気高き翼に手を伸ばす

幽月 篠

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序章

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 その夜、童は泣きながら道無き道を駆けていた。結わぬ髪と衣服は乱れ、素足は血が滲んでいる。
 どうしてこのような目に遭っているのだと童は心の中で叫んでいた。最愛の母は亡くなり、愛してくれる人も助けてくれる人も誰もいない。誰か……助けて……。

「うわっ……!?」

 童は石に躓き派手に転ぶ。膝を擦りむき、その場で泣き崩れた。どうせこのままでは殺される。これ以上足掻いて生きる意味などない。童は母に託された小刀を首に当てた。

「おい餓鬼。どうして我の領域に転がり込んだ」

 童の目に映ったのは、変わった面を被った髪の長い男だった。赤ら顔の面や背を覆う艶やかな翼は、絵巻に描かれた天狗のようだ。童は泣くのも忘れて男を見上げる。天狗は童を見下ろしながら呟いた。

「同胞達なら好みそうな年頃だが、我としてはもう少し成熟した方が好みだな。……おい、餓鬼。我のところに来るか」

 差し伸べられた手は童にとって一筋の光だった。何でもいい。この人についていけば、逃げ回らなくて良いのかもしれない。童は刃を下ろすと、男の手を取った。

「よし、決まりだな。幸運だぞ小僧。我のような立派な天狗の元で育つのだから」

 天狗は面の下で笑みを浮かべ、童を抱き抱えて夜空を飛ぶ。自分を抱える天狗の腕は母の腕のように温かく、夜空を彩る月は手を伸ばせば届きそうな程、近くに感じた。
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