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×××周目 3
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彼は、先ほどカナトたちと一緒にいた留学生だ。
白銀に青を溶かしたような髪は襟足だけが少し長く残り、腰まで届いて、後ろで高すぎない位置で束ねられている。それが雨に濡れて背に張り付き、しっとりと揺れていた。横髪からは少し尖った耳がのぞき、小さく開いた口には鋭い牙がちらりと見える。切れ長の澄んだ銀の瞳は、雨雲を見上げていた。瞳孔も普通の人間とは違う、細長い独特の形をしている。長身でしなやかな体は、学園の制服をきちんと着こなしていた。
「……ええ、どうぞ」
突然のことにびっくりして、返答に遅れてしまった。
気付けば雨はいつの間にか強くなっていて、屋敷へ戻るにはずぶ濡れを覚悟しないといけないだろう。彼はきっと俺と同じように、この休憩所に避難してきたのだ。
「ありがとう。助かるよ」
彼はにっこりと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
それにしても、初めてみる顔だ。しかもかなり目を引く容姿だ。
ちらりとフードの下から青年を見上げる。濡れた衣服の裾を絞っているようで、こちらに視線は向かない。
確か、カナトはクロヴィスと名前を呼んでいたはず。
東国は獣人族の国で、こちらの人間とは違う容姿の特徴を持っている人が多い。動物や魔物のような耳や尻尾が生えていたり、様々だ。この国ではかなり珍しい人種でもある。
俺も以前、東国に訪れたときに見たことはあるけれど、獣人族の種類は数え切れないほどいる。青年の見た目の特徴からして、おそらく蛇か蜥蜴か蝙蝠か、あるいは竜だろう。いや、竜はないか。あれは確か東国の皇族だけの血筋だ。遠く離れた国のこんなところにいるわけがない。
彼の存在に、戸惑っている自分がいることに気づいた。
こんなこと今までになかった。
カナトがピアスを落とすことはあってもこの場所では初めてだし、なにより留学生という異質な存在が、心をざわつかせている。
それに、甘い匂いがする。
さっきから、雨の湿った匂いに混じって甘くて濃い匂いが鼻をくすぐる。カナトのピアスからだろうか、それとも庭園の花の匂いか。
いや、きっと気のせいだろう。
雨雲を見上げると、鈍色の雲から土砂降りのような雨がずっと降り続いている。やみそうにない。雨がカーテンとなって、この休憩所の空間だけがまるで切り取られたかのような錯覚に陥る。
心臓もやけに鳴り響いて、自分が知らず知らずのうちに緊張していることに気づいた。
「……雨、やみませんね」
つい、話しかけてしまった。困ると天気の話をしてしまうのは性分だ。仕方ない。
「ああ、濡れても構わないのなら屋敷へと戻れるんだけど……」
「何か、問題でも?」
「僕は体質的に雨に濡れたくないんだ。魔力が不安定になる」
雨雲を見上げているせいで青年の表情はわからないが、隣から苦笑いが聞こえた。
「とても不便で、変な体質だろう?」
確かに制限はある。この世界の人間は生まれ持った魔力の良しあしで体質が変化することもある。
この青年も、雨に濡れると何かしらの行動が制限されるのだろう。その口ぶりからして今まで大変だったのだろうなとも感じる。
その気持がわからないこともない。俺だって、いずれ自滅する不安定な魔力と共にずっと生きている。
けれど。
「珍しい体質だとは思います。でも誰だって、弱いところのひとつやふたつはあるものじゃないですか。俺も生まれつき人より不安定な魔力を持っていますが、仕方ないと受け入れてます。嘆いても何も解決しませんし、弱い部分があるのなら他で補えばいい」
いつまでも怯えたって仕方ない。嘆いている暇があるのなら、解決策を考えるべきだ。
言い終わったあと、沈黙が流れる。
……変なことを言ってしまっただろうか。いや、変なことを言ってしまったなこれは。顔が見えないからつい口が軽くなってしまったようだ。いつもなら、こんな不用意なことは言わないのに。
すると、小さな笑い声が聞こえてきた。
「はは、そう言われたのは初めてだな。あなたは面白い人だね」
どうやら怒ってはいないようだ。良かった。
「……すみません。初対面なのに生意気なことを言ってしまいました」
「気にしないで。僕の周りでは体質に欠陥があるものも多くてね、悩む人も多い。僕も含めて、ね。だからあなたみたいに前向きに考える人は珍しくて、ちょっと新鮮だと思った」
俺の場合、前向きに考えざるを得ないだけの状況なんだけどな。
「東国の方は、そういう体質が多いんですか?」
「……僕を知っているのか?」
声色が少しだけ低くなった。何かを探るような、慎重な声。
警戒されてしまっただろうか。
「留学生でしょう。クロヴィス、でしたよね。カナトが言っていましたよ。頭が良くて、かっこよくて、優しいと」
「うわ、恥ずかしいな……あなたはカナトと知り合い?」
「ああ、自己紹介が遅れましたね、俺は――……」
そう言いながら、空に向けていた視線を隣にいる青年へと向ける。彼は背が高く、俺が見上げる形となる。
