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023-③ 波長!
しおりを挟むウィルが先に降りた。俺が降りようとしたら抱き留めてきて、馬車から出たあとは地面に降ろしてもらえず。
「だから、こういうのをやめろと言ってんの。恥ずかしいから」
「疲れてるんだろ?」
「主にお前のせいでな」
俺とウィルを大きな屋敷の玄関で出迎えてくれたのは、初見の犬人間二人、それから何と白クマさん。白クマさんはあらゆるところに出没する。
「プラエトル。どうしてここに?」
家主であるウィルですら想定外のことであったようだ。なお、プラエトルというのは白クマさんの役職らしい。
「さっき会ったばかりじゃないか」
「殿下が再度ラットの状態になりましたら、次は私が対応いたします。コンラートもジークも怪我をしているようですので」
「いい。必要ない。カイがいる」
「失敗したときの備えだと思っていただければ」
「………」
ウィルが嫌そうな顔をしたのがわかった。
「ウィル、失敗って?」
「しない。カイ。聞かなくていい」
白クマさんの前を通り過ぎるときに意味ありげにウィンクされた。何だろう?
使用人が居並ぶ大きな玄関を通り、館の内部へ。
見慣れた意匠の彫り物は廊下の壁面だけでなくアーチ天井まで覆っている。
窓の外は既に暗い。仄明るい照明の長い廊下を奥へと進む。
そのまま二階へと上がる。建物内部は華美ではないが洗練され、古い建造物らしく空間の使い方が贅沢だ。天井は高く、階段の踊り場が広すぎて、見慣れた文様の刺繍がされた布張りソファが置いてあった。
「わー……」
歴史を感じさせる建造物に俺は目を見張る。維持が大変そうだな。
なお、まだ下ろしてはもらえない。俺はウィルの肩越しに後ろを向いている。
「……あのさ、ウィル。俺、ただでさえ子どもっぽく見えるんだから、こういうことすると更に誤解を招く……」
「部屋まで連れていってやる」
後ろから何人かついてきている。目が合うから困るんだけど。
「……おい、なあ、俺、歩けるから」
「わかってる」
「ウィル、おい、ちょっと……」
自宅に帰ってきたというのにこの忙しさ。脇目も振らずに廊下を突進する、気の短い王子様。
「ずっと気になっていたんだが。……お前、いろんな奴の匂いがしみついてるな」
「あ、うん? そうかもしれない?」
それなりにいろんなサベラと接触したし。
「俺の匂いに変える」
「………」
どうやって。俺は想像するのを諦めた。
この館はウィルの匂いがする。実はそれですごく安心してるんだけど、そのことを口にはしない。ウィルが調子に乗るからな。
それにしても。
広過ぎる。広過ぎて自分が今どこにいるのか全然わからない。次に同じように来いと言われても難しいかもしれない。曲がり角も二股もたくさんあった。扉の数は角を二度曲がった辺りで数えるのを断念した。
「ここだ」
ウィルが言った。突き当たりの部屋だった。
付き添いが俺たちの前に回り込んできて扉を開く。
「普段は別のルートで逆から入る」
「あ、そうなんだ。ここ、入り口からだいぶ遠いもんな?」
中は風車の塔のウィルの書斎に似ていた。天井まで届く見事な書棚の前でようやく下ろしてもらえた。
「お前の部屋だ、寛げ」
「ウィルの部屋は?」
「同じに決まってるだろ」
「あんなに部屋がたくさんあったのに」
「この館に二人だけで住めないだろう」
常識を語られた。それはそうか。館には他にもたくさん人が住んでるけれど、これからはウィルの同じ部屋に住むのだ。
これでひとまず、俺の引っ越し生活にピリオドか?
応接間の周りにはまたいくつかの扉があって、マンションのようだった。
「奥の塔でのお前の要望を猫に書き取らせた。お前の国の風呂文化は特殊か? お前は風呂が好きだから文献を漁って作らせた」
「特殊というか。風呂はまあ、好きかな」
いろいろあって忘れていたのだが、今の俺はまあまあ薄汚れているのだった。海に入ったり、土煙の中をエーファに乗って何マイルも走ったり、埃っぽい廃墟の床に座ったり。
風呂、と言われると俄然入りたくなってくる。
「片腕が動かしにくいだろうから、体を洗うときに手伝ってやろうか?」
「風呂くらい一人で入れる」
「遠慮するな」
「してないから」
「ついでに他のサベラの不快な臭いを取り払ってやる」
「もういいから」
ウィルと一緒に風呂に入ったら何が起こるかわからない。落ち着けないじゃないか。
「わかった。じゃあ、今日はそこだけ引く」
俺の気持ちを読んできて、そこだけとは?
