こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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蝶の羽やすめ

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「せんせい。ぼくがオトナになったら、ツガイになってくれる?」

 その教え子は、まだ幼い竜の子だった。
 大きな瞳をこちらにまっすぐ向けて、愛の告白をためらいもなく口にする。

「番?」
「うん、ぼくのツガイ」
「番っていうのは、簡単になれるもんじゃないんですよ」
「ちがう。つがいじゃなくて、ツガイ」

 ツガイ。
 発音は同じでも、彼の中ではまったく別の意味だったらしい。
 言葉の意味は曖昧だけど、彼が何かを伝えようとしていることはわかった。

「ぼくのツガイになって」
「……そうですね。では、君が大人になったら考えましょうか」
「ぼくがオトナに? ほんとっ?」

 ぱぁっと、彼の顔が一瞬で明るくなる。嬉しそうに口元が綻び、瞳の奥がきらりと輝く。

「これ、やくそくのあかし」

 小さな手のひらに乗せられたのは、彼がいつも身につけていたピアスだった。その片方を俺に手渡す。

「大事なものでしょう。いただけません。お気持ちだけ受け取っておきますね」

 断ると、彼はすごく悲しそうな表情をして俯く。
 その姿に、何だかいけないことをしてしまったようで――……



 はっ、と息を吐いて目を覚ます。

 どうやら夢を見ていたようだ。上体を起こし時計を確認すると、深夜の時間帯だった。こんな時間に目が覚めるとは珍しい。
 
 耳にそっと触れると、黒曜石のピアスがそこにあった。
 以前、東国を訪れたときに小さな獣人の子からもらったものだ。
 けれどさっきの夢の中で、俺はそのピアスを受け取っていなかった。

 ……あの子に会ったのは今回のループだけだと思っていた。だが、そうじゃないのだろうか。こうして夢に見るほどに記憶があるということは、過去のどこかでも出会っていたということ。

 だとしても、ずいぶん昔のことだろう。細部までは思い出せず、ただ夢に断片が浮かぶだけなのだから。
 つまり、ほんの些細なできごとにすぎない。
 蝶の羽ばたきが遠い地で嵐を呼ぶのでなければ、大きな意味を持つこともないはずだ。

 

 * * *


 
 〈時廻〉について調べても、手掛かりは何も見つからなかった。
 専門書を扱っている本屋でも、国髄逸の大書庫でも、この学園の図書室でも、索引を辿り古い文献までめくり進んだ。だが、その先は公にされていない閲覧禁止の書物に必ず到達する。さすがにそこまで閲覧する権限はない。しかし何か隠された痕跡のようなものは確かにあった。
 今回の俺はここまでが限界だろう。次のループで、閲覧禁止の書物を読めるほどの権限を持った誰かと知り合いになれたらいいが。

「〈時廻〉か……」
 
 名前からして、時を廻る何か。じかい、じめぐり、ときかい、ときめぐり。読み方は分からないが、俺のこの繰り返されるループと無関係とは思えなかった。

 図書室の奥、長いソファとテーブルがある読書スペースの一角に、俺は腰を下ろしていた。
 背もたれに寄りかかり、目の前に積み上げられた数十冊の本を見つめる。結局、どれも手掛かりにはならなかった。
 疲れからか目を開いているのも億劫で、そっと瞼を閉じる。放課後の穏やかなざわめきや、遠くでページをめくる小さな音が心地よく耳に届く。

「あ、ヴァレンス先生! 珍しいね、ここにいるなんてっ」

 目を開いて顔を上げると、カナトが本を数冊抱えてそこにいた。

「奇遇ですね、カナト。勉強ですか」
「うん。この間のテストの点数が悪くてテオに呆れられちゃったんだ。今から寮で教えてもらうとこ」
「ああ、確かに下から数えた方が早かったですね」
「うっ……先生まで言わないでよぉ……」
「でも勤勉なのは良いことです。しっかりと励んでください」
 
「ほら、ヴァレンス先生もそう言ってることだし、カナトはテオの元に急ぎなよ」
 
 不意に聞こえた声にぎくりとする。気づけば、カナトの隣にはクロヴィスが立っていた。
 
「はぁい。じゃあまたね、先生!」
 
 無邪気に去って行く背中を引き留めたかった。今、クロヴィスとふたりきりになるのは何となく気まずいからだ。
 こちらだけが一方的に知り得た情報を握っている、その後ろめたさもある。まだこんな感情が残っていたことに驚いたが、おそらく俺は根っから悪事が苦手な性質なのだろう。ゴミのポイ捨てすら論外だ。悪役に向いてないのにも程がある。