こちらを見下ろしている硝子玉のような白銀の瞳と、真っ直ぐに視線が絡み合って、お互いに、ゆっくりと目が見開かれて。
――どくん、と心臓が強く跳ねた。
白銀に青を溶かしたような髪は襟足だけが少し長く残り、腰まで届いて、後ろで高すぎない位置で束ねられている。それが雨に濡れて背に張り付き、しっとりと揺れていた。横髪からは少し尖った耳がのぞき、小さく開いた口には鋭い牙がちらりと見える。切れ長の澄んだ銀の瞳は、雨雲を見上げていた。瞳孔も普通の人間とは違う、細長い独特の形をしている。長身でしなやかな体は、学園の制服をきちんと着こなしていた。
「……ええ、どうぞ」
突然のことにびっくりして、返答に遅れてしまった。
気付けば雨はいつの間にか強くなっていて、屋敷へ戻るにはずぶ濡れを覚悟しないといけないだろう。彼はきっと俺と同じように、この休憩所に避難してきたのだ。
「ありがとう。助かるよ」
彼はにっこりと人の良さそうな笑顔を浮かべた。
それにしても、初めてみる顔だ。しかもかなり目を引く容姿だ。
ちらりとフードの下から青年を見上げる。濡れた衣服の裾を絞っているようで、こちらに視線は向かない。
確か、カナトはクロヴィスと名前を呼んでいたはず。
東国は獣人族の国で、こちらの人間とは違う容姿の特徴を持っている人が多い。動物や魔物のような耳や尻尾が生えていたり、様々だ。この国ではかなり珍しい人種でもある。
俺も以前、東国に訪れたときに見たことはあるけれど、獣人族の種類は数え切れないほどいる。青年の見た目の特徴からして、おそらく蛇か蜥蜴か蝙蝠か、あるいは竜だろう。いや、竜はないか。あれは確か東国の皇族だけの血筋だ。遠く離れた国のこんなところにいるわけがない。
彼の存在に、戸惑っている自分がいることに気づいた。
こんなこと今までになかった。
カナトがピアスを落とすことはあってもこの場所では初めてだし、なにより留学生という異質な存在が、心をざわつかせている。
それに、甘い匂いがする。
さっきから、雨の湿った匂いに混じって甘くて濃い匂いが鼻をくすぐる。カナトのピアスからだろうか、それとも庭園の花の匂いか。
いや、きっと気のせいだろう。
雨雲を見上げると、鈍色の雲から土砂降りのような雨がずっと降り続いている。やみそうにない。雨がカーテンとなって、この休憩所の空間だけがまるで切り取られたかのような錯覚に陥る。
心臓もやけに鳴り響いて、自分が知らず知らずのうちに緊張していることに気づいた。
「……雨、やみませんね」
つい、話しかけてしまった。困ると天気の話をしてしまうのは性分だ。仕方ない。
「ああ、濡れても構わないのなら屋敷へと戻れるんだけど……」
「何か、問題でも?」
「僕は体質的に雨に濡れたくないんだ。魔力が不安定になる」
雨雲を見上げているせいで青年の表情はわからないが、隣から苦笑いが聞こえた。
「とても不便で、変な体質だろう?」
確かに制限はある。この世界の人間は生まれ持った魔力の良しあしで体質が変化することもある。
この青年も、雨に濡れると何かしらの行動が制限されるのだろう。その口ぶりからして今まで大変だったのだろうなとも感じる。
その気持がわからないこともない。俺だって、いずれ自滅する不安定な魔力と共にずっと生きている。
けれど。
「珍しい体質だとは思います。でも誰だって、弱いところのひとつやふたつはあるものじゃないですか。俺も生まれつき人より不安定な魔力を持っていますが、仕方ないと受け入れてます。嘆いても何も解決しませんし、弱い部分があるのなら他で補えばいい」
いつまでも怯えたって仕方ない。嘆いている暇があるのなら、解決策を考えるべきだ。
言い終わったあと、沈黙が流れる。
……変なことを言ってしまっただろうか。いや、変なことを言ってしまったなこれは。顔が見えないからつい口が軽くなってしまったようだ。いつもなら、こんな不用意なことは言わないのに。
すると、小さな笑い声が聞こえてきた。
「はは、そう言われたのは初めてだな。あなたは面白い人だね」
どうやら怒ってはいないようだ。良かった。
「……すみません。初対面なのに生意気なことを言ってしまいました」
「気にしないで。僕の周りでは体質に欠陥があるものも多くてね、悩む人も多い。僕も含めて、ね。だからあなたみたいに前向きに考える人は珍しくて、ちょっと新鮮だと思った」
俺の場合、前向きに考えざるを得ないだけの状況なんだけどな。
「東国の方は、そういう体質が多いんですか?」
「……僕を知っているのか?」
声色が少しだけ低くなった。何かを探るような、慎重な声。
警戒されてしまっただろうか。
「留学生でしょう。クロヴィス、でしたよね。カナトが言っていましたよ。頭が良くて、かっこよくて、優しいと」
「うわ、恥ずかしいな……あなたはカナトと知り合い?」
「ああ、自己紹介が遅れましたね、俺は――……」
そう言いながら、空に向けていた視線を隣にいる青年へと向ける。彼は背が高く、俺が見上げる形となる。
こちらを見下ろしている硝子玉のような白銀の瞳と、真っ直ぐに視線が絡み合って、お互いに、ゆっくりと目が見開かれて。
――どくん、と心臓が強く跳ねた。
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