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×××周目 1
しおりを挟む窓からあたたかな日差しが差し込む。
柔らかいシーツの匂いに包まれながら、俺はベッドの上で目を覚ました。
――これでもう、何周目だ?
一周目は何もかもわからずにティラン・ヴァレンスとして生きた。享年25歳。
二周目はがむしゃらに運命に逆らおうと必死に生きた。享年16歳。
三周目も抗おうと上手く立ち回ったはずだった。享年23歳。
四周目、五周目、六周目……。
俺は、死ぬたびに同じ輪廻のループへと引き戻される。
決まって15歳の誕生日の朝に目を覚まし、死ぬまでを繰り返すのだ。既にもう数えきれないほどこの人生を繰り返している。
「……俺は、ティラン・ヴァレンスだ」
静かな部屋で、自分のこれまでの記憶を反芻する。
長いけれど、頭を整理させるためには必要だ。目覚めてからのこの作業は、もはや習慣となっていた。
転生者である俺は、名家ヴァレンス家の跡取り息子ティラン・ヴァレンスだ。この物語の中の登場人物のひとりで、聖女をかどわす悪役でもある。
ヴァレンス家は代々薬学と魔法に秀で、特に魔法薬品の開発と製薬では名を馳せてきた。しかし裏ではあくどい裏稼業をやっていたりもする。
俺はその家の後継者として生まれ、聖女が通う学園で「薬学魔法」の教師を務めることになっている。そして学園でとんでもない事件を起こし、いずれ断罪される役目でもある。
「俺が死ぬ原因は、魔力暴走による自滅」
25歳の誕生日。〈番〉不在の魔力暴走で自滅する。しかも、獄中でだ。
俺は生まれつき魔力の流れが定まらず不安定だ。魔法を使えばすぐに体調を崩す。薬で安定させて何とかここまで生きてきたが、25歳の誕生日には自らの魔力に飲まれて死ぬことが決まっている。
「そして俺がループを抜け出すには、聖女の〈番〉にならなければならない」
死ぬとループに引き戻される。ならば死なない方法を探すしかない。
この不安定な魔力を安定させてくれるのは、この物語の主人公である聖女くらいしか存在しない。
そう、聖女が俺を選ばない限り、俺はこのループから抜け出せないんだ。
だから、何度も口説いてきた。
もともとティラン・ヴァレンスは聖女に一目惚れし、自分のものにならないと悟れば無理やり押し倒そうとしたり攫おうとする、かなり陰険な教師だ。
しかし聖女である彼は必ず幼馴染の青年を選ぶ。幼い頃から兄弟のように育ってきた相手では敵うはずもない。
そもそも顔面偏差値が俺と違う。根暗な教師と、若くて顔立ちのいい健康的な青年を選べと言われたら、誰もが後者を選ぶだろう。
「はぁ……もう何回繰り返せばいいんだよ」
きっと今世も、悪役として終わることしかできないのだろう。
* * *
――九年後。
「ヴァレンス先生、学園には慣れましたか?」
華やかな聖夜祭の会場で声をかけてきたのは学園の理事長だ。恰幅のいい体を揺らし、立派な口ひげをくるりと撫でながら生徒たちが楽しげに踊る様子を眺めている。
「ええ、おかげさまで」
「ヴァレンス家の次期当主であるお方に、こうして教師を務めていただけるとは光栄ですよ。あなたほど知識のある方に教えていただけて、生徒たちも心強いでしょう」
「ありがとうございます。教鞭を取るのは初めてでしたが、今はこの学園での務めを果たすのが自分の役目だと思っています」
「立派な心掛けです。さすがお父上からの推薦もあってのことですね。ああ、それと今年は珍しくも東国から留学生が――……」
この会話も何度目だろう。
何回も繰り返してきた会話を俺の耳はすでに拾おうともしなかった。目の前の理事長の口が動いているだけで、適当に相づちを打ちながら意識は別の場所へと流れている。
この聖夜祭は一年の締めくくりとして催される恒例の祝祭パーティだ。雰囲気としてはクリスマスパーティに近い。とはいえ王城の一部を貸し切って行われているのだから規模が違う。生徒たちは踊ったり談笑したり、思い思いに夜を楽しんでいる。
でもそんなものを見ても、感動もしなくなってしまった。
最初の頃は華やかだなと思って見ていたんだけどな。