「明日先生が来るから腕を見てもらえ」
「ミシェル先生が? 何で? 腕は普通に動くよ? なあ、風呂はどこ?」
「入りたいのか?」
「うん」
「そんなに好きなのか……」
話しながら歩いて応接間を抜けた。ダイニングルームには広い窓辺があった。
長いテーブルにはテーブルランナーの上に大きな蝋燭立てなどが飾られている。
「あのさ。俺は庶民の出だから、あんまり派手なこと好きじゃないから。あと、自分でできることはするから。居心地良くしてくれるのはいいけど、まだ勉強しなきゃいけないことたくさんあるから、甘やかさないで協力して」
「お前には俺の番という立場もある。見た目を派手にして目立たせるつもりはないが、今後、市民の前に出ることもあるだろう。だが、無理強いはさせない、お前は俺のそばにいるだけでいい。明日以降の予定は明朝にでも話す。一旦、そこに座れ」
ダイニングテーブルの椅子をウィルが引く。座るよう求められたので、素直に従った。
ウィルは俺の横の椅子を引き出して座る。
「傷を見せてみろ」
「え? ああ」
そういえば、ウィルには見せてなかったな。物体ぶることじゃなかった。袖をまくって包帯を外した。
「………」
痣は酷いけれど、血は止まっている。傷は袖に隠れるし、包帯はもう必要ないな。
「悪かった」
ウィルが頭を下げてくる。ウィルが謝った! ウィルのそんな姿を見て、逆に焦ってしまった俺はウィルの頭を上げようと、その頭をガシッと掴む。
「気にするなよ。このくらいでお前の暴走を止められるなら安い方じゃない?」
「一歩間違えてたらどうなってたかわからないぞ……」
傷を撫でられる。痣に触られるとそれなりに痛いということに気づいた。
「本当は肩を噛ませようと思ったけど、間違って首を食い千切られたら俺が死んじゃうからさ。バケモノになったお前を止めるのって命懸けなのな。何なの、お前」
「何なのって……」
「聞いてたからさ、俺。それなり覚悟決めてたんだよ」
「その割に事情が汲めてないが?」
「え? そんなに簡単に男が男に体を差し出せると思ってんの?」
「……お前、だいぶ偉くなったな……?」
「フッ」
ウィルの真似をして笑ってやった。
俺は外した包帯を畳んでテーブルに置いた。よく見なくたって、血のついた包帯は汚い。
「じゃ、俺、これから風呂入るからさ。ここでいい子に待ってて」
「……俺を下に見て指図するとか。この世界でお前くらいだよ」
「そんなことないだろ」
俺は先に椅子から立ち上がる。次いで立ち上がろうとしたウィルの鼻スイッチを押してやった。
「じゃあな」
「……おい。誤魔化されないぞ」
控えていた犬人間が風呂までついてくると言ってきたので案内を頼んだ。
付き添ってくれた妙齢の御婦人(犬)の説明によると、風呂は寝室にも繋がっているらしい。
服を脱ぐときには一人にしてもらった。
石造の風呂の広い洗い場と広い湯船は一人で使うには勿体無かった。壁面の山の絵には圧倒された。雪山の絵。あ、これって日本の銭湯の内装を真似してるんだ。
湯船の角に備えつけられた大きなライオンの像。その口から湯気を立てて湯が大量に流れ落ちている。湯量が豊富で、湯船から溢れ出ていた。
「………」
木の椅子にぽつねんと座って石鹸を泡立てながら、……一緒に入っても良かったかな? と思ってしまった。
壁にライオンの顔がズラッと並んでいる。ライオンの鼻を捻ると口から湯が出てくる。この造りは間違っている気がする……。
風呂から出た。外で待ってくれていた御婦人と一緒に廊下を通って寝室へ向かった。
御婦人は当然、寝室までは入ってこなかった。
薄暗い寝室は無音。天蓋つきベッドが中央に置いてあった。
ベッドに腰掛ける。仰向けになる。天蓋の天井には星座の絵。俺の知っている星座と同じ。
俺はこれからずっとウィルと一緒にここで寝るらしい?
俺はさっき、今日は一緒に寝ないとはっきり伝えたつもりだけど、実際にベッドは一つ。
「……えっと」
どうしよう?
これって、いつかは一線を超えるのが前提じゃないか?
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