23 / 51
23. 星詠みと予言師
やがて車輪が止まったのは、王都を一望できる静かな丘の上だった。
降り立つ。冷たい夜風が頬を撫で、私は思わず身震いした。すぐに、温かい何かが肩を包む。彼の上着だ。白檀の香り。
「ありがとう……ございます」
私は襟元をぎゅっと握りしめた。冷え切った肌に、彼の体温がじんわりと染み渡っていく。
「風邪をひかれたら困る」
彼は短くそう言うと、風が入らないように上着のボタンを一つ、留めてくれた。手袋越しの指先がふと首筋に触れ、熱を持つ。
彼が手すりへと歩み寄る。 私も遅れないように、その隣へと並んだ。
「わぁ……」
私は思わず感嘆のため息を漏らした。眼下に広がるのは、宝石箱をひっくり返したような王都の輝き。
「この国は不思議だな。魔術という脈動がないのに、街がこんなにも息づいている」
彼は灯りを指先でなぞるように目を細めた。
「俺の国では、魔術こそが生活基盤であり、すべてを動かす血液だ。……だがここは違う。人の手で灯した火だけで、これほどの光の輝きを放っている」
「魔術を持たない私たちは、知恵と工夫で火を灯します……。また明日を迎えるために」
私はポツリと答えた。
「それは……美しいな」
彼は夜空を指差す。
「上を見てごらん」
彼は一歩、私に近づいた。
背の高い彼が壁になり、吹き付けていた夜風が止む。
私は夜空を見上げた。見上げた先には、降るような満天の星。息を呑む。王都の光の洪水の中からでは決して肉眼で見えない星屑の海だ。しばらくの間、その煌めきから目が離せないでいた。
「この国に、『星詠み』はいるのか?」
彼がふいに尋ねた。
「『星詠み』ですか?」
初めて聞く言葉。私は小首を傾ける。
「ああ。リンドストロムでは、星は絶対的な意味を持つ。星は過去、現在、そして未来を告げる羅針盤だ。『星詠み』はそこから神託を受け、あるがままを人々に伝える」
星が告げる、未来。その言葉に、古傷が疼いた。
「……似たような役目の者は、います。『予言師』と呼ばれる者たちが」
「『予言師』?」
「ええ。魔術も奇跡も廃れたこの国で、唯一絶対とされるのが『予言』です。……彼らは、生まれたばかりの赤子に、生涯消えない言葉を刻みつけます」
私は自分の腕を抱いた。彼の上着越しに、見えない呪いの刻印が熱を持つ。
「それは予言という名の、……ある種の呪いです。その言葉が一生、足枷のように人生を縛り付け、逃げることを許さない。」
予言師――私に呪いを授け、すべてを奪った張本人。
「それは……その予言は間違うことはあるのか?」
間違う? 思いもよらない問いに、思考が止まる。
「……わかりません。誰も疑おうとしませんから。彼らが黒だと言えば黒になり、祝福だと言えば白になる。人々は、それに一喜一憂し、ただ縋るだけです」
「なるほど。……それは極めて独善的で、傲慢に聞こえるな」
吐き捨てるような響き。予言師に対する明確な侮蔑。私は驚いて彼を見た。
「星詠みは、違うのですか?」
「――星は決して間違えない。星は自然そのものだ。そこに人間の悪意が入る余地はない」
彼はまっすぐに私を見た。星空よりも深く、吸い込まれそうなブルーの瞳。
「リンドストロムの遥かなる歴史の中で、星が嘘をついたことは一度もない。星詠みは、ただ星の声を伝えるだけだ」
降り立つ。冷たい夜風が頬を撫で、私は思わず身震いした。すぐに、温かい何かが肩を包む。彼の上着だ。白檀の香り。
「ありがとう……ございます」
私は襟元をぎゅっと握りしめた。冷え切った肌に、彼の体温がじんわりと染み渡っていく。
「風邪をひかれたら困る」
彼は短くそう言うと、風が入らないように上着のボタンを一つ、留めてくれた。手袋越しの指先がふと首筋に触れ、熱を持つ。
彼が手すりへと歩み寄る。 私も遅れないように、その隣へと並んだ。
「わぁ……」
私は思わず感嘆のため息を漏らした。眼下に広がるのは、宝石箱をひっくり返したような王都の輝き。
「この国は不思議だな。魔術という脈動がないのに、街がこんなにも息づいている」
彼は灯りを指先でなぞるように目を細めた。
「俺の国では、魔術こそが生活基盤であり、すべてを動かす血液だ。……だがここは違う。人の手で灯した火だけで、これほどの光の輝きを放っている」
「魔術を持たない私たちは、知恵と工夫で火を灯します……。また明日を迎えるために」
私はポツリと答えた。
「それは……美しいな」
彼は夜空を指差す。
「上を見てごらん」
彼は一歩、私に近づいた。
背の高い彼が壁になり、吹き付けていた夜風が止む。
私は夜空を見上げた。見上げた先には、降るような満天の星。息を呑む。王都の光の洪水の中からでは決して肉眼で見えない星屑の海だ。しばらくの間、その煌めきから目が離せないでいた。
