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005-⑥ 先生!
しおりを挟む「今、何考えた?」
「いえ」
先生はふっと笑う。笑うところじゃないだろと思うんだけど、俺が変な顔をしたからだと思うんだ。
「ウィルは今年で十八だから。絶対必要。オメガが」
先生は察しがいい。俺の頬は益々膨らむ。
十八。年下じゃないか。次に会ったらあいつを上から見下ろしてやりたい。
ていうか。十八ってのはニンゲンの感覚で考えていいのか?
犬だから寿命は短い?
唐突に冷たい死を感じて、胸の奥に何かがグサッと刺さった。
……ウィルめ。
受け入れ難い。全部。
俺はここで死ぬまで生きていかなきゃいけないのか?
番がいなくちゃ生きていけない?
守ってもらうために番うってこと?
……ウィルとオズとでそういう関係だったのならそれでいいじゃん。俺は全然構わないけど!? 人間と犬だけどな!? もうそれで話は終わってんじゃん。ウィルは王子様なんかやめればいいじゃん。柄じゃないよ。オズと番えばいいじゃん。
俺には関係ない!
全身でムカムカしてきた。
「……ウィルとオズは運命の番とかいうのじゃないんですか?」
「言っただろ。ウィルは王家の直系アルファだ。直系アルファは男オメガを本能で欲しがる。強いサベラが欲しいから。この世界で強いのは交雑種なんだ。国王も王太子も男オメガと結婚してる。勿論、直系アルファの結婚適齢期のタイミングに男オメガがいないことがある。そのときは他国から嫁いできたりしたこともあったらしい」
「……生贄みたいですね」
「まあなんでも、運命だよね」
運命、の一言で話をまとめようとするのはやめて欲しい。
結局のところ先生は、外の世界から来た俺に自由はないって言ってるんだろうか?
「丁度いいオメガが現れなかったら王家はどうなるんですか?」
「延々と戦争を先導してるね、きっと」
戦争。この国で? 内戦か? 他国と? どんな異種混合戦になるんだ。
「そういう背景抜きにして、運命の番ですね~、おめでとうございます~って、国中でお祝いです~、結婚式です~って、割と能天気なことやってるよ、今は。まあ、この国もさ、オープンに見せかけて結局そのあたりはセンシティブだから。過去には政治の道具にされて気が狂って死んだオメガもいるって話だ」
「ええ!?」
「今は人権てのがちゃんと考えられてるからさ。昔とは違うから。取り敢えず、待とう!」
「女になるのを!?」
先生は自信を漲らせた表情で俺を見て、その拳を振り上げた。
「男のままでいたいか!」
「いたいです!」
「よぉし、じゃあ、ウィルと結婚するんだな!?」
「!? それは嫌です!」
「君に選択肢があると思ってる!? 本人の前で言える!? それ!」
「勿論言えます!」
「酷いね、君!」
必死に言い返していたら息が切れた。先生は俺につられてた。二人してハアハアした。それからそれぞれ息を整えた。
「……いい服、着てるね?」
溜息を吐きながら、先生が言った。
「オズがくれました」
「ウィルじゃなくて?」
ウィルに頼まれたオズが用意してくれたように記憶する。
「なんか変ですか?」
「いや。似合ってるよ」
先生は含み笑いをしていた。なんでだろか?
オズは甲斐甲斐しくウィルの世話をしていた。ウィルは偉そうにしている割に、オズに頭が上がらないように見えた。
だから、俺には二人の関係性が読めなかった。
ウィルが俺を受け入れたのもオズに言われてだし、オズの、ウィルに対しての気後れしない振る舞いには迷いがなかった。
許し合うのは互いが特別な証。
まだ会って間もないから決めつけるのもよくないけど、二人は好き同士なのでは?
そこに俺が入り込む余地、なくないか?
ん? 俺は首を横に振る。
俺は今、何を考えた?
「この国では好かれたい相手に服を送るんだ。いい風習だろ」
静かに先生が言った。
「……俺が汚いカッコしてたからですよ」
「服をあげることは当たり前のことじゃないんだよ」
「殺されそうになりましたけど?」
「王家のアルファは気性が荒いって言っただろ。でも理性のあるうちは分別もある。君を殺す気なんて初めからなかったと思うよ」
俺は長い服の裾をつかんで、その美しい金糸の刺繍を見つめた。
俺が今着ているこの服は、客人用だと言われて受け取ったものである。返さなくていいと言われて、有難いけどホントに俺がもらっていいものなのかなあと思いながら呑気に着ていた。
「高そうな服だなあって、思わなかった?」
思った。
が、好かれたい相手に送るという感じは全くなかった。
俺の頭を撫でてきたウィルを思い出した。
言葉を勉強してるとも言っていた。
将来の番の為に……?
