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37. 来訪
「着いたわ。これがセレスタリア帝国……」
船の甲板から、徐々に近づく大地を眺める。海風に、プラチナブロンドの髪がさらりと揺れた。後ろで大きなサファイアブルーのリボンで結い上げ、ハーフアップにしている。
その隣には、栗色の髪の歳半ばの女性が微笑みながら立っていた。
「待っててね、フィンレイ様。エレナがすぐに見つけ出すから」
数日前、屋敷でのやり取りを思い出す。
「セレスタリア?どうしてまた?」
驚いて大声を上げたエレナに、マリアは困ったように答えた。
マリアは幼い頃から何かと自由奔放なエレナの世話を焼いてきた忠実な侍女だ。
「さぁ……詳しいことはわからないのですが、とにかくセレスタリアに向けて発たれたとか」
「私も行く」
「へ?」
「心配だもの。最近、ますますお具合も良くないようでしたし」
「お嬢様……どうかお考え直しを。ご旅行とは違うのですよ?」
「わかってるわ。明日出発するわよ。荷物をまとめて」
マリアが深いため息をついた。
けれど、結局こうしてついてきてくれるのだから、彼女も甘いのだ。
――――――
セレスタリアの帝都、人目を避けた隠れ家。フィンレイは肘掛け椅子に深く沈み込み、王立図書館から持ち出した記録を眺めていた。向かいのソファでは、ギデオンが資料をまとめている。
突然、激しい咳が彼を襲った。口元を押さえる。顔色は蒼白だ。ユリアナと最後に会ってから数日。フィンレイの体調はまた悪化の一途を辿っていた。
コン、コン。
乾いたノックの音が響いた瞬間、室内の空気が一瞬で凍りついた。
重苦しい沈黙が降りる。この隠れ家を知る者はいないはずだ。ここを訪ねてくる者など、皆無に等しい。
フィンレイとギデオンが鋭い視線を交わす。ギデオンは音もなく立ち上がると、腰の武器に手をかけながら慎重にドアへと近づき、静かに錠を外した。
ドアが開いた瞬間、白いレースとリボンの塊が弾丸のように飛び込んできて、そのままフィンレイの胸元に突撃した。
ドスン、という衝撃に、フィンレイは一瞬固まり、侵入者を見て露骨に面倒そうな顔をした。
「……エレナ、お前か」
エレナ・リンドストロム。王家の分家の令嬢であり、フィンレイの遠縁の親戚だ。
「やっぱりここにいらしたのね! ああもう、どれだけ心配したと思っているのですか!」
彼の冷たい反応など意に介さず、エレナは爪先立ちになると、フィンレイの頬に片方ずつ挨拶のキスを落とした。
「遠路はるばる国境を越えて追いかけてきたというのに、なんですかその顔は?」
「頼んでない」
「もー! 相変わらず冷たいんですね!」
彼女は可愛らしく頬を膨らませ、不満げなリスのように唇を尖らせた。けれどその瞳は、彼を見つけられた喜びでキラキラと輝いていた。
「エレナ様、お久しぶりです」
呆気にとられるフィンレイを傍目に、ギデオンは表情一つ変えずに恭しく一礼する。
「あらギデオン、相変わらず堅苦しいわね」
ズカズカと隠れ家に上がり込むエレナ。
「マリア、スーツケースはそこに置いてちょうだい」
「かしこまりました」
背後のマリアが、ニコニコと笑みをたたえながら、巨大な荷物を部屋の隅に置いた。
「何のつもりだ?」
フィンレイが頭痛を堪えるように呻く。
「泊めてちょうだい。広いし部屋は余っているでしょう?」
「宿に泊まればいいだろう」
「あなた様を心配して来たのよ?近くで見ていないと、せっかく海を渡ってきた意味がないわ!」
頭を抱えるフィンレイ。タチが悪い頭痛の種が増えた。ギデオンは諦めたように息を吐いた。
「……お部屋を用意しましょう。異国の地にエレナ様を放り出すわけにはいきませんから」
「さすがギデオン、気が利くわね。どこかの王子様とは大違い」
エレナは勝ち誇ったように胸を張った。
「どうやってここがわかったんだ?」
フィンレイが尋ねる。建物の周囲にはギデオンが複雑な結界を張っていたはずだった。
「私がフィンレイ様を見つけられないことがありましたか?
