22 / 51
22. 自信
店を出る。石畳は不規則で、慣れないヒールが頼りない。
「転ぶと危ない」
差し出された腕。一瞬の躊躇い。けれど、転んで迷惑をかけるわけにはいかない。おずおずと手を添える。上質な生地越しに伝わる、硬く、温かい感触。ギデオンは影のように背後へ下がった。
すれ違う人々が、振り返る。男も、女も。さざめくような囁き声が、肌を刺す。
(変なんだわ。きっと、似合っていない)
私は身を竦める。馬子にも衣装だと笑われているに違いない。俯いて、視線を足元に落としかけた、その時。
繋いだ腕に、とん、と微かな力がこもった。フィンレイ様は前を見据えたまま、私にしか聞こえない声で言った。
「顔を上げて。堂々としていろ。皆、君に目を奪われている」
「え……? わ、笑っているのではなく?」
フィンレイは、声を上げて笑った。その屈託のない笑顔に、心臓が跳ねる。
「まさか。……今の君は、息を飲むほど美しいよ」
思いがけない言葉に、時が止まる。今まで誰からも言われたことのない、甘やかな響き。思考が白く飛んだ。
なんと返せばいいのかわからない。じわりと頬に熱が集まり、耳の先まで赤く染めていくのがわかった。
「知らなかったのか?男たちは目を皿のようにして君を見つめ、女たちは羨望の眼差しで君を焼いている」
彼は一瞬だけ視線を落とし、優しく目を細めた。私の強張りを溶かすように。
「離れないように気を付けて。狼の群れに、君を放り出すわけにはいかないからな」
その言葉に、私はハッとした。
彼は気づいていたのだ。私が萎縮し、自ら価値を下げようとしていることに。
だからこそ、美しいドレスを着せ、紅をさし、宝石を贈ることで、「自信を持て」と奮い立たせてくれていた。それは、私がまた一歩踏み出す、現状を変える力になると信じて。
彼の隣に立つ資格など、私にはないかもしれない。けれど、彼がこれほどまでに私を信じ、「美しい」と言ってくれるなら。その言葉を嘘にしないためにも、卑屈な背中は見せられない。
私は息を吸い込む。勇気を出して顔を上げ、背筋を伸ばす。彼の隣にふさわしい「私」であるために、私は前を向いた。
陽が落ち、影が世界を塗りつぶしていく。初秋の空気の冷たさが肺を満たした。
「お腹は空いているか?」
馬車の中で、フィンレイ様が尋ねた。私は小さく首を横に振る。胸がいっぱいで、喉を通る気がしなかった。今日一日の出来事が、とてつもなく長い時間のように感じた。
「そうか。……ギデオン、行き先変更だ」
フィンレイが小窓をノックして告げる。
「どちらへ?」
分厚いガラス越しに、御者席からギデオンの声がした。
「あの丘へ」
馬車は街の喧騒を離れ、石畳の坂を登っていく。
「転ぶと危ない」
差し出された腕。一瞬の躊躇い。けれど、転んで迷惑をかけるわけにはいかない。おずおずと手を添える。上質な生地越しに伝わる、硬く、温かい感触。ギデオンは影のように背後へ下がった。
すれ違う人々が、振り返る。男も、女も。さざめくような囁き声が、肌を刺す。
(変なんだわ。きっと、似合っていない)
私は身を竦める。馬子にも衣装だと笑われているに違いない。俯いて、視線を足元に落としかけた、その時。
繋いだ腕に、とん、と微かな力がこもった。フィンレイ様は前を見据えたまま、私にしか聞こえない声で言った。
「顔を上げて。堂々としていろ。皆、君に目を奪われている」
「え……? わ、笑っているのではなく?」
フィンレイは、声を上げて笑った。その屈託のない笑顔に、心臓が跳ねる。
「まさか。……今の君は、息を飲むほど美しいよ」
思いがけない言葉に、時が止まる。今まで誰からも言われたことのない、甘やかな響き。思考が白く飛んだ。
なんと返せばいいのかわからない。じわりと頬に熱が集まり、耳の先まで赤く染めていくのがわかった。
「知らなかったのか?男たちは目を皿のようにして君を見つめ、女たちは羨望の眼差しで君を焼いている」
彼は一瞬だけ視線を落とし、優しく目を細めた。私の強張りを溶かすように。
「離れないように気を付けて。狼の群れに、君を放り出すわけにはいかないからな」
その言葉に、私はハッとした。
彼は気づいていたのだ。私が萎縮し、自ら価値を下げようとしていることに。
だからこそ、美しいドレスを着せ、紅をさし、宝石を贈ることで、「自信を持て」と奮い立たせてくれていた。それは、私がまた一歩踏み出す、現状を変える力になると信じて。
彼の隣に立つ資格など、私にはないかもしれない。けれど、彼がこれほどまでに私を信じ、「美しい」と言ってくれるなら。その言葉を嘘にしないためにも、卑屈な背中は見せられない。
私は息を吸い込む。勇気を出して顔を上げ、背筋を伸ばす。彼の隣にふさわしい「私」であるために、私は前を向いた。
陽が落ち、影が世界を塗りつぶしていく。初秋の空気の冷たさが肺を満たした。
「お腹は空いているか?」
馬車の中で、フィンレイ様が尋ねた。私は小さく首を横に振る。胸がいっぱいで、喉を通る気がしなかった。今日一日の出来事が、とてつもなく長い時間のように感じた。
「そうか。……ギデオン、行き先変更だ」
フィンレイが小窓をノックして告げる。
「どちらへ?」
分厚いガラス越しに、御者席からギデオンの声がした。
「あの丘へ」
馬車は街の喧騒を離れ、石畳の坂を登っていく。
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
【完結】妹ばかり愛され追い出された姉ですが、無口な夫と暮らす日々が幸せすぎます
コトミ
恋愛
セラフィナは、実の親と、妹によって、家から追い出されることとなった。セラフィナがまだ幼い頃、両親は病弱なカタリナのため設備環境が良い王都に移り住んだ。姉のセラフィナは元々両親とともに住んでいた田舎に使用人のマーサの二人きりで暮らすこととなった。お金のない子爵家な上にカタリナのためお金を稼がなくてはならないため、子供二人を王都で暮らすには無理があるとセラフィナだけ残されたのだ。そしてセラフィナが19歳の時、3人が家へ戻ってきた。その理由はカタリナの婚約が上手くいかず王宮にいずらくなったためだ。やっと家族で暮らせると心待ちにしていたセラフィナは帰宅した父に思いがけないことを告げられる。
「お前はジェラール・モンフォール伯爵と結婚することになった。すぐに荷物をまとめるんだ。一週間後には結婚式だ」
困惑するセラフィナに対して、冷酷にも時間は進み続け、結婚生活が始まる。
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい
廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!
レジーナブックス様から書籍が4月下旬に発売されます!
王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。
ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。
『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。
ならばと、シャルロットは別居を始める。
『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。
夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。
それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。