こじらせ悪役ループ中、異国の皇子に甘く口説かれる

ひがらく

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君の笑顔 2

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 部屋へ戻るために廊下を歩いていると、突然、声をかけられる。

「あの、ヴァレンス先生!」
 
 振り向けば、小柄な男子生徒がそこにいた。
 ブロンドの髪が、ふわりと揺れる。息を切らしながら小走りに駆け寄ってくる様子は、まるで小動物のようだった。
 
「えっと、ボク、授業のことでお話があって、少しお時間をいただけませんか?」

 第一印象は、加護欲をそそられる可愛らしい少年。
 確か、カナトたちの隣のクラスの生徒だ。その容姿のせいか、面倒見のいい生徒達に男女関係なく囲まれているのをよく見かける。
 小首を傾げて見上げてくる大きい瞳は潤んでいて、愛らしさがある。しかしどこか計算されたあざとさも感じさせた。
 
 既視感があると思ったら、さっきクロヴィスと一緒に話していた少年だ。
 少し嫌な予感がする。こういうときの勘は、よく当たるんだ。

「すみません。俺は忙しいので、ここでよければ聞きますよ」
「お話が長いので、他の場所がいいです。……だめ、ですか?」
「ええ、駄目です」

 きっぱり断ると、少年の可愛らしい顔がわずかに歪んだ。
 まさか断られるとは思わなかったのだろう。その顔に戸惑いの色が浮かぶ。
 
「……で、でも、ボク、先生とお話ししたいことが」
「クロヴィスのこと、でしょう?」

 言葉を被せるように核心を突くと、ぴくりと少年の肩が揺れた。
 ああ、やっぱり。最初から授業の相談など、口実にすぎなかったんだ。
 
 先ほどクロヴィスと一緒にいたときに感じた、少年のあの鋭い視線。
 あきらかにこの少年は、俺のことを敵視している。無垢な表情を向けているが、その瞳の奥にひりつくような敵意が潜んでいるのを、俺は確かに感じていた。

「……先生は、クロヴィスくんに相応しくない」

 先ほどまでの愛らしさが消え、声の温度がすっと下がる。
 あからさまな態度の変化に驚く間もなく、少年は俺をきっと睨みつけた。
 
 これは、恋多き思春期の、暴走だ。

 おそらくこの少年はずっと可愛がられて育ってきたのだろう。欲しいものは手に入り、拒まれることなどなかった。自分が選ばれるのが当然だと、どこかで信じている。
 だが、クロヴィスは違ったのだろう。
 好きで好きで仕方のない相手が、自分ではなくよりによって、地味で根暗な教師に心を向けている。その現実をきっと受け入れられなかったのだ。
 プライドが傷つき、理屈よりも先に感情が先走る。若さゆえの暴走だ。

 やはり、先ほどの誘いに乗らなかったのは正解だった。
 もしあのままついて行っていれば、どこか人気のない場所で痛い目を見ていたかもしれない。このタイプの生徒は、自分の手を汚さず他の誰かに汚れ仕事をやらせる。そういうずる賢さを持っているからな。貞操すら危うかったかもしれない
 
「何か誤解をしているようですが。俺と彼は、ただの教師と生徒の関係ですよ」

 できるだけ穏やかに、目の前の少年を刺激しないように声の調子を落としていう。
 俺は、クロヴィスを取り合うつもりなんて微塵もない。それに、文句をいうなら俺じゃなくてクロヴィスにいってくれ。頼む。俺を巻き込まないでくれ。
 けれど少年の表情は、ずっと険しいままだ。
 
「だったらどうして、いつも一緒にいるんだよ! ボクが誘ってもいつも断られるし、あんな笑顔だって見せてくれないし! それに、〈番〉だって……!」
「確かに〈番〉の申し出は受けましたが、俺がそれを受け入れることはありません」
「自慢しないで!!」
 
 じ、自慢……?
 思いもよらない返しに、固まってしまう。
 
 少年は震える拳をぎゅっと握りしめていた。まるでこちらが少しでも動けばすぐにでも飛びかかってきそうだ。
 そんな可愛い顔で睨まれても怖くはなし、罵倒されても痛くも痒くもないが、なんだか厄介なことになってきた。
 
