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01:まさか、身投げですか?
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土砂降りの雨の中、傘も持たずに暗い顔で川面を見ている少年がいた。
花柄の傘を差して通り過ぎた中年女性は完全無視を貫いたが、ひょっとしてあれは、身投げ寸前だったりするのだろうか。
「………………」
六月上旬、水曜日。
天気予報は降水確率20%の曇りだったのに、放課後になる頃には大雨になっていた。
私が両手で持った傘は激しい雨に叩かれて揺れている。
傘を差してはいるものの、ローファーは既に靴下までぐっしょり濡れており、大ダメージを受けていた。
教科書や参考書が詰まったリュックも傘では完全にカバーしきれてはいない。
でも、幸い私のリュックは見た目よりも機能重視の完全防水使用。
おばさんや葉子《ようこ》さんからは「ごつい」「ダサい」「花の女子高生が持つ鞄じゃない」と散々な酷評を受けたが、やっぱり持ってて良かった防水リュック。
ありがとう制作会社さん、貴社の弛まぬ努力のおかげで私の教科書や筆記用具は豪雨からもしっかり守られています――って、違う、そうじゃない。
私はポニーテイルにした頭を振って、逃避にかかった脳を無理やり現実に引き戻した。
私の右手、二十メートルほど前方。
橋の上に立ち、虚ろな瞳でぼうっと川面を見ているのは金持ち学校として有名な私立奏城学園の夏服を着た見知らぬ男子。
全身を雨に打たれ、哀れな濡れ鼠と化している彼は、ちょっと信じられないほどのイケメンだった。
画像加工なんて一生必要ないであろうすっきりと通った鼻筋に、大きな黒目、桃色の唇。
「人生勝ち組だぜヒャッハー★」と調子に乗ってもおかしくない、抜群のルックスの持ち主だ。
しかし彼は何故、唇を一文字に結び、あんな憂鬱そうな瞳で増水した川面を眺めているのだろうか。
彼を巡って女子が刃傷沙汰でも起こしたのだろうか?
「私と付き合ってくれなきゃ死にます!」と苦手な女子に脅された?
それとも学校で非モテ男子たちの嫉妬の的となり「お前ちょっとイケメンだからって調子乗ってんじゃねえぞオラア」と虐められてるとか?
ううむ、わからない。
わからないけれど、いまにも欄干の上に立って身投げしてしまいそうな危うい雰囲気を彼からひしひしと感じる。
――こいつはヤバいな。
――ああ、とんでもなくヤバい匂いがぷんぷんするぜ兄貴!
昨日見たアニメの台詞を思い出しながら、私は急いで鞄からメモ帳を引っ張り出した。
こういうとき、声が出せない現状がもどかしい。
発声よりも筆記のほうが遥かに手間がかかる。
書き殴るようにして文字を書いた私は、メモ帳と傘の柄をまとめて右手に持ち、イケメンに歩み寄った。
とんとん、と彼の肩を叩くと、イケメンは感情が根こそぎ死滅したような無表情をこちらに向けた。
すかさずメモ帳を彼に差し出す。
『初めまして。私、三駒《みこま》高校1年の戸川紬《とがわつむぎ》っていいます。ひどい雨ですね』
無難な挨拶から始めることにしたのは、下手に自殺を止めるような言葉を書けば逆に変な勢いをつけてしまうかもしれないと懸念したから。
所属を明かすことに関しても問題ない。
私が着ているセーラー服を見れば一目瞭然だもの。
「……奏城学園1年の日向悠紀《ひなたゆうき》です」
無視されるかと思いきや、彼は意外と律義に挨拶を返してきた。
どうやら会話は成り立つようだ。
よし、第一段階クリア!
