59 / 95
015-③ 覚醒!
しおりを挟む……あんなに感情を昂らせたジークを見たのは初めてだった。
俺はジークの説教をウィルの腕の中で聞いたのだが、ジークは相手が俺であることについては怒っていなかったんだ。そこはとっくに諦めてくれたらしい。
ジークの心配は、俺へと向けられていた。
今後の俺の生活や婚礼の予定に影響するらしい。ついでに、真面目なジークの倫理に婚前交渉が反していたということもある。
フライングってそういうこと?
これから何が起こるって?
いやいや、婚前交渉以前の問題で、相手が犬とかない、から……?
え? 本当にないのか、俺!?
ウィルにスリスリされながら、俺は青ざめる。
「やめろってば」
「お前の匂いは麻薬だな……」
スリスリ……。やめてくれ、また変な気分に……。
なくない、よな!? 俺、うっかり飛び越えちゃった!?
そのあと唐突に、やらねばならない仕事を思い出した、とウィルが言い出した。
「えっ」
去り際があまりにも呆気ないように思ったので、俺からウィルの腕を引っ張って聞いた。
「次に会えるのはいつなんだ」
「今晩また来る」
そして、スリスリでなくて、ペロペロのキスもどきをされた。
受け入れてしまう、俺。
「ホントに?」
「ああ」
「そっか、わかった」
俺の頭を一頻り撫でてから、ウィルは部屋を出ていった。
残されたジーク。燃え尽きたかのようだ。椅子に座って、脱力している。
その周りを猫二人がハタキのようなもので祓っていく。部屋の空気が心なしか綺麗になっていく。
俺は寝巻きから平服に着替えて、ジークの元へ。
ジークはズーンと沈んでる。
「……私は番持ちだ」
「聞きました」
「しかし、今回は……」
ジークは六階のエレベーターホールに着いた瞬間に、咽せ返る俺の匂いで倒れそうになったという。
「殿下は……、向こう見ずなところがあり……。今後は過度な接触を私の目が見える範囲で式まで許さない! 適宜厳重に注意していく!!」
「……あ、はい」
何でそんなに必死。
責任ある立場なんだな。ジークも大変だな。と、俺は他人事。
そして。
……今朝も起きたらウィルが俺の下にいた。
ぐっすりだな。
連日真夜中まで仕事、の王子様がお疲れ気味だ。
今朝の俺はウィルが起きる前にベッドを離れたので事なきを得た。
ウィルが起きる段になって、見計らったようにジークが食事を届けに来てくれた。
ウィルは起きるときに俺がベッドにいなかったことが不満そうだった。
朝食を部屋で一緒に摂った。配膳係であるジークと三人で。
二匹の犬人間と朝ご飯。……絵本の世界は絶賛継続中だ。
間もなく、ヒョウの先生が来た。今日は算術の授業である。
ウィルとジークは一旦部屋を出ていった。その後、授業が終わる時間になってちょうど、ジーンを連れたジークが現れた。しばらくしてウィルも一仕事終えて戻ってきた。
忙しい二人だ。俺なんかに時間を割いて。
長い回想をしたが、とにかく今ここである。
俺は婚礼用衣装を試着中……。
「何で急に考えを変えたんだ?」
「え?」
「何でおとなしく結婚する気になったんだ?」
「ああ……」
ウィルのくせに普通の感覚でモノを言ってきたな? 感心したぜ。今更だけど……。
「お前が俺に変な呪いをかけてるからだろ」
言い訳に聞こえるかな。
「かけてない」
「考えたんだ。お前と一緒にいるのは悪くない。今の俺はお前がいないと生きていけないし、アレをしなきゃいいわけだしな……」
「アレ」
「また殴るぞ、お前」
ウィルは浮かれているらしい。
俺のことが好き。言わせたのは俺。
それってどんな「好き」なんだ? 俺と同じ気持ちなんだろうか?
