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82:不幸を願う理由(3)
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「あはは、亜紀くんとか言ってるー! いままでしおらしく『お兄様』とか言ってたくせにー!」
「だ・ま・れって言ってんのよ!!」
神谷さんが足を振り上げて蹴る真似をすると、亜紀くんは大げさに横に避けた。
「……あのね。バカなやり取りしてる場合じゃないのよ。真面目に聞いて」
神谷さんはこめかみを揉んでから、打って変わって表情を引き締めた。
「もう下校時間だし、手短に言うわ。あたしはこれから日向くんに――悠紀くんにめちゃくちゃ自分勝手で、都合の良いお願いをする。だって、悠紀くんは多分、もう玲央とは関わりたくないでしょう?」
「ああ。できることなら顔を合わせたくもない」
保坂くんに対する感情は漠然とした『怖い』から明確な『嫌い』に変わったらしく、悠紀くんは冷たい無表情でそう言った。
「そう……仕方ないわよね。一方的に記憶を覗かれれば、誰だって嫌よね」
神谷さんは目を伏せ、細い指で前髪を弄った。
「でもそれはあたしのせいでもあるわけだし……図々しいけれど、そこをなんとか、お願いしたいの。玲央を助けられるのはこの世で悠紀くんだけだと思うから。このままじゃあいつ、死んじゃうかもしれない」
「死んじゃうって……」
「本当よ。これは冗談じゃない」
不吉な言葉に私は眉をひそめたけれど、神谷さんは怖いくらいの真顔だった。
「どういうことだ?」
さすがに聞き捨てならなかったらしく、悠紀くんが怪訝そうに尋ねた。
「神谷さん。聞かせて」
もう亜紀くんも笑っていない。目は真剣そのものだった。
小さく息をついて、神谷さんは語り始めた。
「悠紀くんからしてみれば堪ったものじゃないでしょうけど、玲央は悠紀くんに執着してた。悠紀くんを不幸のどん底に叩き落したい、そんな馬鹿なことを本気で考えてたのよ。何故なら自分がそうだから。不幸のどん底にいて、何の光も見えず、暗闇の中をあてもなくさまよってるから。ずっと」
「……それは、中二の夏休みからか?」
悠紀くんの問いに、神谷さんはかぶりを振った。
「いいえ。物心ついたときからよ。あいつが育った家庭は地獄だった。何も見えないあたしがこんなことを言うのはどうかと思うけれど。悠紀くんはたとえ人と違うものが見えても、その特殊な能力ごと愛してくれる家族がいたでしょう? 亜紀くんや真紘さんといった家族の支えがあるから、たとえ他人から傷つけられても、決定的に折れることなくいままで生きてこられたでしょう? でも」
神谷さんの綺麗な顔がくしゃくしゃになった。
「玲央は違うの。兄弟はいなくて、父親も母親も敵だった。味方は誰もいなかった」
泣き出しそうな顔で、神谷さんは言う。
「ねえ、悠紀くん。もしあなたが持つその特殊な力を家族が気持ち悪いと拒絶していたら。存在ごと否定されたら。あなたはまっすぐに生きてこられたと思う?……」
「だ・ま・れって言ってんのよ!!」
神谷さんが足を振り上げて蹴る真似をすると、亜紀くんは大げさに横に避けた。
「……あのね。バカなやり取りしてる場合じゃないのよ。真面目に聞いて」
神谷さんはこめかみを揉んでから、打って変わって表情を引き締めた。
「もう下校時間だし、手短に言うわ。あたしはこれから日向くんに――悠紀くんにめちゃくちゃ自分勝手で、都合の良いお願いをする。だって、悠紀くんは多分、もう玲央とは関わりたくないでしょう?」
「ああ。できることなら顔を合わせたくもない」
保坂くんに対する感情は漠然とした『怖い』から明確な『嫌い』に変わったらしく、悠紀くんは冷たい無表情でそう言った。
「そう……仕方ないわよね。一方的に記憶を覗かれれば、誰だって嫌よね」
神谷さんは目を伏せ、細い指で前髪を弄った。
「でもそれはあたしのせいでもあるわけだし……図々しいけれど、そこをなんとか、お願いしたいの。玲央を助けられるのはこの世で悠紀くんだけだと思うから。このままじゃあいつ、死んじゃうかもしれない」
「死んじゃうって……」
「本当よ。これは冗談じゃない」
不吉な言葉に私は眉をひそめたけれど、神谷さんは怖いくらいの真顔だった。
「どういうことだ?」
さすがに聞き捨てならなかったらしく、悠紀くんが怪訝そうに尋ねた。
「神谷さん。聞かせて」
もう亜紀くんも笑っていない。目は真剣そのものだった。
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「悠紀くんからしてみれば堪ったものじゃないでしょうけど、玲央は悠紀くんに執着してた。悠紀くんを不幸のどん底に叩き落したい、そんな馬鹿なことを本気で考えてたのよ。何故なら自分がそうだから。不幸のどん底にいて、何の光も見えず、暗闇の中をあてもなくさまよってるから。ずっと」
「……それは、中二の夏休みからか?」
悠紀くんの問いに、神谷さんはかぶりを振った。
「いいえ。物心ついたときからよ。あいつが育った家庭は地獄だった。何も見えないあたしがこんなことを言うのはどうかと思うけれど。悠紀くんはたとえ人と違うものが見えても、その特殊な能力ごと愛してくれる家族がいたでしょう? 亜紀くんや真紘さんといった家族の支えがあるから、たとえ他人から傷つけられても、決定的に折れることなくいままで生きてこられたでしょう? でも」
神谷さんの綺麗な顔がくしゃくしゃになった。
「玲央は違うの。兄弟はいなくて、父親も母親も敵だった。味方は誰もいなかった」
泣き出しそうな顔で、神谷さんは言う。
「ねえ、悠紀くん。もしあなたが持つその特殊な力を家族が気持ち悪いと拒絶していたら。存在ごと否定されたら。あなたはまっすぐに生きてこられたと思う?……」
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