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幕間:テオドリック
しおりを挟むティラン・ヴァレンス。
学園の薬学魔法を担当している教師で、オレの天敵だ。
いつも薄ら寒い笑みを浮かべた、いけ好かない教師。
一年生の頃からカナトにちょっかいをかけてきて、オレが目の前で何度舌打ちをしたか覚えていない。
ヴァレンス家は表向きには魔法薬などの製薬業で名を馳せ、この国で流通する薬の半分を担っている。だが裏では、危ない薬や非道的な取引に手を出しているなど、口にするのも憚られるような噂が絶えない。
その一人息子であるティラン・ヴァレンスが学園に赴任してきたとき、オレは真っ先に要注意人物リストの上位に名前を書き込んだ。
案の定、あいつはカナトを口説き始めた。カナトも「先生は悪い人じゃない」とかいって懐いていくし、まったく頭が痛かった。
だがあるときから、カナトに手をださなくなった。
おそらくそれは、クロヴィスが留学してきた頃からだ。〈ツガイ〉を申し込んだと聞いた時は、さすがのオレでも頭の中が真っ白になって正気か? と疑った。
まさか、あのクロヴィスが昔から惚気けていた相手が、よりにもよってヴァレンスだったなんて。あの陰険で根暗な教師の、どこにそんな魅力がある。
止めろと忠告したが、クロヴィスは笑って受け流しただけだった。「先生は誤解されやすい」ともいわれたが、そんなわけがあるかとも思った。
だが、確かに最近のヴァレンスは、何か違う気がする。
「……ごめんね、テオ」
「お前は謝らなくていい。まだ寝ていろ」
保健室で処置を受け、寮へ戻ったあと。
ベッドで安静にしているカナトはまだ熱が下がらないようだったが、体調はそれほど悪くないらしい。声は弱々しいが、いつもの明るさを少しだけ取り戻していた。
「ヴァレンス先生にも、迷惑かけたなぁ。あれから大丈夫だったかな」
「……クロヴィスがいるんだ。平気だろう」
「そっか、それもそうだね。余計な心配だったかも」
ふふっと笑うカナトに、オレはできるだけ冷静に答えたつもりだった。だが心のどこかで、あのヴァレンスのことを考えずにはいられなかった。
あいつは確かに、いけ好かない教師だ。いつも皮肉っぽく喋りかけてきて、何を考えているのか分からない。
だが思い返すとあの時、男に襲われかけていたというカナトを助け、暴走したオレを止めてくれたのは、他でもないヴァレンスだった。
その時のあいつの表情は、いつもの胡散臭いものとは違っていた。何を考えているのか分からないあの顔の下に、別の感情が見えた気がする。
その違和感が何なのか、まだ言葉にはできない。
だがオレの知らないところで、ヴァレンスという男の印象が揺らぎ始めている気がした。
「うーん、やっぱりなんだか、魔力の流れが少し変かも」
「……大丈夫なのか?」
「なんだかいつもより大きくて、穏やかっていうか……でも休んでたら大丈夫だと思う。心配かけてごめんね」
「そう思うなら、さっさと治せ」
「えへへ、寝るまでそばにいてね」
「……そのつもりだ」
ほどなくして、カナトの穏やかな寝息が聞こえてきた。
眠るカナトの髪をそっと撫でながら、ふっと笑みが零れる。とにかく今は、カナトが無事で、本当によかった。今はただそれだけでいい。
* * *
次の日の朝、寮の部屋の扉が軽く叩かれた。
カナトは数日間、絶対安静だ。今日の授業も休ませて、付きっきりで看病するつもりだった。だからこんな時間に誰かが訪ねてくるとは思ってもみなかった。
寝起きのまま扉を開けると、そこにはクロヴィスが立っていた。
「おはよう、テオ。ヴァレンス先生の代わりに様子を見に来たんだけど、カナトは大丈夫そう?」
なんだ、クロヴィスだったのか。と思ったが、手を挙げながらいつもの軽い調子で挨拶する姿に、不自然な違和感を覚える。
思わず眉をひそめた。
「……お前、なんて顔してんだ?」
オレの言葉に心当たりがあるのだろう。クロヴィスは少し驚いたように黙ってから、腕を組んで視線をそらした。
顎に指をあて、考え込むような間があってから、やがてため息まじりに小さく呟く。
「……そんなに酷い顔してる?」
「ここに来るまでに、人殺してそう」
思わず本音が漏れた。
違和感の正体は、その顔。クロヴィスのいつもの人の良さそうな表情が、そこにはなかった。
代わりに、ぞっとするほど感情の見えない顔があった。口元がわずかに歪み、目が笑っていない。あきらかにご機嫌ななめで、余裕がないのはまるわかりだ。
それでも上手く隠しているから、近くで注意してじっと見ない限り、その違和感には気づけないだろう。
