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43:凄まじいショック
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私は手の甲で強く目を擦り、後は無心で足を動かした。
十分ほどして、アパートの明かりが見えた。
アパートに入り、郵便受けをチェックしてから階段を上る。
今日も帰りが遅くなったし、急いで夕食を作らなければ。
拓馬はもう帰っているだろうか。きっとお腹を空かせているだろう。
乃亜と拓馬の仲が今日一日でどれほど進展したかはわからないけれど、料理は私の仕事。
これまで積み重ねた食事の時間こそが、私と拓馬の絆だ。
そう思うと少しだけ元気が回復した。
鍵を玄関に差し込み、回して扉を開ける。
その音で私の帰宅に気づいたらしく、隣の部屋――拓馬の部屋の扉が開いた。
「あ、拓馬」
拓馬は私服に着替えていた。
風景のイラストがプリントされた長袖のシャツに黒のズボンを履いている。
「お帰り」
「うん、ただいま」
わざわざ挨拶してくれたのが嬉しくて、口元が綻んだ。
「ごめんね、待たせて。いまから急いで夕食作るね」
「そのことなんだけどさ」
そのことなんだけど――大福がおもむろに切り出した別れのきっかけとなる言葉を連想し、すっと体温が冷えた。
まさか、そんなはずはないと不吉な予感を頭から締め出し、努めて笑顔を作る。
「うん、何?」
「もうこれからご飯作ってくれなくていいから」
「…………え?」
私は呆けて拓馬を見つめた。
手から力が抜け、どさりと鞄が落ちる。
拓馬は私の足元で倒れた鞄に目を走らせ、それでも続けた。
「実はおれ、乃亜と付き合うことになって」
頭を思い切り殴られたような衝撃。
視界がぐらりと揺れ、立っているだけで精いっぱいだ。
「乃亜が料理得意で、自分の分のついでに作ってくれるって言うんだ。いつまでもお前に甘えるのも悪いし、これからは乃亜に作ってもらうよ」
見計らったかのようなタイミングで、扉が開く音。
拓馬の部屋の向こう――201号室から。
「拓馬。ちょうど良かった。ご飯できたよ……あ、お話し中だったかな? ごめんね邪魔して。こんばんは、野々原さん」
乃亜は拓馬の傍に立ち、にこっと笑って会釈した。
「拓馬から聞いたよ。これまで拓馬のご飯を作ってくれてありがとう。でも、もういいから。これからは私がいるもの。ね、拓馬。行こう?」
乃亜が笑顔で拓馬の腕を掴み、上目遣いに見つめる。
「ああ」
呆然とする私を置いて、拓馬は自分の部屋に鍵をかけた。
「じゃあ、そういうことで。いままでありがとうな」
微笑んで、拓馬は乃亜と共に歩いていく。
二人の声がする。楽しそうに笑う声が。
耳から入って、頭の中で乱反射して――吐きそうだ。
二人の姿が乃亜の部屋の中に消えるのを見届けて、私は震える手で鞄を拾い上げた。
玄関の扉を開け、後ろ手に扉を閉め、ずるずると座り込む。
視界は墨で塗り潰されたかのように真っ黒だ。
廊下の向こう、リビングの明かりはついていない。
私が落ち込んでいたとき、決まって「お帰り」と元気に迎えてくれた白いハムスターはどこにもいない。
どれだけ大福が精神的な支柱になっていたかを思い知る。
「……大福」
名前を呼んだ。返事はない。
「大福。ねえ」
熱いものが頬を伝う。しゃくりあげる。
涙声で名前を呼ぶ。繰り返し。何度も何度も。
「大福。大福。大福……」
返事はない。
どんなに呼びかけても返事はなく、私はとうとう声を上げて泣き崩れた。
十分ほどして、アパートの明かりが見えた。
アパートに入り、郵便受けをチェックしてから階段を上る。
今日も帰りが遅くなったし、急いで夕食を作らなければ。
拓馬はもう帰っているだろうか。きっとお腹を空かせているだろう。
乃亜と拓馬の仲が今日一日でどれほど進展したかはわからないけれど、料理は私の仕事。
これまで積み重ねた食事の時間こそが、私と拓馬の絆だ。
そう思うと少しだけ元気が回復した。
鍵を玄関に差し込み、回して扉を開ける。
その音で私の帰宅に気づいたらしく、隣の部屋――拓馬の部屋の扉が開いた。
「あ、拓馬」
拓馬は私服に着替えていた。
風景のイラストがプリントされた長袖のシャツに黒のズボンを履いている。
「お帰り」
「うん、ただいま」
わざわざ挨拶してくれたのが嬉しくて、口元が綻んだ。
「ごめんね、待たせて。いまから急いで夕食作るね」
「そのことなんだけどさ」
そのことなんだけど――大福がおもむろに切り出した別れのきっかけとなる言葉を連想し、すっと体温が冷えた。
まさか、そんなはずはないと不吉な予感を頭から締め出し、努めて笑顔を作る。
「うん、何?」
「もうこれからご飯作ってくれなくていいから」
「…………え?」
私は呆けて拓馬を見つめた。
手から力が抜け、どさりと鞄が落ちる。
拓馬は私の足元で倒れた鞄に目を走らせ、それでも続けた。
「実はおれ、乃亜と付き合うことになって」
頭を思い切り殴られたような衝撃。
視界がぐらりと揺れ、立っているだけで精いっぱいだ。
「乃亜が料理得意で、自分の分のついでに作ってくれるって言うんだ。いつまでもお前に甘えるのも悪いし、これからは乃亜に作ってもらうよ」
見計らったかのようなタイミングで、扉が開く音。
拓馬の部屋の向こう――201号室から。
「拓馬。ちょうど良かった。ご飯できたよ……あ、お話し中だったかな? ごめんね邪魔して。こんばんは、野々原さん」
乃亜は拓馬の傍に立ち、にこっと笑って会釈した。
「拓馬から聞いたよ。これまで拓馬のご飯を作ってくれてありがとう。でも、もういいから。これからは私がいるもの。ね、拓馬。行こう?」
乃亜が笑顔で拓馬の腕を掴み、上目遣いに見つめる。
「ああ」
呆然とする私を置いて、拓馬は自分の部屋に鍵をかけた。
「じゃあ、そういうことで。いままでありがとうな」
微笑んで、拓馬は乃亜と共に歩いていく。
二人の声がする。楽しそうに笑う声が。
耳から入って、頭の中で乱反射して――吐きそうだ。
二人の姿が乃亜の部屋の中に消えるのを見届けて、私は震える手で鞄を拾い上げた。
玄関の扉を開け、後ろ手に扉を閉め、ずるずると座り込む。
視界は墨で塗り潰されたかのように真っ黒だ。
廊下の向こう、リビングの明かりはついていない。
私が落ち込んでいたとき、決まって「お帰り」と元気に迎えてくれた白いハムスターはどこにもいない。
どれだけ大福が精神的な支柱になっていたかを思い知る。
「……大福」
名前を呼んだ。返事はない。
「大福。ねえ」
熱いものが頬を伝う。しゃくりあげる。
涙声で名前を呼ぶ。繰り返し。何度も何度も。
「大福。大福。大福……」
返事はない。
どんなに呼びかけても返事はなく、私はとうとう声を上げて泣き崩れた。
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