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野外学習の夜 3
しおりを挟む僕の子どもを産んでよ?
あまりにも衝撃的な言葉に振り向くと、そこには少しだけ顔色の良くなったクロヴィスがいた。彼と話していると、唐突に突拍子もないことを言い出すから、ほんの少し頭が痛くなる。
「……〈番〉は同性同士でもなれますが、肉体構造的に子どもを作ることはできませんよ。君も知っているでしょう」
「できるんだ。〈ツガイ〉なら」
またこれだ。同じ響きなのに、全く意味が通じない。
愛してるといっているのに、月が綺麗ですね、と返してるようなものだ。本質的な意味が通じていなければ、上辺だけの言葉にしかならない。
「先生と僕の子どもなら、きっと可愛いよ。……ああでも、しばらくはふたりきりがいいな。先生を独り占めしたいからね」
「話を勝手に進めるんじゃありません。俺は君とは〈番〉にはなれませんし、結婚もできません。子どもだって――……」
その場合、俺が生むことになるのか? それともクロヴィスが?
つい想像してしまって、眉間に皺が寄る。
彼のいうことが本当なら、どんな理屈で同性同士で子どもができるのだろう。女性同士なら胎児を育むものがあるが、男性同士だとそもそもそれがない。いや、でもこの世界だったらそれも有り得るのか? いったいどうやって? そんな設定あったのか? 初耳だぞ?
「もしかして、考えてくれてる?」
ぬっと横から嬉しそうな顔をしたクロヴィスが現れて、慌てて首を横に振る。
「違います。知的好奇心から考えていただけです。同性同士で子どもを授かるなんて、普通はありえないですから。君の国では当たり前のことなんですか?」
「ふふ、そんなに気になるなら、試してみようよ」
クロヴィスの手が、服の上からそっと下腹部をなぞってくる。
「……先生のここに、何度も、何度も注ぐんだ。時間をかけてゆっくりと、僕のもので満たしていく」
わざと耳元で囁かれる低い声と、下腹部をなぞる掌の動き。服の下の肌を意識するねっとりとした触れ方にぞわりとして、その手を掴んで引き剥がした。
「遠慮しておきます」
「それは残念だな」
くすくすと笑われる。
隙を見せればすぐそこに入り込もうとしてくる。まったくもって油断ならない。
だが話しているうちに、クロヴィスの体温は少しずつ上がり、魔力も安定してきているようだった。軽口を叩けるくらいには体調も戻っていることに、ほっとしていた。
「先生って、すごくあたたかいね。毎晩抱き枕にしたいくらい」
「人並みですよ。それに、もともと君の方が体温は高いでしょう。それも体質ですか?」
「んー……そうだね。体温が高くないと維持できないんだ、僕の魔力は。普通の人より魔力の循環がちょっと特殊で、体温が下がるとその循環が滞って、乱れてしまうんだ」
「……珍しい体質ですね」
「ああ、でも今は先生が気にかけてくれるから、そこまで不便じゃない」
最初に、不便で変な体質だといっていた気がする。
魔力が不安定になる条件が体温の低下だとしたら、少し致命的かもしれない。寒くなる時期には、体調を崩しやすいのだろう。東国には春夏秋冬の季節がある。冬場は家に閉じこもっていることの方が多いんじゃないだろうか。
「そういえば、先生も生まれつき魔力が不安定だっていってたよね」
「ええ、そうですね。君ほど日常生活に支障をきたすものではありませんが……」
「それって、いつも飲んでる薬と関係してる? あれ、ヴァレンス家が製薬してる魔力安定剤でしょう」
なんでそんなことを知っているんだ、と驚きに目を向ける。
思い返せば、クロヴィスは何度か俺の部屋に入ってきたことがある。机の上に置いていた薬袋を目にして、調べたのかもしれない。だがあの薬は一般的に市販されてない、俺の体質に合わせて調合されているものだ。どれだけ調べたところで、わかる範囲には限界がある。
もしかすると、クロヴィスは何か知っているのか?