 クロヴィスは自然な動作で隣に腰を下ろし、こちらを覗き込む。すっと目元に伸びてきた指先に、思わず身構えた。

「目の下のクマが酷いよ。寝れてないみたいだね」

 誰のせいだと思っている。
 教師の業務もこなしながら、ここ数日ずっと調べ物をしていたため、睡眠という睡眠をとれていないのは確かだった。

「……忙しかったんです。寝れないことはよくあることですよ」

 指の腹でそっと目の下を撫でられる。体温がじんわりと伝わり、抗えない眠気が押し寄せてくるのを感じた。
 
 あ、だめだ。
 
 クロヴィスの体温は普通の人間よりも少し高い。長い時間、本と睨めっこをしていたせいで、瞼の裏にまで活字が浮かぶほど疲弊したこの身体に、その温もりは危うすぎる。俺は慌ててその手を振り払った。

「用事を済ませたら、ちゃんと寝ますから」
「……用事って、調べもの?」
 
 クロヴィスは机に積み上げられている大量の本を一冊手に取って、ぱらぱらとめくってみせる。

「東国の関連書籍ばかりだね。そんなに興味があるのなら僕に聞けばいいのに」

 数冊手に取って、ここにあるものが全て東国のものだと気付いたらしい。
 ここにあるのは公刊資料ばかりだ、特別見られても困らない。俺が何を調べているかなんて、ここにある書物だけではたどり着けないだろう。

「僕が教えてあげるよ。先生は何が知りたいんだ?」

 一国の皇子であれば一般人よりも知識は長けているだろう。だが一番知りたい情報は彼の正体の核心に迫るもの。それをそう易々と教えてくれるはずもないだろう。それに、なぜそれを知っているのかと問い詰められたら困る。
 どうせ次のループに行くのであれば、玉砕覚悟で聞くのもありかもしれない。だがそれは、今じゃない。
 
「……必要ありません。調べたら出てくることなので」
「でも出てこないからこんなに調べてるんじゃない? 古い文献から近代のものまで、ここまで揃えるのは大変だったでしょ」

 目の前の書籍の量は確かに尋常ではない。積み重なった本だらけで机は埋め尽くされている。元の棚に戻すのも大変だ。
 俺はクロヴィスの手にある本を奪って、目の前の本の山に積み直した。

「勝手に触らないでください」
「何を調べているかさえも教えてくれないんだね。論文? 研究? それとも授業で使うもの?」
「質問責めもやめてください。頭が疲れているんです」
「その様子だと、ご飯もちゃんと食べてなさそうだ。だめだよそれは」
「わかりましたから、もう話しかけないでください」

 逃げるようにそのまま目を閉じて、ため息をつきながら背もたれに寄りかかる。まぶたの裏に浮かぶのは活字だけだった。
 
 しばらくして、閉じた視界の向こうで空気が動く気配がした。そっと瞼に触れるものがある。クロヴィスの手だ。瞼を覆った掌からあたたかい体温が、じんわりと伝わってくる。
 そのぬくもりは、今の俺にとっては劇薬だ。
 
「やめてくだ、」
 
 その手を振り払おうとした瞬間、腰を掴まれ、体勢が崩れた。
 気づけば長ソファの上で、クロヴィスに寄りかかるようにその腕の中に抱かれていた。頬のすぐそばで息がかかる。逃げようにも、腕の力がやわらかくも確かに絡みついて動けない。
 
「なっ……」
「疲れているだろう。少しだけでも寝て。日暮れ前には起こすから」

 耳元で囁かれる、低く落ち着いた声。
 掌は視界を覆うように瞼に添えられたままで、何も見えない。ただ、触れたところから伝わる体温だけがじんわりと広がり、心地が良かった。まどろみがじわりと寄ってくるのがわかる。
 でも駄目だ。このままでは、またあのときのように簡単に意識を手放してしまう。
 
「クロヴィス、俺は」
「何も考えないで。僕の心臓の音、聞こえる? それに集中してみて」
 
 頭を少しだけ傾けさせられる。胸に押し当てられた耳に、規則正しい鼓動が伝わってきた。とくとくと、ゆっくり打つ優しいその音に、いつの間にか意識が絡めとられてしまう。まるで自分の体の中に、その音が入り込んでくるようだ。
 どうしてこんなにも、安心するのだろう。

 気づけば肩の力がすっと抜け、クロヴィスにもたれかかっていた。抱きしめられるぬくもりに、呼吸が深く、ゆっくりになるのを感じる。

「おやすみ、先生」
 
 クロヴィスの声が耳元で優しく囁かれ、かくんと、意識がまどろみのなかに溶けて消えた。
 
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