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30. 鳥と文
あの、夢か現か区別がつかないような一日から数日が経った。フィンレイ様は、毎日のように欠かさず小鳥で文を送ってくれた。
毎朝、嘴で窓をコツコツと叩く音で目を覚ます。
窓を開け、鳥を部屋の中に招き入れる。以前とは違い、その鳥は光の粒子に還ることなく、ちょこんと机の上で羽を休めている。
私は枝のような足に括りつけられた手紙を取り、開く。文には丁寧で美しいフィンレイ様の手書きの文字が並ぶ。
『おはよう。よく眠れたか?こちらは相変わらずギデオンがうるさい。今日も無理はしないように』
『今日は冷える。温かい恰好をするといい。風邪に気を付けて』
『ちゃんと毎日食べているか?君の好物を教えてほしい』
読み終えると文は跡形もなく消える。鳥だけが残り、急かすように、片足を私のほうへ突き出す。
私は袖机の引き出しから羊皮紙と筆ペンを取り出し、返事を書く。
『おはようございます。昨夜はとても良い夢を見られました。ギデオン様をあまり困らせないであげてくださいね。フィンレイ様も、どうかご無理をなさらず』
『お気遣いありがとうございます。部屋の中で温かく過ごします。フィンレイ様も、どうかお気をつけて』
『はい、ちゃんと食べています。好きなものは……甘い焼き林檎です。』
小鳥の足に羊皮紙を括りつけると、それは矢のように窓の外へと飛び立っていく。
短いけれど、宝物のようなやりとりを私は毎日胸に抱きしめながら、寒々とした屋敷の中で過ごした。
ある日の朝。いつものように黄金色の嘴が窓をつついた。切り取られた窓枠の向こうでは、葉を落とした木々が寒空の下で震えていた。
私は文を取り、開く。毎朝の儀式。
『正午いつもの場所で』
簡潔に、要件だけを伝える内容。
私はドアの鍵を開け、廊下を通りかかった侍女を呼び止めた。この屋敷で唯一、私を人間として扱ってくれるカリナだ。
「カリナ、少し手伝ってくれる?」
部屋に入ってきたカリナは、私がクローゼットから取り出したドレスを見て、息を呑んだ。
それは淡いラベンダー色のデイドレス。先日、フィンレイ様が選んでくれたものだ。
華美な装飾はないが、上品なレースがあしらわれ、何より生地が滑らかで美しい。
「お嬢様、これは……」
「……内緒よ。誰にも言わないで」
私が人差し指を唇に当てると、カリナは心得たように小さく頷いた。彼女の手つきは優しく、手早い。
コルセットの紐を締め、背中のくるみボタンを一つずつ留めていく。
彼女は私を鏡台の前に座らせる。手が踊るように静かに動く。紅が引かれ、髪が結い上げられる。
「できました。お嬢様、本当に素敵です……まるで、早咲きの藤の花のよう」
カリナが鏡に映る私を見て、彼女はうっとりと溜息をついた。
鏡の中。ラベンダーの絹が、青白い肌に柔らかい血色を与えていた。唇の淡い赤は、陶器の人形に命を吹き込む温もり。陽光に煌めく髪は、かつての野暮ったい少女の影を消し去っていた。
「……ありがとう、カリナ」
「いってらっしゃいませ。誰にも見つからないよう、裏口の鍵を開けておきますね」
いつもの優しい心遣い。
私は足音を殺し、いつものように裏口から屋敷を抜け出そうとする。その時。
「どこへ行く。具合はもういいのか」
鋭く冷たい声が背中を刺した。肩が震える。振り返らなくても誰だかわかる。リアム様だ。
「……教会へ。祈りのためです」
動揺を隠して嘘をつく。息を殺す。彼が近づいてくる気配がした。
「おい、待て――」
伸ばされた腕をすり抜けて、私は扉から外へ。そして、光の中へと滑り出した。
毎朝、嘴で窓をコツコツと叩く音で目を覚ます。
窓を開け、鳥を部屋の中に招き入れる。以前とは違い、その鳥は光の粒子に還ることなく、ちょこんと机の上で羽を休めている。
私は枝のような足に括りつけられた手紙を取り、開く。文には丁寧で美しいフィンレイ様の手書きの文字が並ぶ。
『おはよう。よく眠れたか?こちらは相変わらずギデオンがうるさい。今日も無理はしないように』
『今日は冷える。温かい恰好をするといい。風邪に気を付けて』
『ちゃんと毎日食べているか?君の好物を教えてほしい』
読み終えると文は跡形もなく消える。鳥だけが残り、急かすように、片足を私のほうへ突き出す。
私は袖机の引き出しから羊皮紙と筆ペンを取り出し、返事を書く。
『おはようございます。昨夜はとても良い夢を見られました。ギデオン様をあまり困らせないであげてくださいね。フィンレイ様も、どうかご無理をなさらず』
『お気遣いありがとうございます。部屋の中で温かく過ごします。フィンレイ様も、どうかお気をつけて』
『はい、ちゃんと食べています。好きなものは……甘い焼き林檎です。』
小鳥の足に羊皮紙を括りつけると、それは矢のように窓の外へと飛び立っていく。
短いけれど、宝物のようなやりとりを私は毎日胸に抱きしめながら、寒々とした屋敷の中で過ごした。
ある日の朝。いつものように黄金色の嘴が窓をつついた。切り取られた窓枠の向こうでは、葉を落とした木々が寒空の下で震えていた。
私は文を取り、開く。毎朝の儀式。
『正午いつもの場所で』
簡潔に、要件だけを伝える内容。
私はドアの鍵を開け、廊下を通りかかった侍女を呼び止めた。この屋敷で唯一、私を人間として扱ってくれるカリナだ。
「カリナ、少し手伝ってくれる?」
部屋に入ってきたカリナは、私がクローゼットから取り出したドレスを見て、息を呑んだ。
それは淡いラベンダー色のデイドレス。先日、フィンレイ様が選んでくれたものだ。
華美な装飾はないが、上品なレースがあしらわれ、何より生地が滑らかで美しい。
「お嬢様、これは……」
「……内緒よ。誰にも言わないで」
私が人差し指を唇に当てると、カリナは心得たように小さく頷いた。彼女の手つきは優しく、手早い。
コルセットの紐を締め、背中のくるみボタンを一つずつ留めていく。
彼女は私を鏡台の前に座らせる。手が踊るように静かに動く。紅が引かれ、髪が結い上げられる。
「できました。お嬢様、本当に素敵です……まるで、早咲きの藤の花のよう」
カリナが鏡に映る私を見て、彼女はうっとりと溜息をついた。
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「……ありがとう、カリナ」
「いってらっしゃいませ。誰にも見つからないよう、裏口の鍵を開けておきますね」
いつもの優しい心遣い。
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「どこへ行く。具合はもういいのか」
鋭く冷たい声が背中を刺した。肩が震える。振り返らなくても誰だかわかる。リアム様だ。
「……教会へ。祈りのためです」
動揺を隠して嘘をつく。息を殺す。彼が近づいてくる気配がした。
「おい、待て――」
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