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36. 調査と予感
王立図書館の裏手、深い木立の闇に紛れるようにして、フィンレイは腕を組んで立っていた。
音もなく、影が滑り込んでくる。ギデオンだ。
「……遅い」
「警備の目を掻い潜るのに手間取りました。こちらが、例のクロシェード家の帳簿です」
ギデオンが差し出した羊皮紙の束を受け取る。月明かりを頼りに、フィンレイはパラパラとページを捲った。その指が止まる。端正な眉間に深い皺が刻まれた。
「……これは」
「何かありましたか?」
「ああ。どうやら読みは当たっていたようだ」
フィンレイは口元を歪め、資料を懐に仕舞い込んだ。
「それから殿下。もう一つ、気になるものを見つけました」
ギデオンが懐から、もう一枚の羊皮紙を取り出した。
「それは?」
「アリスとかいう女……彼女の父親の商社についてです。裏帳簿に奇妙な取引記録がありました」
彼は指先で、ある一行を示した。月明かりの下、不吉な文字列が浮かび上がる。ギデオンはさらに声を潜めた。
「品名は空欄。ですが、この『コード:S』……受け取り場所は港の倉庫街にある、非合法組織のアジトになっています」
「……それは臭うな」
フィンレイは眉をひそめた。表向きはまともな会社が、裏でマフィアまがいの連中と繋がっている。
「少量の割に金額は大きい。宝石か、禁制品か……あるいは武器か。詳細は不明ですが、定期的に何かを運び込ませているのは間違いありません」
「ただの贅沢品なら隠す必要はない。……嫌な予感がする」
夜風が吹き抜け、木々がざわりと音を立てた。
「ちょうど今週末、次の受け渡しが予定されているようです」
「いいだろう。直接この目で確かめに行こう」
フィンレイは手袋をきつく締め直す。
「かしこまりました」
ギデオンが一礼する。それから言いにくそうに口を開く。
「……殿下、よろしいのですか?」
「何がだ」
「もう猶予はありません。彼女のことは諦めて、他を探すとか――」
ギデオンの言葉は喉の奥で詰まった。凍てつくような鋭い視線が主から向けられたのだ。
「……彼女と会わなくなってから、数日。たった数日だ。」
フィンレイは自身の胸元を強く鷲掴みにし、苦痛を堪えるように息を吐いた。
「それだけで、器のひびは加速度的に広がり続けているのを感じる。」
彼は奥歯を噛み締め、凍りついた声で告げた。
「彼女がアンカーだと、99パーセントの可能性で確信している。他などない」
その目は決して揺れない。
「しかし彼女はすでに公爵子息と――」
「これは彼女との契約の一部だ。一度交わした以上は責任を持つ。それに――」
フィンレイは制すように声のトーンを低くした。
「――人の性というものは、そう簡単に変わるものではない。」
その瞳に滲むのはリアムに対する明確な侮蔑と警戒色。
「しかし、無理に動いて彼女に迷惑がかかるのも避けたい。」
一度言葉を切り、彼はゆっくりと振り返った。
「……慎重に進めるべきだ。だから、今はできることを優先してやる、それだけだ。違うか?」
「恐れながら……、それは、母国の未来の王としてのお考えですか? それとも、――私情ですか?」
「……さあな」
フィンレイのブルーの瞳は暗く、読めない。だが、その奥にある熱を、ギデオンは見逃さなかった。
男はこれ以上の進言は失礼にあたると思ったのか、話題を変えた。
「そういえば、先ほどリンドストロムの通信士から連絡がありました」
「なんて?」
「エレナ様が、リンドストロムを発ち、こちらへ向かったと」
「は……?」
フィンレイの顔が、この日一番の不快感に歪んだ。
「なぜ?あいつが」
「殿下の身を案じているのでしょう。……あまり冷たくなさらないであげてください。彼女なりに必死なのです」
「……余計なお世話だ。あいつが来ると物事が拗れる。ただでさえ――」