「では、ヴァレンス先生。良い夜を」
「はい。理事長も良い夜を」
理事長と別れ、ため息をついて窓に寄りかかる。
学園の教師として雇われて一年。長いようであっという間だった。予定調和の生活はもう慣れたものだ。
ふと寄りかかっていた窓を見ると、退屈そうな顔をした男が映っていた。癖毛の強い夜の闇めいた黒髪に、血のように赤い瞳。華やかなパーティだというのに真っ黒なローブに身を包んだ異質な存在。
ティラン・ヴァレンス、その男。
根暗で陰険なのだとか、ヒステリックなのだとか、裏で学園を牛耳ろうとしているのだとか、生徒からも教師からもあまり良いイメージは持たれていない。
まあでも、間違いではない。一応この物語の悪役だもんな。
「今日も、雨か……」
決まって聖夜祭は雨だ。外を眺めると、にわか雨から本格的に降り始めている。
そしてふとバルコニーへ視線を向ければ、お決まりのふたりがいた。
この物語の主人公である聖女カナトと、その幼馴染である青年。仲睦まじく笑い合う二人の姿は、このループの中で何度も見てきたものだった。
彼らはふたりで会場を抜け出してバルコニーで休憩する。何度か邪魔をしようとしたことがあるが、上手くいかなかった。きっとここで二人がむつみ合うのは決定事項なのだろう。
だが、その横にいる見慣れない人影が目にとまった。
「……誰だ、あれ」
生徒の制服を着ているが、見覚えはない。
かなりの長身で、すらりとした体つき。雪のように白く青みがかった髪は夜にも関わらず輝いて、その隙間から覗く尖った耳が異国の血を思わせた。
「留学生か?」
そういえば、さっき理事長が何か言っていた気がする。
留学生自体は珍しくないが、この時期に東国からの留学生が来るという話はこれまでのループにはなかった。カナトと幼馴染の逢瀬に、第三者が加わっている光景も初めてだ。
だが、特別気にする必要はないだろう。ループ内でも人の行動が少しずつ違うのは当たり前だ。まるで小さな蝶の羽ばたきが未来を変えるかのように、些細なことで変化はする。
「……でも、俺が死ぬことだけは変わらないんだよな」
はやくこのループから抜け出したい。
いっそのことカナトを無理やり組み敷いて〈番〉にしてしまえばいい。
いや、それは駄目だ。とその考えに頭を振る。
何周目かの記憶が脳裏によぎるからだ。あのときの傷ついたカナトの顔。勢いに任せて監禁し迫ってしまった結果、彼は裏切られたと絶望した。その深い悲しみの表情が、心にいまだ深く突き刺さっている。
そのあと俺は良心の呵責に堪えられず、自ら命を断った。思い出すだけで手が震える。
そしてそのときは、冷静に考えれば当然のことすら頭から抜けていた。〈番〉とは双方の合意で結ばれるもので、一方的に押し倒しても何の意味もない。あのときの俺は正気を失っていたんだ。
脅して無理やりは最後の手段だ。俺の精神が持たなくなったら、のはなし。まだ大丈夫だ。まだ俺は自分を保てている。
「カナト以外を〈番〉にできないってのも、なんでだろうな……」
他の誰かを〈番〉にしようと試みても無理だった。〈番〉になろうとした瞬間に意識が途切れ、次の瞬間には15歳の誕生日の朝へと戻されてしまう。
「一度くらい、抱かれてくれてもいいと思うんだけど」
その一度はカナトにとって一生のものなのだろうが。
年頃の少年が、こんな陰険教師を選ぶなんてことは難しいかもしれない。そもそも悪役だし。
「……あとやってないことって、なんだっけ」
シナリオ通りに行動した。〈番〉を作ろうとしてみた。本気で聖女を口説きまくった。家を飛び出してみた。国外逃亡もしてみた。言えないような残酷なことだって、やってみた。
ようするに、もうやることが尽きている。
しかも、シナリオから外れると予期せぬ死を迎えてループに戻されることがあると気づいてからは、なるべく大人しく過ごすようにしている。
「考えても仕方ない、か」
なるようにしかならない。
聖女であるカナトを口説きながらも、今回のループで何かが変わることを願うしかない。
俺は静かにバルコニーから視線を引いた。
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