こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

文字の大きさ
22 / 61

幕間:クロヴィス

しおりを挟む


 しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。

「警戒しているのか、していないのか。……先生は本当に不思議なひとだね」

 机の上に山と積まれた書物。どれも東国関連ばかりだ。目を細めてそれらを眺めれば、何を調べていたか想像するのは容易い。けれど自分から口に出すことはしない。
 先生が関心を持って追いかけてくれるのであれば、秘密は秘密のままにしておく方がいい。

 目を覆っていた掌をそっと外すと、いつも強張っている顔が緩んでいた。眠っているときだけは幼く見えるその表情は、他の誰にも見せたくない。
 体重をすべてこちらに預け、深い夢に沈んでいるその姿に、言葉にならない高揚感が胸を満たしていった。
 
 事故とはいえ、肌を重ねた相手に何度もこんな姿を見せるなんて無防備にも程がある。寝るように仕向けたのは自分だけれど。思っていたよりも、気を許してくれているのだろうか。
 そもそも、あれは事故なんかじゃなかったのに。
 
 スヤスヤと穏やかな寝息が聞こえる。
 確かにここに存在する、ずっと探していた半身。

 顎に指を添え、その薄い唇に触れるように軽く口付ければ、かすかに身じろぎをした。
 
「……かわいい」
 
 こんなにも近くにいるのに、まだ手に入らない。
 
 けれど焦ってはだめだ。ゆっくりと、紅茶に落ちたシュガーが溶けていくように、少しずつ心をこちらに傾けてもらわなければ。

 けれど思っていたよりも先生の壁は厚い。
 〈ツガイ〉を申し込んでも断られるどころか、いつも「カナトが好きだから」と真顔で言い返される。確かにカナトは同級生の中でも特別で、誰からも好かれる良い生徒だ。テオや教師のヴァレンス先生をはじめ、好意を抱く者は数えきれない。
 だから先生がカナトに好意を寄せるのも自然だ。けれど、先生がカナトを見る目は恋とは違う。あれは家族を見守るような、守るべき対象を見る眼差しだ。
 
 旧校舎に閉じ込められたときも、怪我をしたときも、先生は真っ先にカナトに駆けつけていた。だがその態度は冷静で、あくまで大人や保護者としての対応。なのに彼を恋愛対象として見ているという、矛盾した言動と行動。だからこそ、先生の考えは読みづらい。何を考え、何を理由に動いているのかが掴めない。
 
 ただ、肌やぬくもりを求めたときだけは違った。欲を絡みとって、手懐けるようにあやしてあげると、張り付けた薄い笑みが崩れる瞬間がある。その表情を引きずり出せたときの甘さに惹かれ、いつもつい意地悪をしてしまう。

 前髪をさらりと指で遊びながら寝顔を見つめていると、ふと声をかけられた。

「あ、の……クロヴィスくん」

 顔を上げれば、女子生徒がそこに立っていた。学園内の生徒の名前と顔は一通り記憶している。隣のクラスの、大人しい部類の女子生徒だ。彼女の視線は眠る先生へと注がれていた。
 思わず、寝姿を見られたくなくて、先生の目をそっと掌で覆った。
 
「その、ヴァレンス先生、大丈夫かな?」
「ああ、大丈夫だよ。少し眠ってるだけ」
「そうなんだ、よかった……」

 ただ心配して声をかけただけではなさそうだ。
 視線が揺れ、言葉を探しているような表情。こういうのは、この学園に来てから幾度となく経験してきた。また恋だの愛だのの類だろう。向けられる好意をのらりくらりとかわすのは慣れているが、今は先生との時間を邪魔されたくない。
 だが、彼女の次の一言で違和感に気づいた。
 
