異国の地で願うもの、それは

桃木葉乃

文字の大きさ
1 / 7

しおりを挟む
 朦朧とする意識の中、ただ分かるのは濡れていることと、体が動かないこと。そして私の耳に聞こえてくるもの。それは波の音と、低い男性の声。

「……い、だい……ぶ、か? ……聴こえ……のか?」

 途切れ途切れに聞こえてくるその声は、どことなく私を安心させてくれるもの。薄っすらと目を開けば黒髪の男性が心配そうに見ていた。私が目を開き安心したのか、彼は微笑んでくれる。けれど私はそこで意識を失ってしまった。


 次に目が覚めた時に私の目に映るもの、それは見知らぬ木材の天井だった。何も考えられない頭には不思議なことに木目が心地良く感じてしまう。
 何分ぼーっとしていたのだろうか、私は痛む体を起こすと周囲を見渡した。

「タ、タタミ? あれはショウジ……?」

 ここはどこなのだろう――私はそう思った。考えれば考える程分からないもので頭痛さえ覚えてくる。
 障子を見つめているとそこは開かれ、綺麗な緑の庭と黒髪の男性の姿が私の目に映った。彼は私と目が合うと顔をほころばせた。

「やぁ、目が覚めたんだね。具合はどうだい?」

 彼の声が聞こえると、とくんっと心臓が鳴った。
 突然のことで私は上手く言葉に出せず、直ぐに返事が出来なかった。彼は私の顔を覗き込むと困った様に頬を掻いた。

「うーん……言葉が通じないのかな?」
「……あ、いえ……わ、わかります」
「よかった。船が難破したのを見て海岸まで流れ着いた君を見つけたんだ。覚えているかい?」

 私は首を横に振った。けれどほんの少しこの耳に彼の声が聞こえ、安心した記憶はあった。

「そうか。君が僕の言葉が分かるのを踏まえるとあれは多分、この国に来るはずの異国の船だったんじゃないかな……」
「……ここは異国、なのですか?」
「うん、君のいた国とは別だよ。そんなことまで覚えてないのかい? ……自分の名前は言えるかな?」

 自分の名前、それくらいなら――けれどダメだった。何故か分からないけど、まるでどこかに落っことしてきたように何も思い出せなかった。私は誰で、どこから来たのか分からなくなっていた。自分の家族の名前すら思い出せない。ただ分かるのは、物の名前と言語だけ。

「……ごめんなさい。わかりません」
「いや、それほど怖い思いをしたんだろうね。君が嫌じゃなければ記憶が戻るまでここにいるかい?」
「良いのですか?」
「うん。名前がないと不便だね。異国の君には不釣り合いかもしれないが、ヨウカ……鷹、華と書いて鷹華と呼んでもいいかい?」
「タカ、ハナ、ヨウカ……」

 私はそう呟いて開いている障子の奥、中庭を見た。
 中庭には花が綺麗に咲いていて、澄み渡る空には鷹が飛んでいた。

「はい。どうぞヨウカとお呼びください」

 全てを忘れたその日にもらった新しい名前。
 私は嬉しさと気恥ずかしさからはにかんだ。彼はそんな私の頭をそっと撫でてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

婚約者の番

ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

処理中です...