異国の地で願うもの、それは

桃木葉乃

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 綺麗な海に私は見惚れていた。
 この景色をどこかで見た気がするのに何も思い出せない。

「鷹華、どうかな。何か思い出せそうかな」
「いえ……ごめんなさい。せっかく連れてきてもらったのに……私」
「いいよ。ほら、僕も前に連れて行くって言ってただろ?」

 そう言って彼はいつものように、私の頭を撫でる。
 彼を好きだと気付いた後に撫でられるのはとても心臓がドキドキして、私の鼓動が彼に聞かれそうなのが不安になり、私は彼から背を向けようとした。
 でも、おちょこちょいな私は砂に足を取られて転んでしまった。
 その時、私はあの肖像画を落としてしまい、それを拾いあげた彼の顔を私はすぐに見れずに俯いた。

「これ、やっぱり見てたんだね」
「鷹華……彼女の名前、だったんですね」
「うん、彼女は僕のとても大切な人だった。だからこそ、君につけたかったのかもしれない」

 私がそれを見たことを知っても彼は私を怒ったり、責めたりしない。
 それどころか、表情を覗き見れば悲しい瞳で描かれた彼女を見ていた。
 その姿に私は胸が痛くなるのを感じた。

「僕にとって、この海は特別なんだ。落ち込んでいた僕を、優しく撫でてくれた女性を忘れられない」
「それって……」
「うん、きっと僕は五年前から好きなんだ……ははっ、何を言ってるんだろう。照れくさいね」

 頭を掻き笑う彼は教えてくれた、五年前から好きな人がいることを。
 ああっ、私はなんて報われない恋をしたんだろう。

(彼の瞳に映る鷹華は私じゃない……私につけてくれた鷹華。それって……)

 私の心を嫉妬の炎が支配する。
 ああっ、彼の気持ちを知りたくなかった。
 私を通して彼は彼女を見てたんだ。
 そう思うと、私は咄嗟に波へと走り出してしまった。


 足に触れる海水の冷たさなんか気に留めることなく私の頬には涙が伝う。
 そう、これは全て私の嫉妬が招いたことにしか過ぎない。
 突然走り出した私を心配して、彼は追いかけてきてくれた。

「鷹華、こっちへおいで。危ない、風邪をひいてしまう」
「嫌、です! 来ないでください、私、私っ。彼女の代わりではありませんっ」
「君を代わりなんて思ってないよ。本当だよ、鷹華……代わりだと思えるわけないじゃないか」
「でも、五年以上前から忘れられない好きな人がいるって……それって、肖像画の鷹華――彼女のことでしょう?!」

 私がそう言うと、彼は肖像画の描かれた紙を手に困ったように眉を下げた。
 そして左右に首を振ると彼は真っ直ぐ私を見つめた。

「違うよ、彼女は……僕の姉さんなんだよ」
「お姉……さま?」
「うん。姉さんはね、五年前に亡くなったんだ。僕の身寄りは姉さんだけでね、彼女が亡くなった日に落ち込んでいた僕の話し相手になってくれた女性がいたんだよ」

 勘違いにほんの少し私は恥ずかしくなった。
 それでも、懸命に私へと話してくれる彼の言葉に耳を傾ける。

「それが君なんだよ、鷹華」
「えっ?!」
「流れ着いた君を見つけた時は半信半疑だったんだ。似ているだけかもって……だけど笑顔もおちょこちょいなところも、間違いなくあの日の君と一緒だったんだよ」

 彼は一歩、また一歩と私との距離を詰めてくる。
 その距離に私は戸惑って、再び距離を空けてしまう。
 彼はそれでも私を真っ直ぐ見つめて語りかけてくる。

「君から海に行きたいと言ってくれた時、嬉しかった。だって君と初めて出会ったのもこの海なんだ。約束したのもこの海……」

 約束――その言葉に胸がざわついた。

『また会いましょうね、また五年後にここで。船に乗って会いに行きます。私の事を忘れずにいてくれたその時、私の名前を教えます。だから約束、ですよ?』

 ああっ、そうだ。
 私、確かに約束していた。この場所で。
 五年前、奉公先の主人に連れられてここまで来たけど、何もうまくいかなかった私と、最愛の姉を亡くして落ち込んでいた彼。
 彼はずっと覚えてくれていたのに私は忘れてしまうなんて。
 彼はどんな気持ちで私にずっと接してくれていたの? どんな気持ちで頭を撫でてくれていたの?
 目頭が熱くなって、胸が苦しくなって私はうずくまりむせび泣いた。

「鷹華っ!」
「ごめんなさいっ、私っ。やっと、あなたとの約束を思い出しました。私の名前それは――」

 名を告げようとした私の口は塞がれる。
 大量の海水によって塞がれた。
 波に攫われた私は彼との約束すら果たせない。
 ああっ、どうして私は最後までダメなんだろう。
 名前すら教えてあげることも出来ずに、私の恋する気持ちすら伝えることは叶わない。


 海から始まり海に終わる。
 私は意識を失う寸前、お守りを握り締めると願わずにはいられなかった。
 もう彼に会えないのなら、生まれ変わってまた会いたい。
 ――私が異国の地で願うもの、それは……記憶を失ってる時からずっと思ってた。この小袖が似合うような彼と同じ黒い髪になりたいと。
 そして彼に伝えたい。
 ――好き。
 だだその言葉だけでも彼に、波が届けてくれたらいいのに……。
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