「最近の先生、無理してるようだから心配で……」

 ぴくりと反応してしまう。
 この女子生徒の視線は自分ではなく、ヴァレンス先生へと向けられていた。
 
「……そうだね。少し無理はしてるかもしれない」
「うん。この間の授業でもちょっと眠そうだったんだ……それで、わたし」
 
 躊躇う口ぶりに、核心を投げてみる。

「ヴァレンス先生が、好きなのかい?」
 
 その瞬間、彼女の頬がはっきりと赤く染まった。
 
 なるほど。
 ヴァレンス先生は生徒の間で決して評判が良いわけではないが、慕っている生徒はゼロではない。いつも塩対応だがこうみえて面倒見が良くて、知る人は知っている。彼女もまたそのひとりなのかもしれない。

「う、うん。でもクロヴィスくんみたいには、……わたし無理だから」
「無理?」
「その、食堂の……」
「ああ、あれか」

 食堂での公開告白。
 この学園の生徒たちの間であれば知らないものはいないほど有名になっている。留学生が教師に〈番〉を申し込んだのだと。それは瞬く間に広がり噂の玩具にされてはいたが、牽制の意味も含めての告白だったため、特段不自由はしていない。こうして堂々と寄り添って口説けるのもそのおかげだ。

「私は先生が無理してなければ、それでいいの」

 彼女の純粋な心配に、少し驚いたように目を瞬く。
 そのとき、だ。

「俺を抜きにして、何を喋っているんです」

 寝起きの声が割って入る。
 胸元に視線を落とせば、眠っていたはずの先生がゆっくりと身を起こしていた。
 
「せ、先生……!」
「起きたんだ? もっとゆっくりしていれば良かったのに」

 先生の体温が遠のき、少しだけ寂しい気もした。
 
「頭の上で喋られたら誰だって起きますよ」
 
 先生はちらりと女子生徒へ視線を向ける。
 ああ、なんか嫌だな。一緒にいるのは僕なのに、その綺麗な赤い瞳に他の誰かが映るなんて。いっそのこと、誰の目にも触れない部屋に閉じ込めてしまいたい。
 でもこんなことを口にすれば、きっと先生に警戒されてしまう。
 だから僕は、人の良い生徒の笑顔を浮かべて、心の奥を見せないようにする。

「ああ、カナリアさんでしたか」
「は、はいっ。お休みのところすみません……!」
「気にしないでください。授業でわからないところがあったと、言っていましたね。今日は立て込んでいるのでまた後日でもいいですか」
「はい! また伺います……! お邪魔してすみませんでした!」

 彼女は顔を真っ赤にして、慌ただしく立ち去ろうとする。

「あ、待ってください。カナリアさん。これ、いつもありがとうございます」
 
 呼び止めた先生が、ローブの内側の胸ポケットから小さな包み紙を取り出した。
 それを見た彼女はさらに顔を真っ赤にさせて何度も頭を下げたあと、逃げるように去って行った。

「……逃げられてしまいましたね」
「なに、それ」

 先生の手にあるものをじっと見つめる。
 カラフルな包み紙に包まれているのは、見覚えのあるものだった。以前、カナトからもらった砂糖菓子の類いだ。一般的に市販されている嗜好品のひとつだろう。

「お菓子ですよ。彼女のクラスで授業をするときにいつも教卓に置かれているんです。カナリアさんは隠していたようですが、余計なことをしましたかね」

 先生の声音は、あくまで淡々としている。特別彼女に対して何か感情を抱いているわけではなさそうだ。
 けれど、胸の奥がざわついた。
 
 ヴァレンス先生の優しさは、自分だけが知る特別なものではないと分かっている。それでも目の前で、別の誰かも先生の魅力を知っている、その事実を見せつけられて、嫉妬心でどうにかなってしまいそうだった。
 