「この国に、『星詠み』はいるのか?」
彼がふいに尋ねた。
「『星詠み』ですか?」
初めて聞く言葉。私は小首を傾ける。
「ああ。リンドストロムでは、星は絶対的な意味を持つ。星は過去、現在、そして未来を告げる羅針盤だ。『星詠み』はそこから神託を受け、あるがままを人々に伝える」
星が告げる、未来。その言葉に、古傷が疼いた。
「……似たような役目の者は、います。『予言師』と呼ばれる者たちが」
「『予言師』?」
「ええ。魔術も奇跡も廃れたこの国で、唯一絶対とされるのが『予言』です。……彼らは、生まれたばかりの赤子に、生涯消えない言葉を刻みつけます」
私は自分の腕を抱いた。彼の上着越しに、見えない呪いの刻印が熱を持つ。
「それは予言という名の、……ある種の呪いです。その言葉が一生、足枷のように人生を縛り付け、逃げることを許さない。」
予言師――私に呪いを授け、すべてを奪った張本人。
「それは……その予言は間違うことはあるのか?」
間違う? 思いもよらない問いに、思考が止まる。
「……わかりません。誰も疑おうとしませんから。彼らが黒だと言えば黒になり、祝福だと言えば白になる。人々は、それに一喜一憂し、ただ縋るだけです」
「なるほど。……それは極めて独善的で、傲慢に聞こえるな」
吐き捨てるような響き。予言師に対する明確な侮蔑。私は驚いて彼を見た。
「星詠みは、違うのですか?」
「――星は決して間違えない。星は自然そのものだ。そこに人間の悪意が入る余地はない」
彼はまっすぐに私を見た。星空よりも深く、吸い込まれそうなブルーの瞳。
「リンドストロムの遥かなる歴史の中で、星が嘘をついたことは一度もない。星詠みは、ただ星の声を伝えるだけだ」
あなたにおすすめの小説
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?
綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。
相手はとある貴族のご令嬢。
確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。
別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。
何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
【本編完結】初恋のその先で、私は母になる
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。
王宮で12年働き、気づけば28歳。
恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。
優しく守ろうとする彼。
けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。
揺れる想いの中で、彼女が選んだのは――
自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。
これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。
※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。
【完結】妹ばかり愛され追い出された姉ですが、無口な夫と暮らす日々が幸せすぎます
コトミ
恋愛
セラフィナは、実の親と、妹によって、家から追い出されることとなった。セラフィナがまだ幼い頃、両親は病弱なカタリナのため設備環境が良い王都に移り住んだ。姉のセラフィナは元々両親とともに住んでいた田舎に使用人のマーサの二人きりで暮らすこととなった。お金のない子爵家な上にカタリナのためお金を稼がなくてはならないため、子供二人を王都で暮らすには無理があるとセラフィナだけ残されたのだ。そしてセラフィナが19歳の時、3人が家へ戻ってきた。その理由はカタリナの婚約が上手くいかず王宮にいずらくなったためだ。やっと家族で暮らせると心待ちにしていたセラフィナは帰宅した父に思いがけないことを告げられる。
「お前はジェラール・モンフォール伯爵と結婚することになった。すぐに荷物をまとめるんだ。一週間後には結婚式だ」
困惑するセラフィナに対して、冷酷にも時間は進み続け、結婚生活が始まる。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!