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21. サファイア
連れてこられたのは、王都でも一等地に位置するブティックだった。天井には、星屑を凍らせたようなシャンデリア。足音を完全に吸い込む、深紅の絨毯。
試してみる、とは言葉通りだったらしい。
生家でも、クロシェード家でも、歓迎されなかった私には、決して許されない世界がそこにあった。
「いらっしゃいませ、エルンスト様。お待ちしておりました」
店主らしきマダムが、深々と頭を下げる。
「彼女に合うものを」
短く告げると、彼は優雅にソファに腰を下ろした。次々と運ばれてくるドレス。シルク、ベルベット、レース。美しい布地が、私の体に当てがわれていく。
「――それがいい」
彼の一言で、ショーは終わる。
選ばれたのは、淡いラベンダー色のドレス。幾重にも重なる薄いシフォン生地は、動くたびに朝霧のように揺らめく。胸元には控えめな銀糸の刺繍。派手すぎず、けれど高貴な、春を告げる花の色。
「そのまま着ていこう。ギデオン、支払いを」
「あ、あの。こんな高いもの、いただけません」
私は慌ててドレスを脱ごうとした。手首を掴まれる。痛くない。けれど、逃さない強さで。
「些細なことだ」
フィンレイは静かに首を横に振った。
「その色のほうが、君の瞳を映えさせる。……俺の美観の問題だ」
それは、私の遠慮を封じるための、不器用で優しい言い訳に聞こえた。
まるで夢の中にいるようだった。髪を結い上げられ、頬に紅を差される。繊細なヒールに足を通す。鏡の中の私は、知らない少女の顔をしていた。
次に彼が向かった先は、宝石店。ガラスケースを覗き込む距離が、近い。袖が触れるたび、私は息を止める。フィンレイ様は真剣だ。鑑定士のように、宝石を見定めている。
「……動かないで」
私のすぐ後ろに彼が回り込む。そのまま、首元に手が伸ばされる。
冷たいプラチナのチェーンが肌に触れ、そのすぐ後を、彼の熱い指先が追う。触れるたび、肌が粟立つ。甘い痺れが走る。私は身動き一つできない。
「これはどうだ」
首元に当てられる、それは、深い、青。美しいサファイア。
呼吸が止まった。脳裏に閃く光景。地面に叩きつけられ、無惨に砕け散った母上の形見。飛び散った青い破片。
デザインは違う。けれど、その輝きは残酷なほど似ていた。
「気に入った?」
「いえ、その……」
言葉が詰まる。過去の棘が喉に刺さる。
「とても、綺麗すぎて」
「なら、これにしよう」
彼は迷わず店員に頷いた。大きな手が、そっと私の背に添えられる。震える私を支えるように。
「プレゼントするよ。今日はつけておいてほしい」
首元で、深海を切り取ったような美しい青が輝く。鏡越し。背後の彼と視線が絡む。
その時、私は気が付いた。その青は、私を優しく見つめる彼の瞳と、同じ色をしていた。
試してみる、とは言葉通りだったらしい。
生家でも、クロシェード家でも、歓迎されなかった私には、決して許されない世界がそこにあった。
「いらっしゃいませ、エルンスト様。お待ちしておりました」
店主らしきマダムが、深々と頭を下げる。
「彼女に合うものを」
短く告げると、彼は優雅にソファに腰を下ろした。次々と運ばれてくるドレス。シルク、ベルベット、レース。美しい布地が、私の体に当てがわれていく。
「――それがいい」
彼の一言で、ショーは終わる。
選ばれたのは、淡いラベンダー色のドレス。幾重にも重なる薄いシフォン生地は、動くたびに朝霧のように揺らめく。胸元には控えめな銀糸の刺繍。派手すぎず、けれど高貴な、春を告げる花の色。
「そのまま着ていこう。ギデオン、支払いを」
「あ、あの。こんな高いもの、いただけません」
私は慌ててドレスを脱ごうとした。手首を掴まれる。痛くない。けれど、逃さない強さで。
「些細なことだ」
フィンレイは静かに首を横に振った。
「その色のほうが、君の瞳を映えさせる。……俺の美観の問題だ」
それは、私の遠慮を封じるための、不器用で優しい言い訳に聞こえた。
まるで夢の中にいるようだった。髪を結い上げられ、頬に紅を差される。繊細なヒールに足を通す。鏡の中の私は、知らない少女の顔をしていた。
次に彼が向かった先は、宝石店。ガラスケースを覗き込む距離が、近い。袖が触れるたび、私は息を止める。フィンレイ様は真剣だ。鑑定士のように、宝石を見定めている。
「……動かないで」
私のすぐ後ろに彼が回り込む。そのまま、首元に手が伸ばされる。
冷たいプラチナのチェーンが肌に触れ、そのすぐ後を、彼の熱い指先が追う。触れるたび、肌が粟立つ。甘い痺れが走る。私は身動き一つできない。
「これはどうだ」
首元に当てられる、それは、深い、青。美しいサファイア。
呼吸が止まった。脳裏に閃く光景。地面に叩きつけられ、無惨に砕け散った母上の形見。飛び散った青い破片。
デザインは違う。けれど、その輝きは残酷なほど似ていた。
「気に入った?」
「いえ、その……」
言葉が詰まる。過去の棘が喉に刺さる。
「とても、綺麗すぎて」
「なら、これにしよう」
彼は迷わず店員に頷いた。大きな手が、そっと私の背に添えられる。震える私を支えるように。
「プレゼントするよ。今日はつけておいてほしい」
首元で、深海を切り取ったような美しい青が輝く。鏡越し。背後の彼と視線が絡む。
その時、私は気が付いた。その青は、私を優しく見つめる彼の瞳と、同じ色をしていた。
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