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幕間:私は保健医である。名前は
しおりを挟むこの学園の生徒たちは、とにかく噂好きだ。
ここで保健医として働いて、もうすぐ一年半になる。日々いろんな怪我や相談に対応してきたけれど、いちばん多いのは、恋の話だったと思うな。
保健室なんて、そういう話がいちばん集まりやすい場所だ。用もなく入り浸って喋っていく子もいれば、ちょっと怪しい目的で使っていく子もいる。私はそれらに見て見ぬふりをしながら学園で仕事をこなしている、保健医のリチ・ユナカだ。
最近の話題といえば、やっぱりクロヴィスくんとヴァレンス先生、そしてカナトくんとテオくんのこと。
生徒から教師への公開プロポーズなんて前代未聞だし、幼馴染であるカナトくんとテオくんの仲睦まじい様子は、もはや学園名物。見守り隊なんてファンクラブまでできていると聞いたこともあるね。
野外学習のときだって、他の先生方と一緒にカナトくんたちの行方を探していたら、クロヴィスくんがヴァレンス先生をお姫様抱っこしてコテージに戻ってきた。あの光景は、忘れられないね。
その翌朝には、カナトくんとテオくんが手を繋いで仲良さそうに帰ってきたし。夜中にこっそり抜け出す他の生徒たちの姿も、ちゃんとこの目で確認済みだ。
まったく、恋多き生徒たちである。
そう、ここは恋多き学園なのである。
しかも、この学園では同性同士の恋は珍しくない。
この国ではノーマルが当たり前だと聞いていたけれど、そうでもないらしい。恋愛に垣根がないというのはいいことだと私は思うけれど、突然目の前でいちゃつかれるのは少しビックリして、わぁ、となってしまう。
けれど、いちばん驚いたのはヴァレンス先生だった。
あの人は、どう見ても他人と距離を置くタイプで、誰に対しても一定の線を引いているように見えた。そんなヴァレンス先生が、あのクロヴィスくんに絆されるとは思いもしなかった。クロヴィスくんの押しが強いのもあるのだろうけど、あんなに気を許しているヴァレンス先生は見たことがない。
同じ時期に赴任してきて、仲良くなれたらいいなと思って何度も話しかけてきた私でさえ、あそこまで表情を動かせたことはないのに。
なんだか面白くなってきたんだよ。
そうそう、先日のステンドグラス破壊事件も生徒達の間ではかなり噂になっている。
クロヴィスくんにはちゃんと教育されたファン達がいるらしいんだけど、その中の暴走してしまった一人の生徒が、ヴァレンス先生に魔法を使ってしまったんだ。
私も偶然その場にいて遠くから見守っていたんだけどね。
ヴァレンス先生って普段は魔法を使わないし、聞いてもはぐらかされるから不思議に思ってたんだけど、あの魔法を見てすぐに納得した。
物体を自由に動かすほどの操作系の魔法は黒魔術の一種だとされている。人間も傀儡のように動かしてしまう危険性があるからね。けれど、先生は風魔法を応用したものだって、私はすぐに気づいた。でも知らない人からしたら黒魔術のように不気味に見えるだろうな、あれは。
ともかく、その場はどうにかおさまったんだけれど、私はそれどころじゃなかったね。
ヴァレンス先生って、たまにかっこいいときがあるんだ。いつもは小声でぼそぼそ喋っていそうな見た目なのに、ときどき丁寧な口調が崩れて男らしくなるというか。
少年を脅していたときの迫力にはめちゃくちゃ痺れたな。
重たい前髪が風でふわりと揺れて、その下から現れた赤い瞳を細めながら「俺がバケモノでよかったな」とか挑発するように笑うんだよ。私が少年だったら怯えながらも惚れてたね、アレは。
隠れファンがいるのも頷けるよ。
それと、騒ぎを起こした少年は他の教師に保護されて、数日間の謹慎処分と反省文を書かされたらしい。今では随分と大人しくなったと聞いている。
それよりも、クロヴィスくんに抱えられて去っていったヴァレンス先生の方が気になるかな。あのあと、二人の間で何があったんだろうね。怪我はしていないようだったし保健室には来なかったから、どちらかの部屋に行ったのだと思うんだけど。
彼らを見ていると、退屈している暇がない。
私は人が好きだ。
観察するのも、話を聞くのも、喋るのも好きだ。
人がどういう感情で動いて、どんな関係を築いていくのか、それを見ているだけで楽しい。
