蛇が知るは秋のぬくもり(旧版)

幽月 篠

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暗き宵闇に光る星


灯りも無かった絶望に星が見えた


「……」

 拷問の如き折檻を受けていた秋也は石牢の冷たい床に突っ伏していた。鞭の痕が身体中に血を滲ませ、手の指の爪を全て剥がされ息をするのもやっとな程。縄を外しても逃げることが出来ないと判断されて、床に転がされていたのである。目の前には黒い嫌な臭いのする液体が零れている。頭領の言う通りならば、それに舌を伸ばして舐めればたちまち息の根が止まるだろう。

「最早自ら腹を切る刃を握れぬ貴様の為に用意してやったというのに。……もういい、お前達にこいつをくれてやる。好きなように犯せ」

 その言葉に、秋也は初めて身が凍ると思う程の悪寒を覚えた。待て、女ならばいざ知らず私のようなさして顔も良い訳でもない醜い傷だらけの人間に欲情する者がいるわけがない。そう信じたいが、私を背後から組み伏せ襤褸切れ同然の着物を剥ごうとする者達がいる。

「次代お覚悟を」

 耳元でそう囁かれながら褌に手を掛けられた途端、頭が真っ白になって己の霊力が爆ぜるのを感じた。

「なっ……!」

 私を犯そうとした者共が霊力によって壁に叩きつけられる。私はその隙に残りの力で立ち上がると犯そうとした者共から離れようとした。だが犯そうとした者共が私に襲い掛かってきた。
 喉も動かぬ上に印を組む指も役立たず。だが足がある。秋也は颯月から学んだ体術を駆使して、鬼祓いを蹴飛ばした。
 それでも一人を蹴飛ばすので精一杯、よろめいて片膝を着く秋也の目と鼻の先に刀が突きつけられた。

「穀潰しの分際で……。指から切り落としてやろうか!」

 鈍い銀が煌めき、秋也は目を瞑る。もう逃げる余力など無い。指を切り落とされるのは、きっと痛いだろう。それでも陵辱されるよりはまだましな気がするから別にいいか。そう思ったが、どのみち陵辱される可能性が高いことに気づく。秋也が諦めて唇を噛み、痛みの衝撃に備える。

「止めなさい」

 しかし、一向に痛みは訪れなかった。代わりにあったのは、頑丈な筈の牢を蹴破る音と、金属がぶつかる音。そして聞き慣れた彼の声。キィンと耳をつんざく音に秋也は恐る恐る目を開く。自分の目の前にいたのは頭領父でなく、一人の大蛇の青年であった。血を流し、あれほど美しかった髪が無惨にも切られた姿。

「影……縄……」

 掠れた声で彼の名前を呼ぶ。影縄は秋也に柔らかく微笑むと、頭領に視線を向けた。頭領は忌々しげに影縄を睨む。頭領の手にあった筈の刀は虚しく地面に転がっており、頭領は無防備の状態であった。

「そんな傷だらけの状態で私に歯向かってどうなるというのだ。大蛇、その穀潰しを殺せば、貴様の命は助けてやろう。そうすれば貴様を……」
「私の主はそこにいる小僧以外にいない。よって、私が貴様の命を聞く理由はない」

 影縄はキッと頭領を睨みつけると、秋也を見下ろした。

「何をぼんやりとしているのですか。一瞬でも遅ければ私は間に合わなかったのですよ。その状態では難しいでしょうが、生きようと足掻いてくださいまし」

 口調こそ少し冷たいが、影縄の声音に安堵の色がある。秋也は熱く込み上げる物を必死に押さえながら掠れた声で答えた。

「足掻いたけど……もう駄目かと思ってしまった。足掻くことだけでなく私の存在自体が無意味だと……」
「無意味なことはありませんよ。貴方のお陰で私は生きているのですから」

 影縄は呪符をこっそり取り出そうとしていた頭領を蹴飛ばすと、秋也の目の前に膝を着き、目線を合わせる。

「秋也。天命を迎えるまで、貴方が死ぬことなど私が許さない」

 影縄は秋也の頬に手を添えながら静かに言った。何と強引な式神なのであろうか。秋也の目から熱いものが頬を伝ってぱたぱたと零れ落ちる。影縄はその熱さに主の生きていることをやっと確かめることが出来た気がして、目頭が熱くなった。だが泣いている余裕はない。ぼろぼろと嗚咽する秋也を抱き抱えると、牢を後にしようとした。