俺がウィルの番になる可能性がある?
俺に興味がないようなふりして、意地悪ばっかりしてたのに。
あいつ、あいつ……!
超ツンデレかよ!?
「あとさ、オメガを目障りに思う人もいるから。一人でウロウロするのは危険」
先生、急に悲観的だし。
「あ! オズは今一人だ!」
「君ねえ。ウィルの立場忘れたの? 見張りがいるに決まってるでしょうが」
「そんなの誰もいなかったけど」
「日本にもいるだろ、ニンジャ! あれだよあれ」
日本にだって今はいないし……。たぶん。
「とにかく一人でその辺をブラつかないでね。危ないから~」
このとき、俺にフラグが立った。
こうして先生の問診は終わった。
その後、別室に通された。
そこで身長と体重を測定され、心電図のようなものを体に付けられて何をか調べられてから採血されるという、健康診断らしきことをした。
異世界に来た感が全くなかった。日本の簡易的な健康診断に似ていた。
俺を検査したのは無愛想な狐だった。
今どき愛想笑いのひとつもなくて金が取れると思うなよと無一文の俺は思ったのだが、黙って言うことを聞いた。
身長と体重の計測方法は普通だった。台に乗るだけ。簡単。
それからはちょっと怖かった。ストレッチャーのようなところに仰向けになれと言われ(たような気がした。何せ言葉がわからない)、謎の器具を胸や腕に服の上からパチンパチンと取り付けられた。
俺は人の言うことを聞き過ぎだと思う。人というか異形の人間だけど。
俺の傍らにあった銅板で作られた正方形の機械が、ゴゴゴゴゴと異音を立てて動き始めた。
打刻されたロール紙が床に流れていくのをその場で確認していくスタイルで、波形を目で辿る狐からはプロ意識を感じた。
が、何がわかるんだそれで。
やがて、異音が止んだ。
横になったまま、無感情に見える狐によって肘裏に注射針を刺されたときは、さすがに恐怖を感じた。
が、体調に変化は起こらなかった。注射針は直ぐに抜かれて止血された。びっくりするぐらい普通の採血。
注射針を片づける狐から何か言われたのでストレッチャーから急いで起き上がった。すると狐が俺の体を支えてきて抱きしめるように抱えられた。ドキッとする間もなかった。
俺は検査室から追い出された。
「え?」
ベンチがたくさん並んでいる、待合室のようなところで座って待つように動作で示された。
「え?」
目の細い狐の看護師は俺を高圧的に見下ろしたのち、部屋のドアを閉めた。
俺は一人になった。一人になるなと言われた傍から。
「え?」
俺はこれからここで何を待つのか。ウィルの迎えをか?
待合室には誰もいなかった。
窓の外は晴れていたが、室内は暗い。
俺は取り残された気分になりながら、解せない思いで近くのベンチに座った。
待合室ではなくて、ここは礼拝堂ではないかと気づいたのは、正面に祭壇があったからだ。
何を祀ってるんだろう。暗くてよく見えない。
見ようとして立ち上がってから、俺と同じベンチに獣人が座っているのに気づいた。
さっきまで、ここには誰もいなかったのに。
そこにいたのは、白い毛並みの年老いた猫だった。
背中が丸まった、首下りの婆さんだった。杖を持っていた。
顔を上げ、俺に話しかけてきた。何を言ってるのかはわからなかったものの、婆さんの隣に座り直すことにした。
婆さんの目が殆ど開いてないのが気になった。見えてる? どうやってここに来たんだろう。
婆さんは藍色の生地と同系色の刺繍が施されたマントを羽織っていた。白髪になったから白いのか、元々白い毛並みなのか。
婆さんが何を言っているのかわからなかったので適当に頷いていたら、未晒の包み紙を渡された。受け取ったら意外と重みがあった。
包み紙を開くと、中にはブラウニーのようなものがたくさん入っていた。
一口大に切られたそれをひとつ摘んで、おもむろに自分の口に放り投げた婆さんが、くちゃくちゃしながら俺にも食えと言う。たぶんそう言ってる。
大丈夫かな、と思いつつ。
俺も食べた。信じられないくらい普通のブラウニーだった。
「美味しい」
俺が言うと、婆さんが歯を見せて笑った。言葉は通じてないけど、気持ちが通じ合った気がした。
老猫が笑ってる。ちょっと癒されてしまった。
婆さんが白い毛むくじゃらな手を使って何かの形を表現しようとしていた。それは風車だと俺はわかって嬉しくなって、また適当に頷いた。
そうそう、俺はそこから来たんだよ。
言いたかったけれど、何も言えなくなってしまった。
口が開かない。視界が歪む。
俺の意識は静かに遠のいていった。
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