先ほどまで心暖まる展開であったのに、一気に監獄にでも送り込まれたかのような寒気をミハナが醸し出している。
 この場にいる全員が思った。
 
『ああ、怒ってる』、と。
 
 その怒りに真っ先に晒されているケインはいつもの不敵な笑顔がなりを潜め、青ざめた顔で震えている。
 これから一体どんなお叱りを受けるのか、恐ろしくて仕方がないといった様子である。
 そんな息子の姿にため息をつくミハナ。その所作にビクつくケインの様子にまたため息である。
 
「本当に……本当にこのバカ息子は。何が守るですかバカなんですか? 自分が守ってもらっているという自覚がない者が言っているのならそれはただの戯れ言に過ぎません。そもそも武力によって守れるものなど限られているというのに、何がクランの長になってあたくしたちの居場所を守るですかこのバカ息子が」
 
 淡々と。
 ケインが語った夢の話を否定していくミハナ。
 それはまさしく母親が子供に正論をもって現実を突きつけていく行いであり、子供のメンタルをへし折るのにもっとも効果的な手法である。
 
「そもそも、クランの運営についてはハリマがどうとでもやってくれます。確かに腕利きは何名も犠牲になってしまいましたがその程度で折れるような軟弱な組織だとでも思っていたのならあなたの見当違いです。実力を付けるためならばもっといい手段だってあったはずですのに、人様に迷惑を掛けるようなことをしでかしていたと聞いたときにはここまでバカだったのかと失望しました」
「い、いや……その」
「言い訳は結構。あなたのやってきたことは所属しているクランの品格を損ねる行為だったと頭に刻み込みなさい。あくまで周りの方々のお陰で大目に見てもらっていただけのこと。この機会に反省し心を入れ換え、今後は街の風紀を乱すことがないように心身共に鍛えていだだきます。マチルダ、よろしいですね」
「はい! 仰せのままに!」
「よろしい。ではケイン、あなたには一度クランから脱退していただきます。今後は警備隊の方でしごいてもらいあなたの軟弱な精神を改善すること。それまでは一切の冒険者としての活動を禁止いたします。あなたも、よろしいですね」
「ま、まあしょうがない部分があるにせよ、ケインにもやり過ぎだった所がないでもない。ここは経験を重ねるべきと、私も考えている。なあ、お前もそう思うだろ!」
「彼を自由にさせていたのは自分にも責任があります。とやかくいう権利は私にはないかと」
「よろしい。では、空席になった三位の席にはベン・ブリッチを据え、これからの復興に尽力していくことといたしましょう。ケイン、あなたにはクランへの再加入の条件として実力でベンを倒すことを課題とします。一年後の大会にて、相応の結果が出ないようならば……分かっていますね?」
「は、はいぃ!! が、頑張ります!!!」
「結構」
 
 目覚めて事情を聞いてからの僅かな時間でここまで場を支配するとは、やはり一つの組織を束ねる長の伴侶ということだろうか。
 あとしれっと剣闘大会の次回開催が決定されている。この場での宣言であるのも関わらず絶対に次回もあるんだろうなという確信が持てるほど、その言葉には自信が溢れていた。
 
 
 
「さあそれでは皆さん、この茶番劇にもきちんと幕を降ろすといたしましょう。最後こそ、きちんとネタバレして大団円としなければ、ここまで尽力してくださった方がたに申し訳が立ちません。彼もまた、この終わりを望んでいるのですからね」
 
 女帝、ミハナ・ガーゼル。
 彼女の号令により、剣闘大会のフィナーレを飾らんと各自動き出す面々。
 ベッドに寝転んでいた者は立ち上がり、衣服を元に戻していく。
 介添えとしていた者は支度を手伝い、優勝者の姿を今一度隠蔽していく。
 ベン、ケインもそれぞれの準備を始めた。
 
 
 
 そして、多くの観客が待ち望む中、優勝式典を開催を告げる一声が会場に響き渡るのだった。
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