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第四十九話 ウチら肉体関係あるんやし
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翌日になってもアレクス隊は戻らなかったため、予定通り俺たちが出発する運びとなり、城の前庭で壮行式が執り行われた。だが、つい先日のアレクス隊のときとは、明らかに盛り上がり方が違う。
漫画的表現にすると、出席者全員、顔の上半分に縦線が入っている感じなのだが、それはまだ薄暗い彼誰時のせいではないだろう。
まったく期待されていないことが丸分かりで、心の声がダダ漏れ。
少しは隠せと思うが、まぁ無理な話か。
本当は四人(?)組だが、他人にはアリアは見えないし、蠱龍は置物のままなので、戦士と魔術師のふたりだけに見える。一見すれば戦力不足のうえ、継戦能力もなさそうだ。
アリアと大神官は俺たちのほうが本物だと言ってくれるが、客観的にはたまたま召喚されたような明らかな外れ枠だし、お世辞にも強そうには見えない。
客観的に見れば、こんな奴らが何かを仕出かせるとか、国の命運を託そうとか、誰だって思わないだろう。勿論俺だって思わない。
「勇者シオン様、ご武運をお祈りしています」
気遣いながらプリンチナが言った。
彼女には今日まで数回会ったが、“魔女を倒したら結婚”の件について、辞退したい旨の申し入れができないままでいる。彼女の姿を見ればお断りするのは気が引けるし、そもそもできもしない内になど、おこがましいにも程がある。
「お気遣い無く。俺たちは、自分にできることをするだけだ」
「せやでー。大船に乗ったつもりで待っとけや」
「ちょ、おいミスズさん…!」
俺は“倒せたら倒す”と言ったつもりなのに、ミスズの言葉のせいで“倒せるから倒す”と誤解されてしまったのではないか。
「シオン様、いかがなされたのですか?」
「い、いや、なんでもない。祈っておいてくれ」
手を挙げて応えた後、振り返って宝愛袋を持ち上げた。
「大神官、家宝をありがとう」
「…は? なぜ宝愛袋が家宝だと?」
「さぁ? なんで分かったんだろうね」
鳩豆顔の大神官に背を向けて、俺たちは城壁に登った。
『シオン様、なぜ…?』
『俺にも分からん。分からんが、そうしたほうがいいような気がした』
そのときは本当に、そうすることの意味は分からなかった。
アレクス隊が出発するときに上がったのと同じ城壁。
眼で合図すると、ミスズは青い石を砕いて蠱龍に水をかけた。目覚めると灰色から玉虫色に変わるのは、分かりやすくていい。
美しい蝶でも色素自体は地味な色だし、虹色に輝くCDも実際はただの銀色だ。
これは、表面の細かい構造が光の干渉が起こし、プリズムを通したような色が現れる構造色という現象だ。
蠱龍は覚醒すると、光の干渉を起こすように表面の構造が変わるということだろうか。
ミスズが蠱龍を抱えて俺の背中に押し付けると、教えてもいないのに、勝手に鎧のフックに脚を掛けた。やはりこいつ、かなりの知性を持っているな。
大神官に背を向けると、蠱龍が羽根を広げた。
ふと城壁の下を見ると、出陣式に出席していた連中はさっさと帰ってしまったようで、大神官とプリンチナだけがぽつんと立っていた。彼ら以外に蠱龍を見られなかったのは、都合が良かったかもしれない。
「随分と時間を取ってしまって、申し訳ない」
「…行かれますでしょうか?」
大神官が、捨てられた犬ほどに心もとない声で答えた。
プリンチナは、俺が“祈っていてくれ”と言ったからか、ずっと眼を閉じて祈っている。
「…あぁ、大事無い」
言葉を切って、俺は精一杯の虚勢を張って、親指を立てた。
「それじゃあ行ってくる! 姫様も、ご健勝で!」
俺の声が届いたのか、プリンチナが眼を開いた。
