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017-② 災難!?
しおりを挟むウィルが大剣を脇に挟んで、俺の手を取った。
「えっ」
指輪を掴まされたところに指を入れられた。俺がウィルの指に指輪を入れたことになった。
「あっ」
ウィルの指に、俺のと同じように絡まる不思議な指輪。急に俺の常識を試してくるな、この世界は!
指輪を嵌めただけなのに、俺の気持ちが静かに凪いでいく。
外野は騒がしい……。でも俺とウィルの間には静かで穏やかなときが流れる。
「これでお前の位置がわかるぞ」
「えっ」
位置情報共有システム? こんなのが? そして、俺が吃驚している間に!
ペロッ!? また口を舐められた!
「またっ!」
「匂いづけだ」
「そんなに何度もしなくていいだろ……」
「したっていいだろ」
ウィルの行動にいちいち反応してたらダメだ。
「まあいいや、もう」
俺は背中の留め具を外してもらって、檻みたいな衣装を急いで脱ぐ。折角ジーンが作ってくれた特注だけど、この服には機能性が欠けている。
下には平服を着てる。いつもの格好になったら、だいぶひんやりした。聖堂の中は寒かったんだ。
「殿下」
俺たちの後ろには、ずっと枢機卿がいた。
その更に後ろにデーンと建っている大きな女性像、ノエル様みたいに悟ったような雰囲気を醸し出してるが、若干怒っているように見える。
「くれぐれも理性を失われませんよう」
「ああ。せいぜい祈っていてくれ」
ウィルが上を見た。黒いカラスが天井を覆うように飛び回っていた。
カラスは聖堂内の小物や窓やステンドグラスを突いて割るばかりでなく、喚きながらあたりに糞を撒き散らし、全てを汚す。
その下ではネズミがその数を増殖している。
ネズミは体躯の大きいサベラに容易には勝てない。しかし、押してきてる。
数で圧倒してここまでやってきた。
衛兵はネズミに倒されるというよりもその素早い動きにすっかり翻弄されている。
が、倒されたネズミの数はそこかしこで山積みになるほどだ。
あの様子だと、ネズミはここにやってくるために相当多くの犠牲を払ったはずだ。
遠いキフィソスから、積年の恨みを抱いて。
だが、まるで使い捨ての駒のようにヴァルラのサベラに倒されていく。
俺を殺したいから。それだけのために命を捨てて。
どんだけ死にたがりなんだ。
そうじゃない。
きっかけがある。
俺だ。俺がこの世界に来たからいけないんだ。
「カイ」
ウィルが俺の前に出る。
「それは違う」
「何が違うんだ……」
またネズミが飛んでくる。ウィルはその顔を空いてる手で鷲掴みにする。
「こいつらはな」
ウィルが投げたネズミの体が宙に舞う。
こいつはこいつで何してんの……。
祭壇にネズミがじりじりと上がってきた。コンラートも衛兵も手一杯の状態のようだ。
ウィルが大剣を緩く構える。
「こいつらはお前を助けに来たんだ、カイ」
「え」
俺は俺の意思でここにいるよな?
まあ、ウィルに流されてるところはあるけど。
助けてなんて言ってない。帰りたいとは思ったけど。
「勿論、そんなものは建前だ……」
ウィルから発せられるアルファのフェロモン。コンラート以上の戦闘用……。
「男オメガが欲しいんだよ、こいつらは。俺のヨメがな」
囲われた。鳥人間ら教会の人間と一緒にだ。
俺が今いる、この国は。
まるで絵本の世界みたいにニンゲンとサベラが混在していて、一見して平和そうに見えるが、以前は違った。
あらゆる国を敵に回して喧嘩三昧だった。
そのときに、黒ずくめのネズミたちの故郷であるキフィソスもコテンパンにしてしまった。
そのせいで、キフィソスは国土を減らした。
この国、ヴァルラは恨まれている。
勿論、弱体化したキフィソスに援助した。したところで、過去は消えないわけだ。キフィソスとは定期的にドンパチしてるらしい。
今のヴァルラは平和を望んでいる。大量の奴隷を完全に解放するまでに百年かかったそうだ。その間も戦争は継続されていた。
一度始まった諍いはやすやすとは鎮まらないものだ。
様々な種族が自由に街を行き来しているのを見て、すごいなんて俺は呑気に思っていたけれど、殆どが他国から連れてきた奴隷なのだ。
この国の過去は重い。
ジークはキフィソスの話をしたとき俺に本当のことを言わなかった? 標的は初めから俺だった……?
俺の先生はみんなで俺に現実を見せてきた。その中にははっきり明言してこなかったこともあるけど、それなりに理解して察したつもりだ。
オメガが必要なのはヴァルラだけじゃない。でも、ヴァルラが一番オメガを欲しがってる。
だから、オメガの件で他国が茶々を入れてくる。
オメガは神秘な存在なんだ。それがヴァルラばかりにいるのは何故だと。
不公平だ。
ティタジェイルはグランバーグを守る城壁を兼ねた街だ。
グランバーグにいるのは力の強さで他を圧倒するアルファ。
グランバーグは敵からの侵入を防ぐだけの要塞ではない。
さっき、王様はたぶん地下道でグランバーグに戻った。
俺はこの国の文献からしか学んでないから、本当のところはどうかわからないけど。
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自衛をしながら。オメガの存在によって感情を抑えながら理性的に。
最強伝説を持つ王様が前に出た瞬間に、大戦争になるから。
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