こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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野外学習の夜 1

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 天文魔法学の野外学習なんて、俺にとってはただの「泊まりがけの見張り」だ。
 カナトとテオは結ばれているんだ。もう俺の出番はない。だから今回は何も邪魔せず大人しく過ごすつもりで、読書の時間にしようと何冊か本を鞄に詰めてきた。

 学習の場は学園のある都市から少し離れた山の中腹にある。ぐるりと森に囲まれてはいるが観光地として整備されていて、コテージが点在していた。今回は貸し切りの野外学習である。
 夜になれば街明かりの影響もないため、頭上には一面の星空が広がる。空気の澄み渡った場所で、天文魔法学を学ぶにはもってこいの場所だ。

 
 理事長の親友だという天文魔法学の老教授が、今日も満面の笑みでいつもの決まり文句を口にしている。

「星空を観察することは、魔法の深淵を覗くこと。星空を見るとき、星空もまたわしらを見ているのじゃ」

 生徒たちは「まただ」と笑いながらも、浮かれた様子で荷物を抱えてコテージへと散っていく。
 昼の到着からずっとこんな調子だ。食事当番を決めるだけでひと騒動、食材を前に料理自慢が始まり、火のつけ方でも揉める。この野外学習では魔法が禁止されているため、何もかもが新鮮なのだろう。

 俺はといえば、和気藹々としている生徒たちから少し離れた木陰の下で、組み立てた簡易椅子に腰掛け本を開いていた。
 役目は点呼と見回りくらいだ。このまま関わらずに平和に過ごせればいい。

「ヴァレンス先生、一緒にお茶でもどーですか?」

 ふと顔を上げると、保険医のリチがカップを二つ手に立っていた。猫耳がぴょこぴょこと動いている。
 
「ありがとうございます。椅子を持って来ましょうか?」
「あ、大丈夫です。地べたの方が好きなんですよ。自然の匂いが近いから」

 リチはカップをひとつ俺に渡し、そのまま直接地面に腰を下ろす。尻尾をゆるく揺らしながらお茶を啜るが、熱かったのか「うへぇ」と声を漏らしていた。猫舌なのだろう。
 猫っぽいなと普段から思っていたが、完全に猫だな。

「ヴァレンス先生は何の本を読んでいたんですか?」
「これですか? 旅行記です。他国の文化とか、なかなか面白くて」
「わぁ、もしかして東国についても書かれてます? 私の故郷なんですよ」
「ええ、ここに。挿絵もありますよ」
「ほんとですか! 面白そう、見せてくださいよ」
 
 リチは身を乗り出し、前のめりになって俺の膝の上に開かれた本を覗き込んだ。
 開いているページには、東国の首都の街並みを描いた挿絵と、旅の記録が並んでいる。それらを指で指し示しながら俺も覗き込むように身をかがめれば、ぴょこんと跳ねたリチの猫耳の毛先が、俺の頬をかすめた。くすぐったさに思わず目を細める。

「あ、すみません、引っ込めますね」

 猫耳が当たったことに気付いたのだろう、その耳を両手で揉み込んだかと思うと、ぱっと簡単に消した。その素早さに、俺はびっくりしてしまった。

「それって、簡単に引っ込められるんですね……」
「大抵の獣人族ならできますよ。ちょっと窮屈ですけど。ほら、クロヴィスくんもやってるじゃないですか」

 確かに彼も東国出身だ。
 クロヴィスの耳は少し尖っているし、牙もある。瞳孔だってよく見れば縦長で、人間のものとは少し違う。ただそれだけの違いとだと思っていたのだが、あの姿が本来のものではなかったのか。
 首を傾げていると、リチが続ける。

「邪魔になるタイプの人は大抵引っ込めている人が多いんですよね。田舎のようなところで暮らしてる人はいいんですけど、都会だと人も多いし」
「はぁー……納得です。収納出来るって便利ですね」
「出し入れに魔力を使うので、あんまり頻繁にはできないんですけどね。でも隠さないと驚く人もいますから。東国では当たり前ですが、他国だとどうしても目立ってしまいますし。私はまだマシな方ですよ」
「むしろ生徒からは人気ですよね、リチ先生のそれは」

 リチの耳としっぽはモフモフなのだと熱弁していた生徒がいたっけ。
 クロヴィスも、モフモフなのだろうか。いや、あの見た目はどちらかと言うと爬虫類系だろう。モフりにはほど遠そうだ。

