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朦朧とする意識の中、ただ分かるのは濡れていることと、体が動かないこと。そして私の耳に聞こえてくるもの。それは波の音と、低い男性の声。
「……い、だい……ぶ、か? ……聴こえ……のか?」
途切れ途切れに聞こえてくるその声は、どことなく私を安心させてくれるもの。薄っすらと目を開けば黒髪の男性が心配そうに見ていた。私が目を開き安心したのか、彼は微笑んでくれる。けれど私はそこで意識を失ってしまった。
次に目が覚めた時に私の目に映るもの、それは見知らぬ木材の天井だった。何も考えられない頭には不思議なことに木目が心地良く感じてしまう。
何分ぼーっとしていたのだろうか、私は痛む体を起こすと周囲を見渡した。
「タ、タタミ? あれはショウジ……?」
ここはどこなのだろう――私はそう思った。考えれば考える程分からないもので頭痛さえ覚えてくる。
障子を見つめているとそこは開かれ、綺麗な緑の庭と黒髪の男性の姿が私の目に映った。彼は私と目が合うと顔をほころばせた。
「やぁ、目が覚めたんだね。具合はどうだい?」
彼の声が聞こえると、とくんっと心臓が鳴った。
突然のことで私は上手く言葉に出せず、直ぐに返事が出来なかった。彼は私の顔を覗き込むと困った様に頬を掻いた。
「うーん……言葉が通じないのかな?」
「……あ、いえ……わ、わかります」
「よかった。船が難破したのを見て海岸まで流れ着いた君を見つけたんだ。覚えているかい?」
私は首を横に振った。けれどほんの少しこの耳に彼の声が聞こえ、安心した記憶はあった。
「そうか。君が僕の言葉が分かるのを踏まえるとあれは多分、この国に来るはずの異国の船だったんじゃないかな……」
「……ここは異国、なのですか?」
「うん、君のいた国とは別だよ。そんなことまで覚えてないのかい? ……自分の名前は言えるかな?」
自分の名前、それくらいなら――けれどダメだった。何故か分からないけど、まるでどこかに落っことしてきたように何も思い出せなかった。私は誰で、どこから来たのか分からなくなっていた。自分の家族の名前すら思い出せない。ただ分かるのは、物の名前と言語だけ。
「……ごめんなさい。わかりません」
「いや、それほど怖い思いをしたんだろうね。君が嫌じゃなければ記憶が戻るまでここにいるかい?」
「良いのですか?」
「うん。名前がないと不便だね。異国の君には不釣り合いかもしれないが、ヨウカ……鷹、華と書いて鷹華と呼んでもいいかい?」
「タカ、ハナ、ヨウカ……」
私はそう呟いて開いている障子の奥、中庭を見た。
中庭には花が綺麗に咲いていて、澄み渡る空には鷹が飛んでいた。
「はい。どうぞヨウカとお呼びください」
全てを忘れたその日にもらった新しい名前。
私は嬉しさと気恥ずかしさからはにかんだ。彼はそんな私の頭をそっと撫でてくれた。
「……い、だい……ぶ、か? ……聴こえ……のか?」
途切れ途切れに聞こえてくるその声は、どことなく私を安心させてくれるもの。薄っすらと目を開けば黒髪の男性が心配そうに見ていた。私が目を開き安心したのか、彼は微笑んでくれる。けれど私はそこで意識を失ってしまった。
次に目が覚めた時に私の目に映るもの、それは見知らぬ木材の天井だった。何も考えられない頭には不思議なことに木目が心地良く感じてしまう。
何分ぼーっとしていたのだろうか、私は痛む体を起こすと周囲を見渡した。
「タ、タタミ? あれはショウジ……?」
ここはどこなのだろう――私はそう思った。考えれば考える程分からないもので頭痛さえ覚えてくる。
障子を見つめているとそこは開かれ、綺麗な緑の庭と黒髪の男性の姿が私の目に映った。彼は私と目が合うと顔をほころばせた。
「やぁ、目が覚めたんだね。具合はどうだい?」
彼の声が聞こえると、とくんっと心臓が鳴った。
突然のことで私は上手く言葉に出せず、直ぐに返事が出来なかった。彼は私の顔を覗き込むと困った様に頬を掻いた。
「うーん……言葉が通じないのかな?」
「……あ、いえ……わ、わかります」
「よかった。船が難破したのを見て海岸まで流れ着いた君を見つけたんだ。覚えているかい?」
私は首を横に振った。けれどほんの少しこの耳に彼の声が聞こえ、安心した記憶はあった。
「そうか。君が僕の言葉が分かるのを踏まえるとあれは多分、この国に来るはずの異国の船だったんじゃないかな……」
「……ここは異国、なのですか?」
「うん、君のいた国とは別だよ。そんなことまで覚えてないのかい? ……自分の名前は言えるかな?」
自分の名前、それくらいなら――けれどダメだった。何故か分からないけど、まるでどこかに落っことしてきたように何も思い出せなかった。私は誰で、どこから来たのか分からなくなっていた。自分の家族の名前すら思い出せない。ただ分かるのは、物の名前と言語だけ。
「……ごめんなさい。わかりません」
「いや、それほど怖い思いをしたんだろうね。君が嫌じゃなければ記憶が戻るまでここにいるかい?」
「良いのですか?」
「うん。名前がないと不便だね。異国の君には不釣り合いかもしれないが、ヨウカ……鷹、華と書いて鷹華と呼んでもいいかい?」
「タカ、ハナ、ヨウカ……」
私はそう呟いて開いている障子の奥、中庭を見た。
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「はい。どうぞヨウカとお呼びください」
全てを忘れたその日にもらった新しい名前。
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