俺の病のことも、ヴァレンス家が裏稼業で何に手を出しているのかも、俺がこれから学園で何をしようとしているのかも、その全てを知っているのではないか。
一瞬にしてその考えに至ってしまい、背筋にひんやりと冷たいものが走った。
もしかしてそれが、彼の本当の目的なのではないか。もしそうなら、こうやって俺に近づいたのも――……
「そんなに怖い顔で警戒しないで」
身体を強張らせた俺に、クロヴィスは苦笑いを浮かべながら頬を寄せてくる。
「僕が先生を傷つけることは、絶対にないよ。……怒ってる?」
「……知りたいことがあれば直接聞いてください。勝手に調べられるのは嫌いです」
自分のことは棚に上げて、よくいう。
けれど、知らないうちに自分のことを探られるのが、こんなにも得体の知れない恐怖に陥れられるものだとは思わなかった。
まるで胸の内を、無理やり刃物でこじ開けられているような感覚だった。疑うまいとしても、どうしようもなく心が乱れそうになる。
「ごめん。もうしないから、嫌いにならないで」
顎をそっと掴まれる。抗う間もなく、唇の端に柔らかな口付けが落ちた。まるで許しを乞うような、優しいキスだった。
背後から回された腕が、しっかりと腰を抱き寄せている。
さっきから、この近い距離が落ち着かず、そわそわしてしまう。それを悟られないように必死に平静を装うが、落ち着かないものは落ち着かない。
「……ねぇ、もっとあったまること、したくない?」
「結構です。……変なことをしたら離れますよ」
少しでも距離を取ろうと肩を動かすが、その腕は緩まない。
「もう少し僕の体温が戻って魔力が安定したら、すぐにでもここから出られるんだけど」
「……どういうことです」
「あったまることさせてくれたら、教えてあげる。どうする?」
怪訝に眉をひそめたまま、顔をわずかに後ろに向ける。
「いつもは選択肢なんて与えないのに、今日だけは選ばせるんですね」
「僕はどちらでもいいからね。ここで先生と一夜明かすのも、今すぐこの森から出ることも」
どちらに転んでも、クロヴィスにはメリットしかないということか。
ここで一夜を明かすのは、正直避けたいところだ。
焚き火とランタンの光で周囲こそ明るいが、少し先の森は鬱蒼と闇に沈み、視界の端で枝が揺れるたびに、何か得体の知れないものが潜んでいそうな気配がした。それに一晩耐えられるかと問われたら、耐えたくない。
それに、クロヴィスの体温もまだ完全には戻っていない。コテージに戻れるのであれば、すぐにでも戻って温めるべきだろう。
でも俺は、クロヴィスのことを信じ切れるのだろうか。
警戒心を煽るような言動を見せたかと思えば、いつもの調子で話しかけてくるこの青年の言葉ひとつひとつに、ずっと心を揺さぶられ続けている。それは、良い意味でも、悪い意味でも。
けれど、こういうときのクロヴィスは嘘をつかない。いや、正確にいえば、言葉を濁すことはあっても、一度だって俺に嘘をついたことはなかった、はずだ。
それだったら……少しくらいは信じてもいいのかもしれない。
「俺は、何をすればいいんですか」
「何をしてくれる?」
そこまで選ばせるなんて、意地が悪いにもほどがある。
クロヴィスのペースにのせられたらだめだ。落ち着け、真面目に考えてみよう。
身体が温まること。何ならいいのだろう。ローブは貸したし、焚火もつけた。人肌でも温めているし、それ以外の、温まること。
ふと、自分の唇に触れる。
彼と触れ合っているときは、いつも熱がこもっている。それを思い出して、気付いたら口が勝手に動いていた。
「……キス、ぐらいでしたら」
そう答えた途端、肩をぐいと引き寄せられ、強引に後ろを振り向かされる。視界いっぱいに、嬉しそうに笑うクロヴィスの顔が広がった。
「あは、期待してた?」
しまった。自分で墓穴を掘るような提案をしてしまったかもしれない。
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