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03:国民的アイドル
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土砂降りの雨の日から一週間が経ち、梅雨が訪れた。
昇降口を出て見上げた空はどんよりした灰色に覆われている。
百均で買ってもらったビニール傘は左手に持っているものの、どうか雨よ降らないでくれと念じながら、私は下校中の生徒に交じって歩いた。
ポケットから紙片を取り出し、スーパーで買うべきものをチェックする。
牛豚ひき肉、玉ねぎ、牛乳……卵、レタス、コンソメスープの素。
トイレットペーパーと洗剤も買わなきゃいけないんだった。
駅と反対方向にある薬局に行って、特売の柔軟剤も買わないと。
「…………」
口からため息が漏れたのは、いつ雨が降るかもしれない曇天の下、大荷物を持ってそこそこの距離を歩かなければいけないせいじゃない。
今日の夕食は何点をつけられるのだろうか、と思ったから。
中野家で料理を作り始めてから、私は一度も100点をもらえたことがない。
何を作ってもダメ出しされ、気力はガリガリと削られる一方。
でも、金食い虫の居候の分際で、料理したくないなんて言えるわけがない。
湿気を多分に含んだ生温い風を浴びながら、私は紙片をポケットに戻した。
前方では二人組の女子が楽しそうに会話している。
彼女たちはこの後、新しくできたケーキ屋さんに行くつもりらしい。
いいな、あの子たちは。
帰ったらお母さんが温かい夕食を作って待っててくれるんだろうな。
私も誰かの手料理が食べたいな――なんて思ってしまい、私は右手で自分の頬を叩いた。
ダメダメ、よそはよそ、うちはうち!
マイナス思考退散!
知らぬ間に曲がっていた背筋を伸ばし、私は彼女たちの後を追った。
校門の向こうから、何やらはしゃいでいる人の声がする。
ほとんどが女子の声だ。
それも、アイドルに向けるような黄色い声。
何事だろう?
不思議に思いつつ校門をくぐる。
広めの歩道を右に曲がった私の目に飛び込んできたのは、女子十数人に囲まれた本物のアイドルだった。
うわああああ鴻上真紘《こうがみまひろ》だああああ!!!
ちょうど昨夜、人気の音楽番組で歌って踊る彼の姿を見ていた私は胸の内で絶叫した。
鴻上真紘は美形揃いの三人組男性グループ『bird/blank』不動のセンター。
彼は爽やかに微笑み、求められるまま握手している。
うわー、うわー、格好良い!
顔が小さい。手足が長い!
本当に同じ人間なのかな?
彼の周囲の空気がキラキラ輝いてるし、背後に薔薇の幻覚まで見える。
アイドルって凄いなあ……。
ぼうっと見とれていたせいで、私は鴻上さんの斜め後ろ、無表情で突っ立っている日向くんに気づくのが遅れた。
あ、日向くんだ。
その手にはあの日私が渡した傘と、小さくてお洒落な紙袋があった。
日向くんはこちらを認め、ショートカットの女子と会話していた鴻上さんの肩を叩いた。
「兄貴、あの子だ。戸川さん」
ええええええええええ兄貴!?
いまをときめくトップアイドル鴻上真紘は日向くんのお兄さんだったの!!??
愕然としている間に、会話を中断した鴻上さんがこちらを向き、にこっと笑った。
誰もが認める美形の屈託のない笑顔は、私の心臓に凄まじい衝撃を与えた。
思わず赤面してしまう。
すると、鴻上さんを囲んでいた女子たちが「あの女誰よ」的な暗黒オーラを放ち始めた。
ま、まずい、変な誤解をされる! 殺されちゃう!!