彼女は何かを叫びながら手を差し伸べていたが、羽音にかき消されて、俺には届かなかった。
「結局、初心者洞窟もイキタスがおったとこから先は行けんかったし、六階まで上がったら、ごっついお宝あったんとちゃうかな?」
俺の腕に抱かれてミスズが言った。随分前のような気がするが、ラウヌアを発ってから、まだ十日くらいしか経ってない。
「大丈夫だ。六階に上る階段は無かったんだろう? 地図が見えない人は、五階までしかないと思うさ」
根拠はないが多分、少なくとも五階までには、蠱龍以上のお宝はないだろう。金目の物はあっても、蠱龍はアプリには換えられない。
「せやったらええな。やり残してることようさんあるし」
「あぁ、一緒に六階に上ろう。約束だ」
「六階なぁ、何があるんやろうな。ダブルで隠されてるんやから、めっちゃ凄いお宝が眠ってるんやで、知らんけど」
ダブルというのは、一階と二階、五階と六階の間が隔てられていることを言っているのだろう。
少し話が途切れたため、ミスズは前を向いた。この機会に言っておかなくてはならないことがある。
「…あのな、ミスズさん。今のうちに、キミに言っておかなくてはいけないことがある」
俺の右側を飛んでいるアリアが、表情を硬くした。
「フーフの間に隠し事は禁物やって言うしな。話してみ?」
「うむ。…実はイマフさんのことなんだが…」
「ホンマは若い女や、とか言うんちゃうやろな?」
「な、なんで分かった?」
「女に呼ばれた言うてたし、おっちゃんハナから女の匂いさしてたやん。最悪を想像しただけやが、正解やったか…」
腕を組んで、眉間に皺を入れるミスズ。
“カンが良すぎるだろ!”と思ったが、男の告白と言えば浮気と借金と犯罪あたりと相場が決まっているだろう。
今回は借金と犯罪は関係ないと推測できるから、ちょっと考えれば分かるか。
「そ、そうか。黙っていてすまん」
「ええよ。ウワキは男のカイショーとか言うしな。一回は許したる」
なんかもう、早くも女房面だ。
「ま、まぁ浮気ではないんだが…、とりあえずありがとう」
アリアの顔が少し緩んだ。
「ドタマん中に居るヤツと張り合ってもしゃあないわ。別れさすことも出来ひんし、ウチら肉体関係あるんやしな」
緩んでいたアリアが、再び表情を固めた。口が微妙に震えている。
「言い方! 肉体が直に触れ合っただけの関係だろう。略すな!」
「んぇ? 肉体関係て、そういうことやろ? 他の意味があんの?」
「う、うぉ…」
確かに、身体を持たないアリアとは、肉体で触れ合うことはできないから、自分にはアドバンテージがある。そういう意味で言ったんだろうが、マセているかと思えば、実際は頭脳は子供、身体は大人だから調子が狂う。
「んで? イマフさんがどうしたんやって?」
「お、おお。そのことなのだが…」
アリアという名前と出自。俺の中に居る理由。無理をさせてはいけないということ。俺はアリアに関する悉を、ミスズに聞かせた。
「…そういうわけで、俺が魔法を使えるようになったのは、残念ながら、アリアが使えるからだ。そのお零れで使えただけだったのだ」
「んじゃ、今は使えんの?」
「使えるかもしれないが、アリアの邪魔をしたくないからな。そこはプロに任せて、俺は剣だけを使う」
『シオン様も魔法は使えるはずですが、詠唱をするか、偉大な存在に許可を求めないと危険ですので、取りあえず使わない方が…』
「あ…っと、アリアも、多分使えるけど使うなと言っているな」
「そんじゃまぁ、おっちゃんに任せるわ」
言葉を切ったミスズは、俺の眉間を指先でぐりぐりしながら後を続けた。
「それより、邪魔者が多いほど愛は燃え上がるって言うし、魔法使いが増えるんは心強いし、ウチは一向に構わんで!」
「お、おぅ」
多分、俺の頭の中のアリアに言っているのだと思うが、この子、完全に婚約者のことを忘れてないか?
