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28. 星の神託 (フィンレイ過去回想編 -2-)
月が高く昇り、冷たい光を放つ深夜。
フィンレイは王宮内の敷地の北端部に位置する「星詠み」の塔を訪れた。新しい星の神託があったとの報告を受けたためだ。
塔の中は、古い石の匂いが満ちている。古びたオーク材の扉をひらき、尖塔の外に出る。きしんだ音。乾いた外の空気が彼を包む。
星詠みは塔の中央に立ち、空を見上げていた。その瞳は白濁している。老人は、フィンレイを振り返ることもなく感情のない淡々とした声で告げた。
「『アンカー』を見つけなさい――そなたの命を繋ぎ、帝国に繁栄をもたらす唯一の道です」
「アンカー?」
フィンレイは鼻で笑った。
「あの古い言い伝えか? 私は神託を聞きに来たのであって、寝物語を聞きに来たのではないのだが」
リンドストロム帝国には、ある古い言い伝えがある。『アンカー』。それは、生まれながらにして対となる魂の片割れ。運命の伴侶のことを指す。
だが、歴史上、その実在が確認された記録はただの一度もない。
響きはロマンチックだが、それゆえに多くの者にとっては単なる迷信に過ぎない。
「……殿下は、『金の船と銀のいかり』をご存じですか?」
「リンドストロムの子供向けの童話か。もちろん、知っている。……嵐を抱えて止まれなくなった『ひかりの船』が、海の底で待つ『銀のいかり』に繋ぎ止められ、ようやく安らぎを得るという話だろう? 幼い頃、よく母上に聞かされたよ」
「あのお話こそ、錨について記された真実なのです」
星詠みが一歩近づく。
「殿下、よくご存じでしょうが、星のお告げは間違わない。」
フィンレイは頷く。重々承知していた。この国における星の神託は予言であり必然。それは歴史が証明している。幼い頃から何度も聞かされてきた事実だった。星詠みは続けた。
「アンカーは迷信などではありません。世界の理です。めったにないことですが……稀に、対となって生まれる赤子がいるのです。片方は船、もう片方はそれを繋ぎ止め、安定させる錨。あなたの中の膨大な魔力を受け止め、中和し、鎮めることができるのは、貴殿の運命の錨となるアンカーだけなのです。」
フィンレイの背筋が粟立った。記憶の奥で、母の声が蘇る。 嵐の中で安らぎを得た、あの船の結末。
今の自分は、まさにあの「止まれない船」そのものだ。ならば――対となる「いかり」が存在しても、おかしくはないのかもしれない。
――論理的ではない。だが、座して死を待つよりは、その古い物語に賭けてみる価値はある。
何より、この帝国の長き歴史において、星の導きが一度たりとも違えたことがないという事実が、背中を押した。
「……時間がない。見つけ出す方法は? 何か手掛かりは?」
星詠みは再び、空を見上げた。見えない線を指先でなぞる。
「隣国のセレスタリア帝国……。星は、そこに行くよう示しています」
「セレスタリアか……」
フィンレイの表情が硬くなる。ここから南方に位置する隣国。魔術が廃れた国。
過去の歴史上、何度も領土争いが繰り広げられてきた敵対国だ。ここ百年あまりは争いのない状態が続いているが、国境には見えない高い壁が隔てているも同然。その関係性は冷え切っている。
「一筋縄ではいかなさそうだな」
フィンレイは一人考え込むように呟いた。頭の中では先の計画がすでに進行していた。踵を返し、扉へと向かう。閉まる扉の隙間から、星詠みの白濁した瞳が虚空を見つめていた。
「殿下に星の恵みがあらんことを……」
老人の静かな祈りは、星空の下、空気に溶けて消えていった。
フィンレイは王宮内の敷地の北端部に位置する「星詠み」の塔を訪れた。新しい星の神託があったとの報告を受けたためだ。
塔の中は、古い石の匂いが満ちている。古びたオーク材の扉をひらき、尖塔の外に出る。きしんだ音。乾いた外の空気が彼を包む。
星詠みは塔の中央に立ち、空を見上げていた。その瞳は白濁している。老人は、フィンレイを振り返ることもなく感情のない淡々とした声で告げた。
「『アンカー』を見つけなさい――そなたの命を繋ぎ、帝国に繁栄をもたらす唯一の道です」
「アンカー?」
フィンレイは鼻で笑った。
「あの古い言い伝えか? 私は神託を聞きに来たのであって、寝物語を聞きに来たのではないのだが」
リンドストロム帝国には、ある古い言い伝えがある。『アンカー』。それは、生まれながらにして対となる魂の片割れ。運命の伴侶のことを指す。
だが、歴史上、その実在が確認された記録はただの一度もない。
響きはロマンチックだが、それゆえに多くの者にとっては単なる迷信に過ぎない。
「……殿下は、『金の船と銀のいかり』をご存じですか?」
「リンドストロムの子供向けの童話か。もちろん、知っている。……嵐を抱えて止まれなくなった『ひかりの船』が、海の底で待つ『銀のいかり』に繋ぎ止められ、ようやく安らぎを得るという話だろう? 幼い頃、よく母上に聞かされたよ」
「あのお話こそ、錨について記された真実なのです」
星詠みが一歩近づく。
「殿下、よくご存じでしょうが、星のお告げは間違わない。」
フィンレイは頷く。重々承知していた。この国における星の神託は予言であり必然。それは歴史が証明している。幼い頃から何度も聞かされてきた事実だった。星詠みは続けた。
「アンカーは迷信などではありません。世界の理です。めったにないことですが……稀に、対となって生まれる赤子がいるのです。片方は船、もう片方はそれを繋ぎ止め、安定させる錨。あなたの中の膨大な魔力を受け止め、中和し、鎮めることができるのは、貴殿の運命の錨となるアンカーだけなのです。」
フィンレイの背筋が粟立った。記憶の奥で、母の声が蘇る。 嵐の中で安らぎを得た、あの船の結末。
今の自分は、まさにあの「止まれない船」そのものだ。ならば――対となる「いかり」が存在しても、おかしくはないのかもしれない。
――論理的ではない。だが、座して死を待つよりは、その古い物語に賭けてみる価値はある。
何より、この帝国の長き歴史において、星の導きが一度たりとも違えたことがないという事実が、背中を押した。
「……時間がない。見つけ出す方法は? 何か手掛かりは?」
星詠みは再び、空を見上げた。見えない線を指先でなぞる。
「隣国のセレスタリア帝国……。星は、そこに行くよう示しています」
「セレスタリアか……」
フィンレイの表情が硬くなる。ここから南方に位置する隣国。魔術が廃れた国。
過去の歴史上、何度も領土争いが繰り広げられてきた敵対国だ。ここ百年あまりは争いのない状態が続いているが、国境には見えない高い壁が隔てているも同然。その関係性は冷え切っている。
「一筋縄ではいかなさそうだな」
フィンレイは一人考え込むように呟いた。頭の中では先の計画がすでに進行していた。踵を返し、扉へと向かう。閉まる扉の隙間から、星詠みの白濁した瞳が虚空を見つめていた。
「殿下に星の恵みがあらんことを……」
老人の静かな祈りは、星空の下、空気に溶けて消えていった。
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