フィンレイは大げさに肩をすくめ、夜空を仰いだ。頭痛の種がまた一つ増えたと言いたげに。
音もなく、影が滑り込んでくる。ギデオンだ。
「……遅い」
「警備の目を掻い潜るのに手間取りました。こちらが、例のクロシェード家の帳簿です」
ギデオンが差し出した羊皮紙の束を受け取る。月明かりを頼りに、フィンレイはパラパラとページを捲った。その指が止まる。端正な眉間に深い皺が刻まれた。
「……これは」
「何かありましたか?」
「ああ。どうやら読みは当たっていたようだ」
フィンレイは口元を歪め、資料を懐に仕舞い込んだ。
「それから殿下。もう一つ、気になるものを見つけました」
ギデオンが懐から、もう一枚の羊皮紙を取り出した。
「それは?」
「アリスとかいう女……彼女の父親の商社についてです。裏帳簿に奇妙な取引記録がありました」
彼は指先で、ある一行を示した。月明かりの下、不吉な文字列が浮かび上がる。ギデオンはさらに声を潜めた。
「品名は空欄。ですが、この『コード:S』……受け取り場所は港の倉庫街にある、非合法組織のアジトになっています」
「……それは臭うな」
フィンレイは眉をひそめた。表向きはまともな会社が、裏でマフィアまがいの連中と繋がっている。
「少量の割に金額は大きい。宝石か、禁制品か……あるいは武器か。詳細は不明ですが、定期的に何かを運び込ませているのは間違いありません」
「ただの贅沢品なら隠す必要はない。……嫌な予感がする」
夜風が吹き抜け、木々がざわりと音を立てた。
「ちょうど今週末、次の受け渡しが予定されているようです」
「いいだろう。直接この目で確かめに行こう」
フィンレイは手袋をきつく締め直す。
「かしこまりました」
ギデオンが一礼する。それから言いにくそうに口を開く。
「……殿下、よろしいのですか?」
「何がだ」
「もう猶予はありません。彼女のことは諦めて、他を探すとか――」
ギデオンの言葉は喉の奥で詰まった。凍てつくような鋭い視線が主から向けられたのだ。
「……彼女と会わなくなってから、数日。たった数日だ。」
フィンレイは自身の胸元を強く鷲掴みにし、苦痛を堪えるように息を吐いた。
「それだけで、器のひびは加速度的に広がり続けているのを感じる。」
彼は奥歯を噛み締め、凍りついた声で告げた。
「彼女がアンカーだと、99パーセントの可能性で確信している。他などない」
その目は決して揺れない。
「しかし彼女はすでに公爵子息と――」
「これは彼女との契約の一部だ。一度交わした以上は責任を持つ。それに――」
フィンレイは制すように声のトーンを低くした。
「――人の性というものは、そう簡単に変わるものではない。」
その瞳に滲むのはリアムに対する明確な侮蔑と警戒色。
「しかし、無理に動いて彼女に迷惑がかかるのも避けたい。」
一度言葉を切り、彼はゆっくりと振り返った。
「……慎重に進めるべきだ。だから、今はできることを優先してやる、それだけだ。違うか?」
「恐れながら……、それは、母国の未来の王としてのお考えですか? それとも、――私情ですか?」
「……さあな」
フィンレイのブルーの瞳は暗く、読めない。だが、その奥にある熱を、ギデオンは見逃さなかった。
男はこれ以上の進言は失礼にあたると思ったのか、話題を変えた。
「そういえば、先ほどリンドストロムの通信士から連絡がありました」
「なんて?」
「エレナ様が、リンドストロムを発ち、こちらへ向かったと」
「は……?」
フィンレイの顔が、この日一番の不快感に歪んだ。
「なぜ?あいつが」
「殿下の身を案じているのでしょう。……あまり冷たくなさらないであげてください。彼女なりに必死なのです」
「……余計なお世話だ。あいつが来ると物事が拗れる。ただでさえ――」
フィンレイは大げさに肩をすくめ、夜空を仰いだ。頭痛の種がまた一つ増えたと言いたげに。
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