特にこの学園の人間関係は複雑で、少し入り乱れている。けれど、それがたまらなく面白い。
きっと私は、ここで保健医をしていることが天職なのだろうね。
「いやぁ、びっくりしましたよ。クロヴィスくんとはもうそんな仲だったんですね」
目の前のヴァレンス先生は、借りて来た猫のように縮こまっている。こんな姿を見るのは初めてで、ちょっと笑ってしまった。
ここは保健室。
近くを通りかかったヴァレンス先生を引っ張り込んで、お茶を出して、向かい合うように椅子に座った状態。ヴァレンス先生はずっと視線を泳がせている。
更衣室での出来事を、まだ気にしているらしい。
「クロヴィスくんって、ちゃんと段階を踏んで仲良くするタイプだと思ってましたけど、手を出すのがはやいんですね」
「……その、あれは忘れてもらえると助かります」
「あははー、大丈夫ですよ。私は口がかたいほうなので、でもいちゃつくなら場所は気を付けた方がいいかもしれません」
「誤解です。クロヴィスはスキンシップが激しいだけで、そういうつもりでは……」
「いやぁ、誤魔化さなくていいですよ。私とヴァレンス先生との仲じゃないですか!」
私は先生の味方ですよーっと安心させるように、ちょっと大袈裟に手を上下に振りながら、あははと豪快に笑う。
「それよりも、逢瀬の邪魔をしてしまってすみません。クロヴィスくんにも、私が謝っていたと伝えていただけると助かるんですが」
「……逢瀬はともかく、そのくらい気にしなくていいと思いますよ。共有スペースで好き勝手にやっていたのはクロヴィスですし」
「いやいや、仮にも私の国の皇子様ですし。根に持たれると怖くて」
ヴァレンス先生の赤い瞳が、驚きで大きく見開かれた。本当に珍しいな、こんなに表情が動く先生を見るのは初めてだ。
でも先生の次の言葉に、私の方がやらかしてしまったのだと気づいた。
「……クロヴィスが東国の皇子だって、知ってるんですか?」
「…………あれ、これって、言ってはいけないこと、でした、っけ」
しまった。
目を何度かぱちくりさせ誤魔化すように笑おうとしたが、もう言ってしまった以上、どう頑張っても誤魔化せない。
冷静に考えてみれば、付人もいないのだからお忍びで留学に来ているに決まってるじゃないか。私のバカ!
けれどヴァレンス先生の口ぶりからすると、クロヴィスくんが皇子であることは既に知っていたらしい。命が助かった。
「あー……えっと、私はたまたま式典などでお姿を拝見していたので、クロヴィスくんが留学に来たときから気づいてたんですよ。普通の一般人ではまずわからないと思います。あははー……」
ヴァレンス先生は私を探るような目つきでじっと見つめてくる。その視線に、少し緊張してしまう。
やめて、ヤメテ。私は敵じゃないですよ。怪しくともなんともありません。東国出身の、少し噂好きの、ただの一般猫族の保健医です。
「ま、まぁ……でも、ビックリしましたよね。なんでここにいるんだって。でも皇族の方々は適齢期になると、見聞を広めに他国へ行くこともあるんですよ。伴侶探しだなんて民衆は色めき立って噂してますけれど、あながち間違いでもないかもしれません。今の皇帝も、皇后が婿として他国から招いた方ですし」
焦ってぺらぺらと喋ってしまうのは、私の悪い癖だ。口が勝手に動いてしまうが、このなんともいえない空気感をどうにかしたかった。
冷や汗をかきながらも、ふと頭の中にあることが思いついて、首を捻る。
「……ん? それだったら、ヴァレンス先生って、未来の皇后候補になるのでは」
その瞬間、ヴァレンス先生の顔が思い切り歪んだ。
「絶対に、それは、有り得ません……!」
「あ、そっか。クロヴィスくんは第二皇子だから、継承権は二位ですもんね」
東国には、第一皇子、第二皇子、その下に双子の皇子と皇女がいる。おそらくあの国を継ぐのは第一皇子だ。式典でちらりと見た姿は神々しかったが、少し顔が怖くて、私はちょっと苦手な部類だった。
「そういうことではなくてですね……っ」
ヴァレンス先生は頭を抱えるようにして唸っている。
「……とんでもない人に好かれちゃいましたよねぇ」
「……リチ先生の国の偉い方でしょう。どうにかなりませんか」
「私は一般人だから、無理ですねぇ」
先生の、眉間に寄った皺がさらに深くなる。それをぐりぐりと揉み込むのは、癖なんだろうな。
