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番外編 想いを歌に込めて
新婚になったというのに、まともな夫婦の営みも無く、夫は仕事で忙しい。頭領になったばかりとはいえ、彼は娯楽も楽しむ余裕はない。それはあんまりじゃないかと、晴子は歌集を見ながら悩んでいた。
あの人は自分で詠んでみたことはないのだ。だが、歌には興味があるようで、侘び寂びが強く感じられる歌や、切ない恋の歌が好きなようだ。晴子は文机に積んだ和歌集に目を遣る。
「そうだ、良いことを思い付いた!」
晴子は立ち上がると、夫が信頼している式神を呼びに行った。
大量の仕事を片付けた秋也は、倒れ込むように文机に突っ伏す。評定衆からは仕事だけでなく、跡目を成すように言われるが、そんな余裕が私にあると思うのか。あんな美しい人と口づけをすることすら、緊張して1度しか出来ていないのに。疲労のあまり、夕食を食べる気力すらない。
突っ伏したままうとうとし始めた時、障子が開く音がした。
「秋さん、今よろしいですか」
愛しい妻の声に、秋也は顔を起こす。妻の手には何やら綴じられた書物があった。
「大丈夫ですよ。晴子様、どうなさいましたか」
秋也が姿勢を正して尋ねる。晴子は手の中の書物を差し出した。
「秋さんが好きそうな歌を、影縄と一緒に歌集から選んで写したのです。お疲れなご様子ですから、少し気が紛れるかなあと思いまして」
頬を染める妻の顔に、秋也もつられて頬が熱くなる。愛しい方が私の為に歌を選んでくれただと。秋也は受け取ると、歌集を開いてみた。達筆でたおやかな筆遣いで歌が纏められている。紐も彼女が選んだのか、可愛らしい薄紅色だ。
「ありがとうございます、晴子様。大事にいたしますね」
すると、ぱあっと晴子の顔が明るくなる。ああ、この方が妻で何と私は幸せなのだろう。秋也は無意識の内に笑みを溢した。
「ねえ、父上。この歌集は何? 少し古いけど綺麗な筆遣いよね」
私から借りていた書物を返しに来た桃香が、そのようなことを尋ねる。受け取って開くと、懐かしい妻の字があった。
「お前の母が影縄と纏めた歌集だ。良い歌ばかりだろう」
桃香は私の顔と歌集を交互に見る。やがて、うんと笑顔で頷いた。
「ちょっと寂しいけど、綺麗で美しい歌ばかり。私もいつかこんな歌を詠めるようになりたいなあ」
願いを口にする桃香を、秋也は眩しそうに見つめる。私はついぞ、あの方が選んでくれたような歌を詠むことが出来なかった。せめて想いを込めた歌でも贈ることが出来れば良かったのに。今更後悔しても遅い。それを知ってはいても、胸に切ない痛みを感じでしまうのだった。
「主様、如何なさいました」
歌集と睨めっこするように読む秋也を見て、影縄は尋ねる。秋也はああと歌集を見せた。
「お前が晴子と選んでくれた歌集を久しぶりに読んでみたが……やはり私には歌の才がない。恋の歌を考えようとも、思い浮かばぬ」
「恋の歌ですか」
まさか私の為に!? 思わず影縄の頬が赤くなる。そんな影縄に、秋也はふふっと笑った。
「勿論、お前に贈る歌だ。……晴子に歌で想いを伝えようとしたが、結局何も詠めなかった。あの時と同じように、何も伝えぬままでは、お前を遺して逝く時に後悔しそうでな」
そうだったのか。影縄は歌集に目を遣る。あの時、歌を選ぶ晴子様の顔は眩しかった。
『別に私に歌を贈ってくれなくて良いの。秋さんは歌を詠むのが苦手だからと悩んでしまうでしょう。あの人が幸せで、私も幸せならそれでいいの』
そんなことを仰っていたが、きっと晴子様は主様の歌が欲しかったのだろう。下手でも構わないからと。
「どんなに下手でも構いませぬよ。貴方様のその想いが嬉しいのです」
「……ありがとう、影縄。きっとお前に贈ってみせる」
