セフィロト

讃岐うどん

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ロシア編

第五話 顕現

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 今思えば、それは強制だった。
 契約、というには余りにも選択肢が無さすぎる。自分の意思、どうかすらも怪しい。
 いや、間違いではないのだろう。
『代われ』
 その言葉に心が反応した。
 肯定した。
 なれば、そのもまた、道理。


「   は」
 意識を取り戻した秀はまず感じる。
 胸を貫かれた気持ちになった。
 いや、物理的に貫かれている。
「アスト……っ?」
 目の前の少女の眼差しは、絶望にも似た何かだ。調律師としての使命に背中を押されたのだろう。
 だがその決意が──
「しゅう……っ?」
 少年の目覚めによって、解かれようとしていた。
「なにが──」
 辺りを見渡し、言葉を失う。
 先程、自分を殺した少年が、倒れていた。
 だが、それ以上のモノがある。
 少年の背後……約20メートル程のところの路地に、は立っていた。

「木?」

 樹木。
 100メートルにも至る、巨大な樹木だ。枝の先端には、葉っぱの代わりに無数の、装飾されていた。
 数えるのも億劫になる死体。
 血は流れず、ただ眼に見えない命力だけが、木の枝を流れている。その行き先は、地を這い、根を伝い、

(俺?)

 少年の身体へ、流れていた。
 いや、雪崩れ込んでいた。
 莫大どころではない。アストラルにとっても、見たことのない量の命力が、少年から溢れ出ていた。
 不思議と、驚きは無かった。
 と、
「あ?」
 胸を貫いた槍へ、莫大な命力が奔る。
『退がれッ!!』
 エディアの叫びに、彼女は咄嗟に身を引く。
「ッ!!」


 刹那、秀を起爆点に巨大な爆発が起きた。


 槍を離し、咄嗟に命力の壁を展開。
「ッ……グゥ……!!」
『拙いぞ!! あれは……』
 吹き飛ばされそうだった。アスファルトを蹴って地面を抉り、足元を固める。
 右手は前に、展開した壁へと命力を流し続ける。
 バリアに亀裂が走る。
 走る度に、命力を流し込み、修復する。
 呼吸が荒くなる。
「足りない……秀!!!」
 少女の叫びは届かない。
 アストラル自身、命力は多い方だった。
 平均を一とすれば、彼女はその百倍はあるだろう。
『範囲を縮めろ!!』
 怒鳴り声に、体が反応。命力の密度を高く、範囲を狭く。
(クリシュナがあったら……ッ!)
 神技クリシュナは、持ち主に多大なる命力を授ける力を持つ。
 剛槍を失った今、彼女の力は確かに弱まっていた。
(マズイ……もう限界……っ!!)
 これ以上は持たない。
 爆発は今も起き続けている。爆風は辺り一面に吹き荒れ、窓をかち割り、室内を暴虐する。
「きゃ──」
 バキ。致命的な亀裂が走り、結界が砕け散った。アストラルは苦しそうな表情を浮かべ、衝撃に備える。
「秀───────────!!!」
 命力の風は、アストラルをぶっ飛ばした。




『質量を持たぬ命力だが、密度が一定の値を越えれば、爆発的なエネルギーを生み出す。これはただ、その現象に過ぎん』
 脳裏に響く声。
 爆発の終わりと共に、己の身体を貫いていたクリシュナは、持ち主の元へと去っていった。
 少年の身体に、吹き荒れていた命力が集う。
『大いなる力、その一端だ。オマエは触れた。その意味、分かるよな』
 声は悪辣に笑い、頭痛としてメッセージを伝えた。


(目を開けたくない)
 目を背けた。
 少年は、爆発の影響下に無かった。まるで台風の目のように、中心点は無傷だったのだ。少年の身体に傷は無い。
 クリシュナにより貫かれた胸も、集った命力により再生、修復された。機能は万全だ。
 問題はない。
(生きてる)
 どうしてだ、と虚空に問う。
 返答は無い。あるわけが無かった。
 焼きついたソレは、秀の暗闇を淡い緑色に照らし続ける。
 まるで、少年を嘲笑うかのように。
「……ちくしょう」


「──は?」
 目を開けた。
 そこに、彼はいた。
 仮面の男。
 正体不明の、飢餓と思われる謎。
 秀の正面、僅か4メートル先に、立っていた。抉れた地面を無視し、宙にだが。
「あん……たは?」
 仮面の奥で、視線を動かす。彼は少年の声に答えなかった。視線は少年から、木へ。
「なるほど、の方か。では無いな」
 ブツブツと呟いているのが聞こえた。
「まだ根を張りつくせていない。それに、。お粗末だ」
 今度は木へと言葉を投げかけた。
「何言って……ぅッ!?」
 頭痛がして、ジリジリと男の影が揺れるのを感じた。男は一歩たりとも動いていない。
 カゲロウを思わせる、その軽い在り方。
 風船のような彼は、

「余り、先を急ぐな」

 呟き、飛び上がった。
 トン、トン、と軽いステップを踏み、宙を駆け、木に触れる。
 彼は小さくため息を吐き、呟く。
揺らげ、命なる者カリ・スライ
 刹那、木が、消えた。
 文字通りだ。延べ100メートルにも至る巨大な樹木が、影も形も無く消えた。まるで最初から無かったかのように。

「っ!?」

 連なり、秀の意識も途絶えた。

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