 クロヴィスは人心掌握に長けている。誰にでも穏やかに接し、必要な距離を保つのが上手い。おそらくこうした火の粉も、今まではうまく払いのけてきたのだろう。けれど、どんなに慎重な人間にも、振り払えない火花は散る。
 むしろこの恋多き学園で、今まで平和に過ごせていたこと自体が奇跡だったのかもしれない。

「――ねぇ、何を話してるの?」

 ふいに聞こえてきた低い声に、少年の肩がびくりと跳ねた。

「く、クロヴィスくん……! えっと、これは……その」

 少年の背後、振り返った先にいたのは、まさに話の中心にいた人物だった。
 制服に着替え終えたクロヴィスが、コツコツと靴音を響かせながらゆっくりと歩み寄ってくる。
 少年の隣に立つと、軽く腰をかがめ、みるみる血の気を失っていく少年の顔を覗き込んだ。
 
「……先生は関係ないって、僕いったよね」

 クロヴィスは、笑っていた。
 けれど、それは氷のように冷たい笑みだった。唇の端だけがわずかに上がっているのに、目はまるで笑っていない。
 その視線を受けた少年の喉が、ひゅっと鳴る。

「だ、だって! どうしてこいつなの! こんなやつより、ボクの方が……!」
「関係ないって、いったよね?」

 再び、やわらかい声。けれどその声色は、少しも優しくなかった。
 
 こんな表情をするクロヴィスを見るのは、はじめてだ。
 いつも穏やかに笑う彼の、ぞっとするほど冷たい一面。その鋭い視線が俺に向けられていないことに、少しだけ安堵してしまった自分がいる。

「クロヴィスくん! ち、違うんだっ、これはっ」
「何が違うの?」

 少年はたじろぎながらもクロヴィスの腕に縋りつく。何かを必死に訴えているが、クロヴィスはその言葉を受け流すように、目を細めてただ微笑んでいる。その笑みが、ひどく残酷に見えた。
 少年の目から今のクロヴィスがどう映っているのかはわからないが、俺の目には、怒っているようにしか見えない。
 静かに怒るタイプなんだな、クロヴィスって。

「僕が嫌がることはしないって約束したの、忘れた?」
「……っでも! おかしいよっ! ボクの方がクロヴィスくんを大好きだし、お似合いなのに! どうしてこんな根暗な教師なんか好きなのっ? 絶対に間違ってるよ!」
「誰を好きになるかは、僕が決めることだ。お前じゃない」
「クロヴィスくんは騙されてるんだよ! こいつ、禁忌の黒魔術を使うって噂もされてるんだ! 危険なんだよ!」
 
 痴話喧嘩にしては、あきらかに一方的すぎる。
 それにヒートアップしはじめた少年は、誹謗中傷にもほどがある内容を次から次へと口にしている。
 悪意を持たれることは慣れているため何とも思わないが、ここまで大声で人を貶める姿を見ていると、むしろ少年の方が心配になってくる。
 
 俺はふたりのやり取りを眺めながら、なぜ自分がこの場にいるのか本気でわからなくなってきた。そして、これってもしかして修羅場なのか? とはっとした。
 今までカナトとテオ以外の恋愛沙汰とは無縁だったせいか、こんな泥沼の渦中に自分が置かれているのは初めてで、少しだけ感心すらしてしまった。これが、あの修羅場というやつか。それで、どっちが泥棒猫なんだ?

「ボクはクロヴィスくんのことが心配で……っ!」
 
 少年の荒げた声に気づいた周囲の生徒たちが、ざわざわと騒ぎはじめる。
 視線が集まりはじめ、面倒になる前にさっさも退散した方がいいなと判断し、俺はふたりにそっと小声でいった。
 
「……あの、俺そろそろ行ってもいいですか」
「ああ、ごめんね先生。あとで――……」
 
 少年がこちらをきっと睨みつけた。
 顔を真っ赤に染め、怒りに震える声で叫ぶ。

「うるさいっ! あんたは口を出すな!」

 叫び声が廊下に響き、ぎゅっと握られた少年の両こぶしが白くなる。
 次の瞬間、少年の髪が逆立ち、周りの空気がぴりと震え、魔力の波が周囲に満ちはじめた。感情に任せて魔力を制御できないまま放出していると、瞬時に察した。
 このままでは、爆発してしまう。
 