主様は歌集に目を戻すと、真剣な表情で歌を見つめていた。どんなに下手でもいい。貴方の想いが籠っているならそれが何よりの贈り物だから。
あの人は自分で詠んでみたことはないのだ。だが、歌には興味があるようで、侘び寂びが強く感じられる歌や、切ない恋の歌が好きなようだ。晴子は文机に積んだ和歌集に目を遣る。
「そうだ、良いことを思い付いた!」
晴子は立ち上がると、夫が信頼している式神を呼びに行った。
大量の仕事を片付けた秋也は、倒れ込むように文机に突っ伏す。評定衆からは仕事だけでなく、跡目を成すように言われるが、そんな余裕が私にあると思うのか。あんな美しい人と口づけをすることすら、緊張して1度しか出来ていないのに。疲労のあまり、夕食を食べる気力すらない。
突っ伏したままうとうとし始めた時、障子が開く音がした。
「秋さん、今よろしいですか」
愛しい妻の声に、秋也は顔を起こす。妻の手には何やら綴じられた書物があった。
「大丈夫ですよ。晴子様、どうなさいましたか」
秋也が姿勢を正して尋ねる。晴子は手の中の書物を差し出した。
「秋さんが好きそうな歌を、影縄と一緒に歌集から選んで写したのです。お疲れなご様子ですから、少し気が紛れるかなあと思いまして」
頬を染める妻の顔に、秋也もつられて頬が熱くなる。愛しい方が私の為に歌を選んでくれただと。秋也は受け取ると、歌集を開いてみた。達筆でたおやかな筆遣いで歌が纏められている。紐も彼女が選んだのか、可愛らしい薄紅色だ。
「ありがとうございます、晴子様。大事にいたしますね」
すると、ぱあっと晴子の顔が明るくなる。ああ、この方が妻で何と私は幸せなのだろう。秋也は無意識の内に笑みを溢した。
「ねえ、父上。この歌集は何? 少し古いけど綺麗な筆遣いよね」
私から借りていた書物を返しに来た桃香が、そのようなことを尋ねる。受け取って開くと、懐かしい妻の字があった。
「お前の母が影縄と纏めた歌集だ。良い歌ばかりだろう」
桃香は私の顔と歌集を交互に見る。やがて、うんと笑顔で頷いた。
「ちょっと寂しいけど、綺麗で美しい歌ばかり。私もいつかこんな歌を詠めるようになりたいなあ」
願いを口にする桃香を、秋也は眩しそうに見つめる。私はついぞ、あの方が選んでくれたような歌を詠むことが出来なかった。せめて想いを込めた歌でも贈ることが出来れば良かったのに。今更後悔しても遅い。それを知ってはいても、胸に切ない痛みを感じでしまうのだった。
「主様、如何なさいました」
歌集と睨めっこするように読む秋也を見て、影縄は尋ねる。秋也はああと歌集を見せた。
「お前が晴子と選んでくれた歌集を久しぶりに読んでみたが……やはり私には歌の才がない。恋の歌を考えようとも、思い浮かばぬ」
「恋の歌ですか」
まさか私の為に!? 思わず影縄の頬が赤くなる。そんな影縄に、秋也はふふっと笑った。
「勿論、お前に贈る歌だ。……晴子に歌で想いを伝えようとしたが、結局何も詠めなかった。あの時と同じように、何も伝えぬままでは、お前を遺して逝く時に後悔しそうでな」
そうだったのか。影縄は歌集に目を遣る。あの時、歌を選ぶ晴子様の顔は眩しかった。
『別に私に歌を贈ってくれなくて良いの。秋さんは歌を詠むのが苦手だからと悩んでしまうでしょう。あの人が幸せで、私も幸せならそれでいいの』
そんなことを仰っていたが、きっと晴子様は主様の歌が欲しかったのだろう。下手でも構わないからと。
「どんなに下手でも構いませぬよ。貴方様のその想いが嬉しいのです」
「……ありがとう、影縄。きっとお前に贈ってみせる」
主様は歌集に目を戻すと、真剣な表情で歌を見つめていた。どんなに下手でもいい。貴方の想いが籠っているならそれが何よりの贈り物だから。
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