 先生の細い腰に手を回して引き寄せ、首筋に顔を埋める。落ち着く心地の良い甘い香りに、前髪が乱れるのも気にせず、首筋にぐりぐりと頭を擦り寄せた。
 
「クロヴィス、くすぐったいです。何をしてるんですか」
「先生を独り占めしてる」

 子どもっぽい仕草は、拗ねたように見えたかもしれない。
 顔を上げて近くで見つめれば、眠気の残る赤い瞳が少し戸惑って揺れていた。

「……ね、キスしていい?」

 答えを待つ間もなく、唇を塞ぐ。
 少し抵抗されたけれど、力で抑えてしまえばすぐに流されてしまう。ほんと、こういうところも気を付けて欲しい。
 
「んっ、……っふ」
 
 深く求めすぎない。けれど逃がしもしない。
 触れ合うだけの口付けから、ほんの少し角度を変えて、何度も温もりを確かめる。呼吸を求めて開いた口にそっと舌を差し込んで、小さな口の中を、ぐるりと舌で舐めまわす。先生は上顎を舐められるのが弱点だ。敏感な所を唾液を絡ませながら擦り上げるたびに、びくりと肩がはねて、縋るようにぎゅっと胸元の服を掴んでくる手が愛おしい。

 長いまつ毛が伏せられて、静かに受け入れてくれる。それだけで、胸がいっぱいになった。
 
 離れたとき、わずかに赤く染まった頬と、乱れた呼吸。
 いつもの大人びた表情が溶けた姿を引き出せたのが、なによりも嬉しかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺

ユッキー
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。  大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?

聞いてた話と何か違う!

きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。 生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!? 聞いてた話と何か違うんですけど! ※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。 他のサイトにも投稿しています。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する

ユッキー
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。 そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

(仮)攫われて異世界

エウラ
BL
僕は何もかもがイヤになって夜の海に一人佇んでいた。 今夜は満月。 『ここではないどこかへ行きたいな』 そう呟いたとき、不意に押し寄せた波に足を取られて真っ暗な海に引きずり込まれた。 死を感じたが不思議と怖くはなかった。 『このまま、生まれ変わって誰も自分を知らない世界で生きてみたい』 そう思いながらゆらりゆらり。 そして気が付くと、そこは海辺ではなく鬱蒼と木々の生い茂った深い森の中の湖の畔。 唐突に、何の使命も意味もなく異世界転移してしまった僕は、誰一人知り合いのいない、しがらみのないこの世界で第二の人生を生きていくことになる。 ※突発的に書くのでどのくらいで終わるのか未定です。たぶん短いです。 魔法あり、近代科学っぽいモノも存在します。 いろんな種族がいて、男女とも存在し異種婚姻や同性同士の婚姻も普通。同性同士の場合は魔法薬で子供が出来ます。諸々は本文で説明予定。 ※R回はだいぶ後の予定です。もしかしたら短編じゃ終わらないかも。→ちょっと終わらないので長編に切り替えます。スミマセン。

転生したらBLゲームのホスト教師だったのでオネエ様になろうと思う

ラットピア
BL
毎日BLゲームだけが生き甲斐の社畜系腐男子凛時(りんじ)は会社(まっくろ♡)からの帰り、信号を渡る子供に突っ込んでいくトラックから子供を守るため飛び出し、トラックに衝突され、最近ハマっているBLゲームを全クリできていないことを悔やみながら目を閉じる。 次に目を覚ますとハマっていたBLゲームの攻略最低難易度のホスト教員籠目 暁(かごめ あかつき)になっていた。BLは見る派で自分がなる気はない凛時は何をとち狂ったのかオネエになることを決めた オチ決定しました〜☺️ ※印はR18です(際どいやつもつけてます) 毎日20時更新 三十話超えたら長編に移行します メインストーリー開始時 暁→28歳 教員6年目 凛時転生時 暁→19歳 大学1年生(入学当日) 訂正箇所見つけ次第訂正してます。間違い探しみたいに探してみてね⭐︎ 11/24 大変際どかったためR18に移行しました 12/3 書記くんのお名前変更しました。今は戌亥 修馬(いぬい しゅうま)くんです

学園ものに転生した悪役の男について

ひいきにみゐる
BL
タイトルの通りにございます。文才を褒められたことはないので、そういうつもりで見ていただけたらなと思います。

処理中です...