ダラダラと冷汗を流していると、鴻上さんが微笑んで女子たちに言った。
「ごめん、通してもらえるかな? あの子は弟の恩人で、話がしたいんだ」
恩人なら仕方ないか……という顔で、女子たちは渋々ながらそれぞれ脇に退けた。
開けた場所を通って、鴻上さんが日向くんと共に私の前に立つ。
「初めまして、鴻上真紘です。突然ごめんね。少し時間をもらってもいいかな?」
……この笑顔を前にして、NOと答えられる人がいたら見てみたいものである。
昇降口を出て見上げた空はどんよりした灰色に覆われている。
百均で買ってもらったビニール傘は左手に持っているものの、どうか雨よ降らないでくれと念じながら、私は下校中の生徒に交じって歩いた。
ポケットから紙片を取り出し、スーパーで買うべきものをチェックする。
牛豚ひき肉、玉ねぎ、牛乳……卵、レタス、コンソメスープの素。
トイレットペーパーと洗剤も買わなきゃいけないんだった。
駅と反対方向にある薬局に行って、特売の柔軟剤も買わないと。
「…………」
口からため息が漏れたのは、いつ雨が降るかもしれない曇天の下、大荷物を持ってそこそこの距離を歩かなければいけないせいじゃない。
今日の夕食は何点をつけられるのだろうか、と思ったから。
中野家で料理を作り始めてから、私は一度も100点をもらえたことがない。
何を作ってもダメ出しされ、気力はガリガリと削られる一方。
でも、金食い虫の居候の分際で、料理したくないなんて言えるわけがない。
湿気を多分に含んだ生温い風を浴びながら、私は紙片をポケットに戻した。
前方では二人組の女子が楽しそうに会話している。
彼女たちはこの後、新しくできたケーキ屋さんに行くつもりらしい。
いいな、あの子たちは。
帰ったらお母さんが温かい夕食を作って待っててくれるんだろうな。
私も誰かの手料理が食べたいな――なんて思ってしまい、私は右手で自分の頬を叩いた。
ダメダメ、よそはよそ、うちはうち!
マイナス思考退散!
知らぬ間に曲がっていた背筋を伸ばし、私は彼女たちの後を追った。
校門の向こうから、何やらはしゃいでいる人の声がする。
ほとんどが女子の声だ。
それも、アイドルに向けるような黄色い声。
何事だろう?
不思議に思いつつ校門をくぐる。
広めの歩道を右に曲がった私の目に飛び込んできたのは、女子十数人に囲まれた本物のアイドルだった。
うわああああ鴻上真紘《こうがみまひろ》だああああ!!!
ちょうど昨夜、人気の音楽番組で歌って踊る彼の姿を見ていた私は胸の内で絶叫した。
鴻上真紘は美形揃いの三人組男性グループ『bird/blank』不動のセンター。
彼は爽やかに微笑み、求められるまま握手している。
うわー、うわー、格好良い!
顔が小さい。手足が長い!
本当に同じ人間なのかな?
彼の周囲の空気がキラキラ輝いてるし、背後に薔薇の幻覚まで見える。
アイドルって凄いなあ……。
ぼうっと見とれていたせいで、私は鴻上さんの斜め後ろ、無表情で突っ立っている日向くんに気づくのが遅れた。
あ、日向くんだ。
その手にはあの日私が渡した傘と、小さくてお洒落な紙袋があった。
日向くんはこちらを認め、ショートカットの女子と会話していた鴻上さんの肩を叩いた。
「兄貴、あの子だ。戸川さん」
ええええええええええ兄貴!?
いまをときめくトップアイドル鴻上真紘は日向くんのお兄さんだったの!!??
愕然としている間に、会話を中断した鴻上さんがこちらを向き、にこっと笑った。
誰もが認める美形の屈託のない笑顔は、私の心臓に凄まじい衝撃を与えた。
思わず赤面してしまう。
すると、鴻上さんを囲んでいた女子たちが「あの女誰よ」的な暗黒オーラを放ち始めた。
ま、まずい、変な誤解をされる! 殺されちゃう!!
ダラダラと冷汗を流していると、鴻上さんが微笑んで女子たちに言った。
「ごめん、通してもらえるかな? あの子は弟の恩人で、話がしたいんだ」
恩人なら仕方ないか……という顔で、女子たちは渋々ながらそれぞれ脇に退けた。
開けた場所を通って、鴻上さんが日向くんと共に私の前に立つ。
「初めまして、鴻上真紘です。突然ごめんね。少し時間をもらってもいいかな?」
……この笑顔を前にして、NOと答えられる人がいたら見てみたいものである。
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