「待て……その穀潰しを……!」

 言いかけた時、影縄は恐ろしい表情で頭領を見据える。その上、牢の外から己の式神が冷たい視線で己を射抜いているのに気づき、頭領は腕を下ろした。

「……貴様は悪運だけは強いな。もういい、何処へなりとも行ってしまえ」

 諦めた表情で頭領は告げる。影縄は前を向き直すと、秋也を強く抱き抱え静かに牢から出た。



 影縄が牢を出ると、何が起こったのか察したように鬼祓い達は襲って来なかった。むしろ嵐が過ぎ去ったかのように人気が無くなっている。影縄は妖気で布を編むと、秋也の身体を布で覆った。

「影縄……」

 掠れた声は痛々しく、やっとの事で喉を震わせているのが伝わってくる。

「止めてください。喉が傷ついているのでしょう?声を出さなくても念話で伝わりますから」

 主は首を横に振った。

「これだけは……ちゃんと口で伝えたくて。影縄……ありがとう……」

影縄は大きく目を見開いた。声を出すのも苦しいのに、わざわざ口でそれを伝えてくるとは。術師は言葉を重んじるというが、この人はそこまでして私に感謝の言葉を伝えてくださるのか。視界が滲み始めたので袖で涙を拭いたかったが両手が塞がっている為、頬を伝うものを流れるままに任せる。

「式神が主を助け出すのは当然ですよ。……間に合って良かった」

 互いに涙を溢しながら笑い合う。二人とも痛くて堪らないのに、どうしようもなく幸せで胸が熱い。里の外に出るまでその涙は止まることがなかった。
 結界があった箇所から外に出ると、桔梗達にやっと会うことが出来た。桔梗が影縄達に近づく前に健吾は先に前に出る。

「次代、念話で伝えたいことがある」

 秋也は驚いたが頷くと、健吾はそっと布の上から秋也に触れた。

『次代、俺は夜萩達に助力し、こうしてお前を助け出すことが出来た。その報酬に……凪人に『赦し』をやってはくれないだろうか』

 健吾が触れた布が影縄の物であった為か、それは影縄にも聞こえていた。
 一瞬それは駄目だと言いかけたが、あの時焦燥していた健吾の姿が脳裏に浮かぶ。健吾の助力無くば今宵の救出作戦は上手くいかなかっただろう。だが凪人は主を殺そうとした者。どうするのかと影縄が秋也を見下ろすと、秋也は微笑んでいた。

『貴方がこんな無謀なことに手を貸すとはそういうことですか。……良いですよ』
「ですが主様。そんな簡単に……」
『あの人は命じられてやったんだから恨みはしないよ。それに、あのお陰で影縄と仲良くなれたし』
「それはそうですね……。仕方ありません。貴方が考えたことならば、それに従うまでです」
「ありがとう……次代」

 健吾が目を潤ませて感謝を伝える。秋也は念じるように暫し目を瞑ると、くすくすと笑う女の声が何処からか聞こえてきた。

『このお人好しが。仕方ない、そなたに免じてあの者を赦すとするか。なあ秋也と大蛇よ、妾わらわに酒を供えるのだぞ』

 誰の声か分からぬまま秋也が頷く。すると柔らかくも凄まじい神気が里の何処かへ向かった気がした。
 秋也は残りの力を使い果たしたかのように、強い眠気に襲われる。皆に感謝の言葉を伝えたいが、眠くて仕方がない。秋也は重い目蓋を開けられずにいた。

「秋也、よくぞ耐え抜いて頑張ったな。……いつか、また会ったらお前に話したいことがある」

 低い安心感のある声。私も貴方に話したいことがあるんだ。いつになるかは分からない。だが再会した時には貴方に相応しい術師となりたいと思う。秋也は涙を一筋溢すと、意識は深い眠りに落ちていった。
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