「あと、今までアリアとは声に出さずに会話していたが、ミスズさんにも解るように、これからは口に出して会話することにする」
ミスズとアリア、両者に対して念を押した。
漫画的表現にすると、出席者全員、顔の上半分に縦線が入っている感じなのだが、それはまだ薄暗い彼誰時のせいではないだろう。
まったく期待されていないことが丸分かりで、心の声がダダ漏れ。
少しは隠せと思うが、まぁ無理な話か。
本当は四人(?)組だが、他人にはアリアは見えないし、蠱龍は置物のままなので、戦士と魔術師のふたりだけに見える。一見すれば戦力不足のうえ、継戦能力もなさそうだ。
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「お気遣い無く。俺たちは、自分にできることをするだけだ」
「せやでー。大船に乗ったつもりで待っとけや」
「ちょ、おいミスズさん…!」
俺は“倒せたら倒す”と言ったつもりなのに、ミスズの言葉のせいで“倒せるから倒す”と誤解されてしまったのではないか。
「シオン様、いかがなされたのですか?」
「い、いや、なんでもない。祈っておいてくれ」
手を挙げて応えた後、振り返って宝愛袋を持ち上げた。
「大神官、家宝をありがとう」
「…は? なぜ宝愛袋が家宝だと?」
「さぁ? なんで分かったんだろうね」
鳩豆顔の大神官に背を向けて、俺たちは城壁に登った。
『シオン様、なぜ…?』
『俺にも分からん。分からんが、そうしたほうがいいような気がした』
そのときは本当に、そうすることの意味は分からなかった。
アレクス隊が出発するときに上がったのと同じ城壁。
眼で合図すると、ミスズは青い石を砕いて蠱龍に水をかけた。目覚めると灰色から玉虫色に変わるのは、分かりやすくていい。
美しい蝶でも色素自体は地味な色だし、虹色に輝くCDも実際はただの銀色だ。
これは、表面の細かい構造が光の干渉が起こし、プリズムを通したような色が現れる構造色という現象だ。
蠱龍は覚醒すると、光の干渉を起こすように表面の構造が変わるということだろうか。
ミスズが蠱龍を抱えて俺の背中に押し付けると、教えてもいないのに、勝手に鎧のフックに脚を掛けた。やはりこいつ、かなりの知性を持っているな。
大神官に背を向けると、蠱龍が羽根を広げた。
ふと城壁の下を見ると、出陣式に出席していた連中はさっさと帰ってしまったようで、大神官とプリンチナだけがぽつんと立っていた。彼ら以外に蠱龍を見られなかったのは、都合が良かったかもしれない。
「随分と時間を取ってしまって、申し訳ない」
「…行かれますでしょうか?」
大神官が、捨てられた犬ほどに心もとない声で答えた。
プリンチナは、俺が“祈っていてくれ”と言ったからか、ずっと眼を閉じて祈っている。
「…あぁ、大事無い」
言葉を切って、俺は精一杯の虚勢を張って、親指を立てた。
「それじゃあ行ってくる! 姫様も、ご健勝で!」
俺の声が届いたのか、プリンチナが眼を開いた。
彼女は何かを叫びながら手を差し伸べていたが、羽音にかき消されて、俺には届かなかった。
「結局、初心者洞窟もイキタスがおったとこから先は行けんかったし、六階まで上がったら、ごっついお宝あったんとちゃうかな?」
俺の腕に抱かれてミスズが言った。随分前のような気がするが、ラウヌアを発ってから、まだ十日くらいしか経ってない。
「大丈夫だ。六階に上る階段は無かったんだろう? 地図が見えない人は、五階までしかないと思うさ」
根拠はないが多分、少なくとも五階までには、蠱龍以上のお宝はないだろう。金目の物はあっても、蠱龍はアプリには換えられない。
「せやったらええな。やり残してることようさんあるし」
「あぁ、一緒に六階に上ろう。約束だ」
「六階なぁ、何があるんやろうな。ダブルで隠されてるんやから、めっちゃ凄いお宝が眠ってるんやで、知らんけど」
ダブルというのは、一階と二階、五階と六階の間が隔てられていることを言っているのだろう。
少し話が途切れたため、ミスズは前を向いた。この機会に言っておかなくてはならないことがある。
「…あのな、ミスズさん。今のうちに、キミに言っておかなくてはいけないことがある」
俺の右側を飛んでいるアリアが、表情を硬くした。
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腕を組んで、眉間に皺を入れるミスズ。
“カンが良すぎるだろ!”と思ったが、男の告白と言えば浮気と借金と犯罪あたりと相場が決まっているだろう。
今回は借金と犯罪は関係ないと推測できるから、ちょっと考えれば分かるか。
「そ、そうか。黙っていてすまん」
「ええよ。ウワキは男のカイショーとか言うしな。一回は許したる」
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「う、うぉ…」
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アリアという名前と出自。俺の中に居る理由。無理をさせてはいけないということ。俺はアリアに関する悉を、ミスズに聞かせた。
「…そういうわけで、俺が魔法を使えるようになったのは、残念ながら、アリアが使えるからだ。そのお零れで使えただけだったのだ」
「んじゃ、今は使えんの?」
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『シオン様も魔法は使えるはずですが、詠唱をするか、偉大な存在に許可を求めないと危険ですので、取りあえず使わない方が…』
「あ…っと、アリアも、多分使えるけど使うなと言っているな」
「そんじゃまぁ、おっちゃんに任せるわ」
言葉を切ったミスズは、俺の眉間を指先でぐりぐりしながら後を続けた。
「それより、邪魔者が多いほど愛は燃え上がるって言うし、魔法使いが増えるんは心強いし、ウチは一向に構わんで!」
「お、おぅ」
多分、俺の頭の中のアリアに言っているのだと思うが、この子、完全に婚約者のことを忘れてないか?
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