「喜んでもらえるのは嬉しいんですが、触られるのはあんまり好きじゃないんですよねぇ」
「そういうものですか」
「そういうものなんです」
 
 敏感なんですよ、と自分の尻尾をやわやわと触っている。
 
 遠い昔に東国に訪れたときは、人とは少し違う特徴を持つだけの種族だと思っていた。けれど、もしかすると首都にいた人々はその特徴を隠していただけで、本来の姿は別にあったのかもしれない。それこそ、人の形を保たない姿をしていた可能性もある。
 東国のことをあれほど調べたのに、俺はまだ彼らのことをよくわかっていないようだ。もっとも、東国について調べるのはこれが初めてのことだし、少しずつ知識を積み重ねていけばいいだろう。
 
 和やかに雑談を交わしていると、少し早めの夜が訪れる。こんなに穏やかな野外学習は初めてかもしれない。いつもはカナトとテオの邪魔をするのに忙しくしていたからな。
 たまにはこういうのも、悪くないかもしれない。
 

 
 老教授の野外学習から戻った生徒たちがコテージに戻ってきており、引率係の俺たち教師は夜の点呼を始めた。夜もかなり更けていて、生徒たちも教師も、皆眠たそうだった。

 ひととおり点呼を終えたところで、ひとりの男子生徒が息を切らせながら駆け寄ってきた。

「先生! カナトが見当たらなくて……! テオと、クロヴィスも……!」

 その名前に、俺はわずかに眉を動かす。
 カナトとテオは想定内だったが、クロヴィスも巻き込まれたのか。あの三人は何かと一緒にいるから当然と言えば当然だが。

「えっ? さっきまでそこに居なかったか?」
「忘れ物したってカナトが森の中に戻ってたよ……」
「このあたりは魔物がいないから大丈夫でしょうけど、夜はかなり冷えて危ないですよ」
「森には流れの早い川もありますし、はやく見つけないと」

 ざわり、教師と生徒たちの声が広がった。
 次々と顔を見合わせ、場の空気が一気に緊張へと傾く。

「先生方、探しに行きましょう!」
 
 リチの言葉に、引率の教師たちはすぐさまランタンを手に取って森の方へと向かう。残った教師は生徒たちを集め、的確に指示を飛ばす。あたりがざわざわと騒めきはじめた。

 今回も、精霊の悪戯で森から出られない幻術をかけられている。朝になれば解ける仕掛けだが、カナトとテオは洞窟内で一夜を過ごす甘酸っぱいイベントが用意されている。
 いつもなら俺が先回りして未然に防いでいたが、今回は手を出さないと決めていた。だが、クロヴィスも巻き込まれたとなると話は変わってくる。彼の存在はあまりにもイレギュラーで、場合によっては身の危険さえあり得るからだ。
 
 なんだか、嫌な予感がする。
 
 俺もランタン片手に、森の中へと足を踏み入れた。

 
 * * *

 
 気がつけば、少し離れて捜索していた他の引率の教師たちやリチたちの姿が見えない。どうやらいつの間にか、幻術の張られた森の領域に足を踏み入れてしまったらしい。
 しまったなと思いつつも引き返すこともできないのだから、進むしかないだろう。

「夜の森って、こんなに気味悪かったのか」
 
 じめっとした湿り気があり、冷たい空気が頬を撫でる。その感触が少し気持ち悪い。足元で落ち葉を踏みしめながら、ひたすら歩いた。
 生い茂る枝葉の隙間からのぞく空は狭く、月の光もほとんど届かない。ランタンの光がなければ、あたりは真っ暗になるだろう。
 まるで、人ならざるものがいつ出て来てもおかしくないような不気味さだ。

「ひ、引き返したい……」

 怖いものは、あまり得意ではない。魔物はいない地域とはいえ、幽霊などにはできれば遭遇したくない。ランタンに照らされた木の陰が、たまに人ならざるものに見えてぞっとする。思っていたよりも、自分の想像力は豊かすぎるらしい。
 思わず身震いした体を擦りながら、歩いていると。

 ――ガサリ。

 不意に、横の茂みが揺れた。
 心臓が跳ね、手の中のランタンが小さく揺れる。喉がきゅっと鳴り、思わず息を呑む。
 ドッドッと鳴る心臓を抑えながら、音の鳴った方にランタンの光を掲げると、暗がりの中から影がひとつ現れた。

「……あれ、ヴァレンス先生?」
「クロヴィス……?」

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