そんなことを考えていたら、だ。
突然、俺の匂いがブワッと辺りに広がってしまった。自分でもわかるくらいに。
「カイ……ッ!?」
え? 今? 何でだ?
ジーンが急いで俺から離れていく。
「すみません。あの、ジークさん、これは……」
すかさずジークが猫を呼ぶ。ジーンは焦るジークを見て声高に笑っている。
「これかぁ、ジーク。確かに一大事だ。放っておいたら死人が出るレベル。式の前に発動させるなんて殿下もやりますね。カイ様、無意識でおられますよね。コントロールできないんでしょう。これが男オメガ……、殿下のフェロモンに反応してるんですね。……いやん、愛だわ」
愛。……愛!?
「はあ!?」
「匂いづけをしなくてこれだ。殿下も罪深い」
ジークに睨まれて、ウィルは満足そうに笑ってる。
端的に言って、俺の匂いが以前に増して酷くなったということ。
結婚式はこれからだというこのタイミングで、更に外を歩きにくくなったってこと。
ジークが絶望していたのはそこ。
俺はウィルから与えられた刺激でフェロモンを発するから、式で暴発する可能性がある。
予測不可能な事態を引き起こす可能性があるということだ。
「大半の招待客から勘違いされるな?」
「勘違いって何を! ……笑うな」
ニヤニヤしているウィルが放出するフェロモンの量を下げたのがわかった。
「悪かった」
ウィルは全然悪いと思ってる顔をしてない。
この犬……!
「殿下がいない間はジークがカイ様のおそばにいることが多い?」
その質問は微妙に答えにくいと思っていると、矢継ぎ早にジーンが言う。
「ジークとカイ様が番に見えてしまうかも」
「それはない」
俺は間髪容れずに断言する。ウィルは笑うだけ。
ジークはジーンを睨んで、ウィルに耳打ち。二人でコソコソしてるかと思ったら、ウィルが座っていた一人用のソファから立ち上がる。
「時間だ。ジーン、あとは頼む」
それから俺の頭をギュッと片手で押さえつけてくるように撫でてくる。
ウィルはすぐに俺の前からいなくなる……。
「またしばらくグランバーグを離れるが、いい子にしてるんだぞ」
「お前がな!?」
「体力をつけておけ」
ウィルには細い細いと言われるが、タヌキ先生のおかげで体力と筋力はだいぶ戻ってきたんだぞ。
ジークもウィルと一緒に出ていった。
室内ではジーンによる衣装の手直しが再開した。
「ジーンはジークと全然性格が違うんですね」
話を変えよう。
「まあ、そうですね。ジークはアルファです。私は違うので」
「え」
そういえば、二人の顔つきは似ているが体の大きさも毛の色もだいぶ違う。ジークは黒と茶色と白が混ざった毛並み。ジーンの毛は薄茶色。
「母親が違うんです。ジークの母親はジークを産んでから間も無く産後の肥立が悪くて死にましてですね。あ、私の母は健在です」
「あ、そうなんだ……」
ジークの母親は男オメガに違いない。
出産で死んだってことはやはり、男の出産はハイリスク……?
そりゃそうだろ!
20
あなたにおすすめの小説
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
転生したら猫獣人になってました
おーか
BL
自分が死んだ記憶はない。
でも…今は猫の赤ちゃんになってる。
この事実を鑑みるに、転生というやつなんだろう…。
それだけでも衝撃的なのに、加えて俺は猫ではなく猫獣人で成長すれば人型をとれるようになるらしい。
それに、バース性なるものが存在するという。
第10回BL小説大賞 奨励賞を頂きました。読んで、応援して下さった皆様ありがとうございました。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。
篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。
2026/01/09 加筆修正終了
氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います
黄金
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻!
だったら離婚したい!
ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。
お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。
本編61話まで
番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。
※細目キャラが好きなので書いてます。
多くの方に読んでいただき嬉しいです。
コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる