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006-① 捕縛!?
しおりを挟む俺はこの世界に来てから、ウィルからは口煩くこの世界の慣習について語られながら、オズに優しくされながら、つまりアメとムチで絆されながら何となく、風車の塔の家でしばらく過ごすものだと思っていた。
オーナーである犬人間のウィルに嫌味を言われながら、美しいオズの手伝いをしながら。
二人からこの世界のことを教わって、俺もそれなり社会の一員として、履歴書にかけるくらいのことをおいおい成し遂げて、アンティーク家具に囲まれた部屋で、大らかで丁寧な暮らしをして生きていく。
あれは俺の夢想だったかな。
夢。
要らないことなんてないんだ。
一人一人個性がある。
ドイツ文学なんてマイナーな、就職に全く役に立たない分野だって、必要としてくれる人はいるんだよ。
女になったって。
俺は俺だから。
認めてくれる人はいるよ。
俺はゆっくりと右目を開けた。俯せになっていたから、左目が開きにくかった。
あのときのように、森で目覚めたときのように、世界がまた一変している。
視界が暗い。薄ぼんやりと灰色の石壁が見える。
頭が重い。体が動かない。
俺は冷たい石の床の上に転がっていた。
「うう……、あのバアさんめぇぇ……」
あのブラウニーのせいだ。チョコ味に騙されたが、どうやら俺は一服盛られた。
まずい。
さすがにこれは詰んでないか?
俺にはやっぱり、運がないんだ……。
強引に両手首を引っ張り上げられて、遠心力によって放り投げられた。吹き飛ばされた俺の体は金属の柵に当たって、ズルズルと床に落ちた。
背骨、折れてないかな。痛みは感じない。
俺は大きな鉄籠に入れられていた。
目隠しが右目だけ取れているのでわかった。
体が酷く揺れる。時折、衝撃で投げ飛ばされる。どうやら馬車で移動させられている。籠に入れられたまま。
頭の上で手首が暇で縛られてどこかに繋がっていた。足も縛られていた。
気づいたら、全身が痛くなってきた。痛覚が戻ってきた。
馬を操作している奴は一人。それから、俺がいる籠の上に乗ってる奴がいる。
「あのう」
もうどうでもいいや。
口も布で塞がれているが、喋れないこともない。
「俺、こんなところ来たくなかったんです。俺は別にあなた方が恐れるような存在じゃないし、恐るるに足らずって言うか、そういうわけで、すみません。見逃してくれませんか」
「………」
俺がそう言ったら、話し声が止んだ。聞こえてるんじゃないか。無視は酷いだろと思ったら、何か怒るように叫ばれた。
そんな風に威圧的に叫ばれたって、何言ってるかわかんないんだよ……。残念だったな。
俺は意識を半分飛ばしながらも、今の状況を理解しようとした。
結論。
殺される。
寒い。痛い。だから、もう、痛覚なんかなかったままで良かったんだってば。そのまま殺してくれれば良かったんだよ。
殺す場所なんてどこでもいいだろ。
折角、留学できることになったのに。留学手続きだって大変だったんだぞ。
寮に入るの楽しみだなあって思ってたんだ……。
母さんと父さんが離婚してこれからってときに。
俺は何してんの。ねえ。
寝ている間に、かなり乱暴に体を扱われたんだろうと思う。痣がありそうな痛みを全身に感じる。それから今、縄で縛られている痛み。
オズからもらった綺麗な服が台無しだ。汚れてそう。あ、ウィルからもらったんだっけ。
もうどっちでもいいや。
ウィルとオズにお礼の一つでも言いたかった。ウィルには腹が立つけれど、オズはいい人だった。
ウィル。お前はなんで俺に冷たかったの。先生の話と違うじゃん……。お前は俺に期待しなきゃダメだろがい……。
意識混濁状態の俺は、床より高い壇の上に立てられた、太い丸太に体を縛りつけられていた。足元には小枝と薪の山である。
これだけ集めて設えるのは大変だったろうに。イジメっ子ってのは今も昔もイジメに全力を捧げる変態だな。
視線を動かせば、教会のようなところにいるとわかった。
天井が剥がれ落ち、ところどころが朽ちた教会だ。長椅子が並んでいる。
パラパラと人影が見える。
外はもう夜だ。夜のキャンプファイヤーか。
声が聞こえる。囁き声が耳元で響くかのように。
この古い教会を俺ごと燃やす気らしい。
そうか。俺はここで死ぬんだ。
生け捕りにして勿体ぶって殺しますって、どういう心理。
変な念仏が始まった。俺の後ろの方からだ。
火炙りだってさ。まさかの終わりだな。
俺を取り囲むのは、犬人間。犬人間にも色んな種類と、いい奴と悪い奴がいるということがここでよくわかった。
腹立ったけど、ウィルにはこいつと一緒にいれば大丈夫という安心感があった。死ぬ前にわかって良かった。
人間も同じ。犬人間も色んな考えの奴がいるからさ、きっと。全員同じだったら法律とか秩序とか要らないんだ。
背の低い、腰の曲がった犬人間が松明を掲げた。ウォーとか歓声が上がる。
俺みたいなコモノ殺して嬉しいですかって。
木に直接松明を投げ込まれて、火がつかない可能性に賭けたい。
いや、生き残っても俺は子供を産む道具に。
ゾワワワワ。
誰が産むか、バカたれが!
しかもサベラとかいうのを産むんだって。
生まれた犬人間の赤ん坊を抱く俺。
……悪くないか。犬は好き。子犬みたいなもんなんだろ。
どうやって産むんだろ。怖いけど。赤ん坊は楽しいかも。
ウィルの子供なら、ウィルみたいに毛並みが黒いのかな。
ウィルの子供時代ってどんななんだろ。……小生意気そうだな……。
産まれたら子供にまで適当に扱われるの想像できるわ、俺。ウィルなんて俺に顧みないって、本当。
放っておいたら直ぐに、オズのところに行っちゃうんだろ?
俺、今、何考えた?
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