彼女は得意げに言った。
「答えになってないな」
「一言で言えば、これは愛ですよ、愛! ……それとも、優秀な追跡能力と言った方がお好みですか?」
ふと記憶が蘇る。
フィンレイは、自身の呪いや体調不良で心が荒むと、誰の目にも触れない場所に姿をくらます癖があった。
大人たちや優秀な衛兵でさえ彼を見つけられない中、エレナだけは必ず彼を見つけ出した。
『みーつけた!』
『エレナ……またお前か』
『あ、何ですかその言い方! 一人でこんなところにいて、寂しくないんですか?』
『静かに過ごしたいから隠れているんだ。察しろ』
『ふーん。じゃあ、私が静かに隣にいてあげるますね』
そう言ってエレナは、フィンレイが「帰れ」と言っても聞かず、彼の隣に座り込んで本を読んだり、勝手にうたた寝を始めたりする。
結局、フィンレイは眠ってしまったエレナに自分の上着を掛けてやり、彼女が起きるまでその場を動けなくなるのが常だった。
腐れ縁、といってしまえばそこまでだが、気が付けば常にフィンレイの周りをちょこまかと動き回っているのが、彼女だった。
船の甲板から、徐々に近づく大地を眺める。海風に、プラチナブロンドの髪がさらりと揺れた。後ろで大きなサファイアブルーのリボンで結い上げ、ハーフアップにしている。
その隣には、栗色の髪の歳半ばの女性が微笑みながら立っていた。
「待っててね、フィンレイ様。エレナがすぐに見つけ出すから」
数日前、屋敷でのやり取りを思い出す。
「セレスタリア?どうしてまた?」
驚いて大声を上げたエレナに、マリアは困ったように答えた。
マリアは幼い頃から何かと自由奔放なエレナの世話を焼いてきた忠実な侍女だ。
「さぁ……詳しいことはわからないのですが、とにかくセレスタリアに向けて発たれたとか」
「私も行く」
「へ?」
「心配だもの。最近、ますますお具合も良くないようでしたし」
「お嬢様……どうかお考え直しを。ご旅行とは違うのですよ?」
「わかってるわ。明日出発するわよ。荷物をまとめて」
マリアが深いため息をついた。
けれど、結局こうしてついてきてくれるのだから、彼女も甘いのだ。
――――――
セレスタリアの帝都、人目を避けた隠れ家。フィンレイは肘掛け椅子に深く沈み込み、王立図書館から持ち出した記録を眺めていた。向かいのソファでは、ギデオンが資料をまとめている。
突然、激しい咳が彼を襲った。口元を押さえる。顔色は蒼白だ。ユリアナと最後に会ってから数日。フィンレイの体調はまた悪化の一途を辿っていた。
コン、コン。
乾いたノックの音が響いた瞬間、室内の空気が一瞬で凍りついた。
重苦しい沈黙が降りる。この隠れ家を知る者はいないはずだ。ここを訪ねてくる者など、皆無に等しい。
フィンレイとギデオンが鋭い視線を交わす。ギデオンは音もなく立ち上がると、腰の武器に手をかけながら慎重にドアへと近づき、静かに錠を外した。
ドアが開いた瞬間、白いレースとリボンの塊が弾丸のように飛び込んできて、そのままフィンレイの胸元に突撃した。
ドスン、という衝撃に、フィンレイは一瞬固まり、侵入者を見て露骨に面倒そうな顔をした。
「……エレナ、お前か」
エレナ・リンドストロム。王家の分家の令嬢であり、フィンレイの遠縁の親戚だ。
「やっぱりここにいらしたのね! ああもう、どれだけ心配したと思っているのですか!」
彼の冷たい反応など意に介さず、エレナは爪先立ちになると、フィンレイの頬に片方ずつ挨拶のキスを落とした。
「遠路はるばる国境を越えて追いかけてきたというのに、なんですかその顔は?」
「頼んでない」
「もー! 相変わらず冷たいんですね!」
彼女は可愛らしく頬を膨らませ、不満げなリスのように唇を尖らせた。けれどその瞳は、彼を見つけられた喜びでキラキラと輝いていた。
「エレナ様、お久しぶりです」
呆気にとられるフィンレイを傍目に、ギデオンは表情一つ変えずに恭しく一礼する。
「あらギデオン、相変わらず堅苦しいわね」
ズカズカと隠れ家に上がり込むエレナ。
「マリア、スーツケースはそこに置いてちょうだい」
「かしこまりました」
背後のマリアが、ニコニコと笑みをたたえながら、巨大な荷物を部屋の隅に置いた。
「何のつもりだ?」
フィンレイが頭痛を堪えるように呻く。
「泊めてちょうだい。広いし部屋は余っているでしょう?」
「宿に泊まればいいだろう」
「あなた様を心配して来たのよ?近くで見ていないと、せっかく海を渡ってきた意味がないわ!」
頭を抱えるフィンレイ。タチが悪い頭痛の種が増えた。ギデオンは諦めたように息を吐いた。
「……お部屋を用意しましょう。異国の地にエレナ様を放り出すわけにはいきませんから」
「さすがギデオン、気が利くわね。どこかの王子様とは大違い」
エレナは勝ち誇ったように胸を張った。
「どうやってここがわかったんだ?」
フィンレイが尋ねる。建物の周囲にはギデオンが複雑な結界を張っていたはずだった。
「私がフィンレイ様を見つけられないことがありましたか?
彼女は得意げに言った。
「答えになってないな」
「一言で言えば、これは愛ですよ、愛! ……それとも、優秀な追跡能力と言った方がお好みですか?」
ふと記憶が蘇る。
フィンレイは、自身の呪いや体調不良で心が荒むと、誰の目にも触れない場所に姿をくらます癖があった。
大人たちや優秀な衛兵でさえ彼を見つけられない中、エレナだけは必ず彼を見つけ出した。
『みーつけた!』
『エレナ……またお前か』
『あ、何ですかその言い方! 一人でこんなところにいて、寂しくないんですか?』
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『ふーん。じゃあ、私が静かに隣にいてあげるますね』
そう言ってエレナは、フィンレイが「帰れ」と言っても聞かず、彼の隣に座り込んで本を読んだり、勝手にうたた寝を始めたりする。
結局、フィンレイは眠ってしまったエレナに自分の上着を掛けてやり、彼女が起きるまでその場を動けなくなるのが常だった。
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