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27. 魔物を腹に飼う (フィンレイ過去回想編 -1-)
フィンレイ。本名をフィンレイ・リンドストロム。
彼は、魔術大国リンドストロムの地に、王となるべくして生まれた。
この帝国においては、魔術師としての力の強さが他のあらゆる秩序の頂点に君臨する。
王家の血が濃いほど魔力は強まる。そうして、王家がこそが、代々にわたって国家の繁栄を約束してきた。
現両陛下には、長らく子供ができなかった。玉座には常に不安の影が落ちていた。
だからこそ、待望の産声が大理石の回廊に響き渡った時、王宮は狂乱にも似た歓喜に沸き立った。
さらに、彼の生まれ持った魔力量は歴代のどの王よりも強大であることが判明した時、人々は畏怖の念さえも抱いた。
それは黄金時代の到来を予感させた。
しかし、歓喜は長くは続かなかった。彼が内側に宿して生まれたその魔力は、人間の器に収めるには大きすぎたのだ。
成長するにつれ、力強くなっていく赤子の泣き声は、王室の窓ガラスをすべて粉砕した。
母のために花を咲かせようとした五歳のある日。彼が魔力を込めた瞬間、花壇は美しい結晶の森へと変わり、そして砕け散った。跡には塵一つ残らなかった。
行き場を失った魔力は、その器に牙を剥いた。見えない重圧が骨をきしませ、血液を沸騰させる。栄光の約束はいつしか、肉体を内側から破壊しようとしていた。
薬、治癒、あらゆることを試したが、その腹に宿る魔力を宥めることはできなかった。
王は憂う。栄華の影に潜む、息子の破滅を。
王妃は泣く。愛するわが子が苦しむ姿を見て。代わってやりたい。その身が砕けても構わない。
けれど、両親の嘆きすら嘲笑うかのように、王子の内に吹き荒れる暴威は止むことはなかった。
時を経て、逞しくも美しい青年に成長したフィンレイは、タイムリミットが刻一刻と近づくのを感じながら、それでも決して諦めてはいなかった。運命に抗うことを。死を受け入れることを。
――――――
時は王宮舞踏会の約一月程前。
リンドストロム帝国 王宮にて。
庭園に降り立つ。かつて幼い頃、自分が塵にした庭園だ。手首をひねる。一切の無駄のない、優雅な動き。瞬間にして草木は茂り、花は咲き誇り、蝶は舞う。そして、鳥たちが歌い出し、突如現れた楽園を祝福した。
――そして、反動が訪れた。
予兆はなかった。胸の中で、何かが爆発した。ミシ、という嫌な音が肋骨の奥で響く。器が、砕けていく音。
「くっ……!」
喉から、悲鳴が漏れた。視界が白く染まるほどの激痛。砕けたガラスを飲み込んだようだ。腹の中で暴れ狂い、内臓を焼き焦がし、血液を沸騰させる。
ゴホッ、ゴホッ!