さっきからころころと変わる表情に、思わずくすりと笑ってしまいそうになる。ああ、笑っちゃダメだ。怒られてしまう。耐えるんだ、リチ・ユナカ。
「いいじゃないですか、玉の輿。しかもかっこいいし、性格も良いですし、頭もいい。優良物件ですよ、クロヴィスくんは」
「迷惑です。俺は望んでません」
本当にそうなのかなぁ。
クロヴィスくんと一緒にいるヴァレンス先生は、最初こそは面倒そうに避けてはいたけれど、最近はまんざらでもないようなんだけどな。もしかして、自分で気づいていないのだろうか。
ヴァレンス先生は顔を伏せたまま、何かブツブツと呟いている。
なんとなく空気を悪くしてしまった気がして、話題を逸らそうと私は視線をキョロキョロさせる。すると、あとで棚に整理しようと机の上に置いたままにしていた、ある物が目に入った。
「あ、そうだ! ヴァレンス先生のご実家から寄付していただいたこれ! 魔力に作用する抑制剤と安定剤、すごく助かっているんですよ!」
やっとヴァレンス先生がこっちを見てくれた。まだしかめっ面だが、話はちゃんと聞いてくれているみたいだ。
それが嬉しくなって、またぺらぺらと口が軽くなってしまう。
「この年頃の生徒たちはよく魔力にあてられて発情する子も多くて、困ってたんですよ。アフターケアって大事ですよね。保健の授業でも、魔力とフェロモンの関係や、性の知識はきちんと教えているつもりなんですけどねぇ。ところかまわず盛っちゃう子たちもいて。ナマもダメだよって言い聞かせてるのに。あ、ヴァレンス先生も、ナマはダメですよ。男同士だからといっても、クロヴィスくんほどの魔力の持ち主だと中だしされると魔力酔いして、あられもない姿になっちゃいますよ」
「えっ……」
先生は、引きつった顔をした。
顔を赤くしたり、真っ青になったり、本当に今日のヴァレンス先生は反応が面白い。こんなことなら、もっと早くこういう話題を振ればよかったな。
「……すみません、俺はそっち方面に詳しくないのですが、……精液ってそういう作用があるんです?」
あ、先生って童貞なんだ。
確かに性に疎そうだとは思っていたけれど、保健の授業で習う程度の知識しかないのかもしれない。いやこの反応だとそれ以下だな。
なんだか可愛いな、この人。
「ありますね。簡単にいうと、中出しされちゃうと理性が溶けてふわふわしますよ。特にこの国の〈番〉だったり体質的に合う人同士では、それはもう、凄いことになると聞いたことはありますね……もしかして先生、されたことあるんですか?」
ヴァレンス先生は口を手で覆い、目を逸らした。
癖っ毛の黒髪から覗いている耳が、ほんのりと赤くなっている。
その姿がなんだか面白くて、ほぉと細い目をさらに細めて、にやにやとヴァレンス先生を見ていると、少し睨まれてしまった。
「……変なこと聞かないでください」
「ええ? もしかして恥ずかしいんですか? 気にしないでくださいよ。私はこういう話も大好きなので、ヴァレンス先生のお役に立てられるのなら、保健の個人授業でもしてさしあげますよ。あ、でもクロヴィスくんに怒られるのは嫌なので、ちゃんと健全な授業です」
「揶揄うのも、そこまでにしてくれませんか……」
「あはは、すみません。話すのが楽しくって」
やっぱりヴァレンス先生は面白い人だ。
周りからは陰険だとか根暗だとか言われているけれど、それは彼のことをよく知らない人たちの、ただの偏見。
最初に出会ったときから、普通の人とは明らかに違う雰囲気を持っていて、気になっていたんだ。
私とは初対面のはずなのに、いつも私が口にする話題の一歩先を話していて、隙がなかった。でも今は、それがない。ただ純粋に職場の同僚として、友人として会話をしているように見える。
それが何だか楽しくて、嬉しくなった。
クロヴィスくんとの恋がどうなるのかは分からないけれど、あの一族は一途さで有名だから、きっとヴァレンス先生が折れるまで口説かれ続けるだろう。
クロヴィスくんは第二皇子だし、ヴァレンス先生がこの国から離れたくないといっても、きっと迷わずここに残るはずだ。
あの一族は〈ツガイ〉への執着心が半端じゃないからね。
わぁ、なんだか本当に、面白くなってきたな。
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