「……っ君! 止めなさい!」

 慌てて制止の声をあげるが、少年の制御を失った魔力がブワリと周囲に溢れ出す。
 雷にも似た魔力が空気中でぱちぱちと火花のように弾けたかと思うと、俺のすぐ横のステンドグラスの分厚い窓が、――ガシャンッと勢いよく砕け散った。
 色とりどりの破片が、光を反射しながら刃の群れとなり、こちらへ降り注いでくる。
 
 ――マズい。
 
 当たれば一瞬で血まみれになるだろう。いや、怪我どころでは済まない。この破片の量と大きさは、皮膚を裂くどころか、きっと命さえ奪う。

 ひときわ大きな破片が、俺の頭上めがけて一直線に落ちてきていた。反射的に頭を下げるが、この距離では避けきれない。

「先生!」

 クロヴィスの声。伸ばされた手が視界の端で見えたが、間に合わない。

 考えるより先に、体が動いていた。

 指先に魔力を練り込んで、細い糸のように編み込む。魔力を込めた糸をしならせるように広げ、宙へと放った。ひとつ、ひとつと、降り注ぐガラス破片をその糸で絡めとり、ぴんと張る。
 時間が止まったかのように、すべてのガラス片が空中で静止した。

 廊下が一瞬で静まり返った。

 凍りついたように動けずにいた少年が、恐怖に目を見開く。
 
「ば、ばけもの……」
 
 ああ、やっぱり、そう見えるよな。
 
 その瞳に映るのは、俺の手から延びる黒い糸と、宙に浮かんだまま制止したガラス片の群れ。まるで蜘蛛の巣に絡み取られた獲物だ。
 
 操作系の魔法が黒魔術のように見えるのは、無理もない。
 ましてや俺の糸は、霧を凝縮したような漆黒の魔力でできている。生き物のように蠢いても見えるだろう。
 俺の魔法は風魔法を基礎とした派生魔法だが、知らない者には黒魔術そのものに見えることもある。
 幼いころ、決して人前で使うなときつく言われた理由を、いまさら思い出した。
 
 俺はその場から数歩あるいて、張っていた糸を引いた。宙に浮かんでいた破片たちが一斉に床に落ちて、背後でけたたましい音を立てながら砕け散る。
 足元に散らばるガラス片をぱきぱきと踏みしめながら、そのまま少年の元へと歩み寄る。

「……これは教師としての忠告ですが、自分の感情さえコントロールできないのに、むやみに魔法なんて使うものじゃありません。誰かを傷つけてからでは、遅いのですよ」

 真っ青になっている少年を覗き込むように顔を近づけ、胸元、心臓あたりにぐっと人差し指を突きつける。
 俺は口の端をわずかに上げて、笑ってみせた。

「俺がバケモノでよかったな。でなければ君は、人を殺していた」
 
 少年はびくりと肩を震わせ、力なくその場にへたり込んだ。
 
 その怯え方から少しやりすぎた感も否めないが、ここまで脅して怖い思いをしたのだから、もう関わってこないだろう。
 
 小さくため息を吐いて、視線を周囲に向ける。
 大きな破砕音のせいで、すでにあたりは騒がしい。遠くの教室から生徒たちが顔を出し、何が起きたのかとざわめきが近づいてくる。

 面倒なことになる前に、ここを離れよう。
 そう思って背を向きかけたとき、ふいに頭上に影が落ちた。
 ぽすりと、誰かの手が俺の頭にフードを被せる。

 そして、ふわりと身体が浮いた。
 驚いて息をのむ間もなく、その腕の中に収められるように抱え上げられて、ようやく理解した。

「クロヴィス?」

 呼びかける声に、彼の腕の力がわずかに強まるだけで、返事はない。
 見上げると、クロヴィスの表情が見えた。眉間にうっすらと皺を寄せ、唇を噛んでいる。それは何とも言えない、苛立ちを含んだ、痛々しい表情をしていた。
 
 そのまま何も言わずに、クロヴィスは俺を抱えたまま、その廊下を離れた。


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