手袋をはめた手で、強く口元を覆う。暴力的な咳が体を襲い、芯から揺さぶった。手を離す。白いシルクが鮮烈な深紅で汚されていた。
膝から崩れ落ちた。たった今、自らが創り出した芝生の上に這いつくばる。陸の上で溺れるように、空気を求めて喘いだ。
生まれたばかりの蝶が、彼の周りを舞った。花々は風に優しく揺れている。完璧で美しい庭園は、死にゆく創造主を嘲笑うように、ただ静かに佇んでいた。
――――――
フィンレイは自身の執務室で、口元をハンカチで押さえていた。昨日、庭園で魔術を行使してから、喀血が止まらない。ハンカチは一瞬にして白から紅に染まる。
王室治癒者が、沈痛な面持ちで彼を見た。
「……最近、強い魔術を使われましたか」
「少し試していただけだ。そんなには使っていない」
フィンレイは血の付いたハンカチを握りつぶした。
「状況は極めて悪いです。殿下の器は……もう長くは持ちません。崩壊する寸前です」
フィンレイは窓の外へ視線を投げた。
眼下には、彼が統べるはずの、愛する美しい王都が広がっている。
死が迫っていた。歴史上最強の魔術師が、自身の力に殺されようとしている。
彼は、魔術大国リンドストロムの地に、王となるべくして生まれた。
この帝国においては、魔術師としての力の強さが他のあらゆる秩序の頂点に君臨する。
王家の血が濃いほど魔力は強まる。そうして、王家がこそが、代々にわたって国家の繁栄を約束してきた。
現両陛下には、長らく子供ができなかった。玉座には常に不安の影が落ちていた。
だからこそ、待望の産声が大理石の回廊に響き渡った時、王宮は狂乱にも似た歓喜に沸き立った。
さらに、彼の生まれ持った魔力量は歴代のどの王よりも強大であることが判明した時、人々は畏怖の念さえも抱いた。
それは黄金時代の到来を予感させた。
しかし、歓喜は長くは続かなかった。彼が内側に宿して生まれたその魔力は、人間の器に収めるには大きすぎたのだ。
成長するにつれ、力強くなっていく赤子の泣き声は、王室の窓ガラスをすべて粉砕した。
母のために花を咲かせようとした五歳のある日。彼が魔力を込めた瞬間、花壇は美しい結晶の森へと変わり、そして砕け散った。跡には塵一つ残らなかった。
行き場を失った魔力は、その器に牙を剥いた。見えない重圧が骨をきしませ、血液を沸騰させる。栄光の約束はいつしか、肉体を内側から破壊しようとしていた。
薬、治癒、あらゆることを試したが、その腹に宿る魔力を宥めることはできなかった。
王は憂う。栄華の影に潜む、息子の破滅を。
王妃は泣く。愛するわが子が苦しむ姿を見て。代わってやりたい。その身が砕けても構わない。
けれど、両親の嘆きすら嘲笑うかのように、王子の内に吹き荒れる暴威は止むことはなかった。
時を経て、逞しくも美しい青年に成長したフィンレイは、タイムリミットが刻一刻と近づくのを感じながら、それでも決して諦めてはいなかった。運命に抗うことを。死を受け入れることを。
――――――
時は王宮舞踏会の約一月程前。
リンドストロム帝国 王宮にて。
庭園に降り立つ。かつて幼い頃、自分が塵にした庭園だ。手首をひねる。一切の無駄のない、優雅な動き。瞬間にして草木は茂り、花は咲き誇り、蝶は舞う。そして、鳥たちが歌い出し、突如現れた楽園を祝福した。
――そして、反動が訪れた。
予兆はなかった。胸の中で、何かが爆発した。ミシ、という嫌な音が肋骨の奥で響く。器が、砕けていく音。
「くっ……!」
喉から、悲鳴が漏れた。視界が白く染まるほどの激痛。砕けたガラスを飲み込んだようだ。腹の中で暴れ狂い、内臓を焼き焦がし、血液を沸騰させる。
ゴホッ、ゴホッ!
手袋をはめた手で、強く口元を覆う。暴力的な咳が体を襲い、芯から揺さぶった。手を離す。白いシルクが鮮烈な深紅で汚されていた。
膝から崩れ落ちた。たった今、自らが創り出した芝生の上に這いつくばる。陸の上で溺れるように、空気を求めて喘いだ。
生まれたばかりの蝶が、彼の周りを舞った。花々は風に優しく揺れている。完璧で美しい庭園は、死にゆく創造主を嘲笑うように、ただ静かに佇んでいた。
――――――
フィンレイは自身の執務室で、口元をハンカチで押さえていた。昨日、庭園で魔術を行使してから、喀血が止まらない。ハンカチは一瞬にして白から紅に染まる。
王室治癒者が、沈痛な面持ちで彼を見た。
「……最近、強い魔術を使われましたか」
「少し試していただけだ。そんなには使っていない」
フィンレイは血の付いたハンカチを握りつぶした。
「状況は極めて悪いです。殿下の器は……もう長くは持ちません。崩壊する寸前です」
フィンレイは窓の外へ視線を投げた。
眼下には、彼が統べるはずの、愛する美しい王都が広がっている。
死が迫っていた。歴史上最強の魔術師が、自身の力に殺されようとしている。
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