「声は出せないのか? 病気?」
聞きにくいであろうことを、彼はストレートに尋ねてきた。
『すこし前までは話せてたんですが、いまはちょっと』
橋の上は風が強く、肩にかけていた傘が煽られて飛んでいきそうになったため、私は筆記を中断して傘の柄を掴んだ。
「敬語使わなくていいよ。同い年だろ」
『ありがとう。かさ持ってもらってもいい? 書きづらくて』
筆記速度優先のため、書くのに時間がかかる漢字はひらがなにした。
「ああ。気が利かなくてごめん」
日向くんは右手に持っていた鞄を左手に持ち替え、濡れた右手で私の手から傘を取り上げ、差しかけてくれた。
『なやみごとがあるんだったら、私でよければ聞くよ。私たち学校も違うし、初対面の他人だよね。私なら何を聞いたって気にしないし、他人に言いふらしたりもしない。気持ちを吐き出すには都合がいい相手だと思うんだ。だからばかな真似は止めて。日向くんにはご家族がいるでしょう?」
どうにか彼を思いとどまらせようと、私は必死に言葉を綴った。
花柄の傘を差して通り過ぎた中年女性は完全無視を貫いたが、ひょっとしてあれは、身投げ寸前だったりするのだろうか。
「………………」
六月上旬、水曜日。
天気予報は降水確率20%の曇りだったのに、放課後になる頃には大雨になっていた。
私が両手で持った傘は激しい雨に叩かれて揺れている。
傘を差してはいるものの、ローファーは既に靴下までぐっしょり濡れており、大ダメージを受けていた。
教科書や参考書が詰まったリュックも傘では完全にカバーしきれてはいない。
でも、幸い私のリュックは見た目よりも機能重視の完全防水使用。
おばさんや葉子《ようこ》さんからは「ごつい」「ダサい」「花の女子高生が持つ鞄じゃない」と散々な酷評を受けたが、やっぱり持ってて良かった防水リュック。
ありがとう制作会社さん、貴社の弛まぬ努力のおかげで私の教科書や筆記用具は豪雨からもしっかり守られています――って、違う、そうじゃない。
私はポニーテイルにした頭を振って、逃避にかかった脳を無理やり現実に引き戻した。
私の右手、二十メートルほど前方。
橋の上に立ち、虚ろな瞳でぼうっと川面を見ているのは金持ち学校として有名な私立奏城学園の夏服を着た見知らぬ男子。
全身を雨に打たれ、哀れな濡れ鼠と化している彼は、ちょっと信じられないほどのイケメンだった。
画像加工なんて一生必要ないであろうすっきりと通った鼻筋に、大きな黒目、桃色の唇。
「人生勝ち組だぜヒャッハー★」と調子に乗ってもおかしくない、抜群のルックスの持ち主だ。
しかし彼は何故、唇を一文字に結び、あんな憂鬱そうな瞳で増水した川面を眺めているのだろうか。
彼を巡って女子が刃傷沙汰でも起こしたのだろうか?
「私と付き合ってくれなきゃ死にます!」と苦手な女子に脅された?
それとも学校で非モテ男子たちの嫉妬の的となり「お前ちょっとイケメンだからって調子乗ってんじゃねえぞオラア」と虐められてるとか?
ううむ、わからない。
わからないけれど、いまにも欄干の上に立って身投げしてしまいそうな危うい雰囲気を彼からひしひしと感じる。
――こいつはヤバいな。
――ああ、とんでもなくヤバい匂いがぷんぷんするぜ兄貴!
昨日見たアニメの台詞を思い出しながら、私は急いで鞄からメモ帳を引っ張り出した。
こういうとき、声が出せない現状がもどかしい。
発声よりも筆記のほうが遥かに手間がかかる。
書き殴るようにして文字を書いた私は、メモ帳と傘の柄をまとめて右手に持ち、イケメンに歩み寄った。
とんとん、と彼の肩を叩くと、イケメンは感情が根こそぎ死滅したような無表情をこちらに向けた。
すかさずメモ帳を彼に差し出す。
『初めまして。私、三駒《みこま》高校1年の戸川紬《とがわつむぎ》っていいます。ひどい雨ですね』
無難な挨拶から始めることにしたのは、下手に自殺を止めるような言葉を書けば逆に変な勢いをつけてしまうかもしれないと懸念したから。
所属を明かすことに関しても問題ない。
私が着ているセーラー服を見れば一目瞭然だもの。
「……奏城学園1年の日向悠紀《ひなたゆうき》です」
無視されるかと思いきや、彼は意外と律義に挨拶を返してきた。
どうやら会話は成り立つようだ。
よし、第一段階クリア!
「声は出せないのか? 病気?」
聞きにくいであろうことを、彼はストレートに尋ねてきた。
『すこし前までは話せてたんですが、いまはちょっと』
橋の上は風が強く、肩にかけていた傘が煽られて飛んでいきそうになったため、私は筆記を中断して傘の柄を掴んだ。
「敬語使わなくていいよ。同い年だろ」
『ありがとう。かさ持ってもらってもいい? 書きづらくて』
筆記速度優先のため、書くのに時間がかかる漢字はひらがなにした。
「ああ。気が利かなくてごめん」
日向くんは右手に持っていた鞄を左手に持ち替え、濡れた右手で私の手から傘を取り上げ、差しかけてくれた。
『なやみごとがあるんだったら、私でよければ聞くよ。私たち学校も違うし、初対面の他人だよね。私なら何を聞いたって気にしないし、他人に言いふらしたりもしない。気持ちを吐き出すには都合がいい相手だと思うんだ。だからばかな真似は止めて。日向くんにはご家族がいるでしょう?」
どうにか彼を思いとどまらせようと、私は必死に言葉を綴った。
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