【完結】今さら執着されても困ります

リリー

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23. 星詠みと予言師

 やがて車輪が止まったのは、王都を一望できる静かな丘の上だった。

 降り立つ。冷たい夜風が頬を撫で、私は思わず身震いした。すぐに、温かい何かが肩を包む。彼の上着だ。白檀の香り。

「ありがとう……ございます」

 私は襟元をぎゅっと握りしめた。冷え切った肌に、彼の体温がじんわりと染み渡っていく。

「風邪をひかれたら困る」

 彼は短くそう言うと、風が入らないように上着のボタンを一つ、留めてくれた。手袋越しの指先がふと首筋に触れ、熱を持つ。

 彼が手すりへと歩み寄る。 私も遅れないように、その隣へと並んだ。

「わぁ……」

 私は思わず感嘆のため息を漏らした。眼下に広がるのは、宝石箱をひっくり返したような王都の輝き。

「この国は不思議だな。魔術という脈動がないのに、街がこんなにも息づいている」

 彼は灯りを指先でなぞるように目を細めた。

「俺の国では、魔術こそが生活基盤であり、すべてを動かす血液だ。……だがここは違う。人の手で灯した火だけで、これほどの光の輝きを放っている」

「魔術を持たない私たちは、知恵と工夫で火を灯します……。また明日を迎えるために」

 私はポツリと答えた。

「それは……美しいな」

 彼は夜空を指差す。

「上を見てごらん」

 彼は一歩、私に近づいた。
 背の高い彼が壁になり、吹き付けていた夜風が止む。
 私は夜空を見上げた。見上げた先には、降るような満天の星。息を呑む。王都の光の洪水の中からでは決して肉眼で見えない星屑の海だ。しばらくの間、その煌めきから目が離せないでいた。

「この国に、『星詠ホシヨみ』はいるのか?」

 彼がふいに尋ねた。

「『星詠み』ですか?」

初めて聞く言葉。私は小首を傾ける。

「ああ。リンドストロムでは、星は絶対的な意味を持つ。星は過去、現在、そして未来を告げる羅針盤だ。『星詠み』はそこから神託を受け、あるがままを人々に伝える」

 星が告げる、未来。その言葉に、古傷がウズいた。

「……似たような役目の者は、います。『予言師』と呼ばれる者たちが」

「『予言師』?」

「ええ。魔術も奇跡も廃れたこの国で、唯一絶対とされるのが『予言』です。……彼らは、生まれたばかりの赤子に、生涯消えない言葉を刻みつけます」

 私は自分の腕を抱いた。彼の上着越しに、見えない呪いの刻印が熱を持つ。

「それは予言という名の、……ある種の呪いです。その言葉が一生、足枷のように人生を縛り付け、逃げることを許さない。」

 予言師――私に呪いを授け、すべてを奪った張本人。

「それは……その予言は間違うことはあるのか?」

 間違う? 思いもよらない問いに、思考が止まる。

「……わかりません。誰も疑おうとしませんから。彼らが黒だと言えば黒になり、祝福だと言えば白になる。人々は、それに一喜一憂し、ただスガるだけです」

「なるほど。……それは極めて独善的で、傲慢に聞こえるな」

 吐き捨てるような響き。予言師に対する明確な侮蔑。私は驚いて彼を見た。

「星詠みは、違うのですか?」

「――星は決して間違えない。星は自然そのものだ。そこに人間の悪意が入る余地はない」

 彼はまっすぐに私を見た。星空よりも深く、吸い込まれそうなブルーの瞳。

「リンドストロムの遥かなる歴史の中で、星が嘘をついたことは一度もない。星詠みは、ただ星の声を伝えるだけだ」

 
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