「何かあったのか?」
「んー……」
小さく首を傾けならがら曖昧な返事をするが、その声にはいつもの軽さがなかった。
こんなときのクロヴィスの原因は、いつもひとつだと決まっている。
「ヴァレンスのことだろ」
「……まあ、ね。そうかも」
オレがそう切り出すと、クロヴィスはようやく小さく頷いた。
声は静かだが、いいようのない含みを感じた。
きっと昨日あの後で、ヴァレンスとクロヴィスの間に何かがあったのだろう。クロヴィスの感情がここまで揺さぶられるほどの何か、が。
「……自分の思うとおりにいかないからって、変なことはすんなよ」
「そこまではしないよ。少しふてくされているだけ」
「お前の少しは、少しじゃないんだよ。お前は不機嫌になると逆に静かになって怖いからやめろ」
ため息交じりにいうと、クロヴィスは視線を上げてこちらを向いた。目が合うとにこりと笑いかけられたが、まだ人前に出せるような顔ではない。
クロヴィスは普段、どんな場面でも自分の感情を理性的に制御できるやつだ。しかしヴァレンスと出会ってからは、どこかそのバランスが崩れているように見える。
乱れた自分の感情にさえ、気づかないほどに。
それほどまでに、ヴァレンスに本気だということなのだろう。
その気持ちはわかる。オレだってカナトを前にすると、時々どうしようもなく感情が追いつかなくなることがある。
けれど、それが今のクロヴィスにとっての危うさでもあるのかもしれない。
ふと、幼い頃のことを思い出す。
クロヴィスが可愛がっていた鳥の翼を「お世話するから飛ばなくていい」と笑いながら折ったあの時。使用人たちが青ざめて止めに入る中、彼は何が悪いのかわかっていなさそうで、少し不気味だった。結局きちんと手当をさせて事なきを得たものの、その笑顔の無邪気さは、今も忘れられない。
あのころよりは大人になって、理性も身につけた。本人も、あれは無垢ゆえの残酷さだったと反省はしている。
けれど、あの危うさは今もどこかに残っている気がして、オレは少しだけ不安になっている。
だからつい、昔なじみのお節介として忠告してしまうんだ。
「はぁ、あいつが一筋縄ではいかない人間なのはわかるが、さすがに監禁とか、非人道的なことはやめろよ」
「そんなことはもう考えてないよ。逃げられると悲しいし。自分の意思で僕の傍にいてもらわないと」
「……すでに考えてたのかよ」
オレは思わず額を押さえた。
クロヴィスは静かに笑っているが、あきらかに冗談でいったつもりではなさそうだった。
クロヴィスは、感情が振り切れたときほど穏やかに笑う。その姿に、薄ら寒いものを感じてしまった。
「……まあ、でも今はいいんだ。先生はやっと気づいたみたいだし、素直になってくれるまで、ゆっくりと時間をかけて口説いていけばいい」
遠くを見るような目で、自分に言い聞かせるようにクロヴィスは小さく呟いた。その声はやけに穏やかで、妙に落ち着いていて、かえってオレの方が落ち着かない。
それでも、ほんのわずかに口の端を上げたその表情は、さっきよりもご機嫌そうに見えた。
ぞっとするようなほどの綺麗な笑みは、そのままだが。
ヴァレンス、オレはお前に同情する日が来るとは思ってもみなかった。こいつはきっと、世界の破滅とお前を天秤にかけても、迷いなくお前を選ぶだろう。それは良い意味でも、悪い意味でも。少しでも隙を見せれば、あっという間に雁字搦めにされるぞ。
「とにかく、昨日は先生を抱き潰してしまったから、様子を見に来れなくてね。代わりに僕が来たんだ」
「………………は?」
「でもカナトもテオも大丈夫そうだから、僕はもう授業に行くよ。ふたりが暫く休むことも、先生方に伝えておくから。もうすぐ中間テストもあるんだし、試験範囲もきちんと聞いててあげる。良い友人を持ったと感謝して欲しいな」
「…………だき、つぶし?」
「それじゃ、ゆっくり休んでね」
いいたいことだけいって、クロヴィスは軽く手を振って去っていった。
廊下へ出るとき、頬を両手で軽く叩いている。おそらく、崩れた表情を戻そうとしているのだろう。その背中を見送りながら、オレは呆然としていた。
もう、そんな関係だったのか。
友人の性事情なんて聞きたくなかった。
だがそれ以上に気になるのは、そこまで深く関わっているというのに、まだ〈ツガイ〉になっていないということだった。
あのクロヴィスが、我慢をしている?
あのクロヴィスが、だぞ……!?
このときの俺は、まさかその夜、ヴァレンスが持ってきた密告書にも頭を悩ませることになるとは、思ってもみなかった。
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