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43. 拒絶
それに続く数日間は、高熱と絶え間ない咳の悪夢だった。
フィンレイはベッドに縛り付けられ、助けなしでは上体を起こすことさえできなかった。魔術の反動は、彼の弱りきった体を容赦なく蝕んでいた。
エレナは献身的に看病した。燃えるような額の冷湿布を取り替え、汗を拭い、彼が血を吐くたびに洗面器を支えた。彼女は恐怖と使命感に突き動かされ、ほとんど眠らなかった。
しかし、それだけでは不十分だった。
一向に状態は良くならない。一日に数回、発作が彼の体を捉え、息ができなくなるまで揺さぶり、恐ろしい量の血を吐き出すまで止まらなかった。呼吸は浅くなっていった。
「なぜ……なぜ止まらないの?」
三日目の夜、苦しげに眠る彼を見つめながら、エレナは囁いた。
もう耐えられなかった。
自分が何をしているのか気づく前に、彼女の足は動いていた。エレナは冷たい夜気の中、隠れ家を飛び出した。作法も、結果もどうでもよかった。マリアが手綱を握る馬車に乗り込み公爵家の屋敷に向かいながら、彼女の頭にはたった一つの思いしかなかった。
――彼を救わなければ。
クロシェードの屋敷は不気味なほどしんと静まり返っていた。
エレナは風の魔術の助けを借りて素早く屋敷の壁を駆け上がり、ユリアナの部屋を探す。
見つけた――!
明かりの消えた部屋で、彼女はベッドで身を起こしていた。エレナは窓ガラスを激しく叩く。
「あなたは……エレナ様……?」
窓を開け、ユリアナが目を見開いた。
「お願いです、あなたが来てくれないと、フィンレイ様が……死んでしまいます!」
「彼に……何があったのですか?」
「魔術の行使の反動で、咳と吐血が止まらないの。」
エレナは窓越しにユリアナの手を握りしめ、フィンレイが行使した魔術の反動で危険な状態にいることを訴えた。その大きな瞳からは涙が溢れそうだった。
「わかりました。今すぐ私を連れて行ってください」
「ありがとう!!!本当に、ありがとう!」
二人は裏口から屋敷を抜け出し、待たせていた馬車へ走る。ユリアナが乗り込もうとした、その時だった。
「待て!どこへ行くつもりだ!!戻ってこい!!!」
リアムだ。剣を抜きかけ、鬼のような形相でこちらへ駆けてくる。凄まじい速さだ。ユリアナは迷わず馬車に飛び乗った。エレナも続き、扉を閉める。
「出して!」
マリアが鞭を振るう。馬車が急発進し、リアムの怒号を闇の彼方へ置き去りにした。
――――――
深夜の街を馬車が駆ける。隠れ家の寝室に入った瞬間、私は息を呑んだ。空気そのものが鉛のように重く、渦を巻いている。フィンレイ様はベッドの上で、どす黒い血を吐いていた。
「言うなと……言ったはずだが……っ」
彼は虚ろな目でエレナ様を睨んだ。掠れた声は、息をするのも苦しそうだ。
「フィンレイ様!このままでは死んでしまいます!」
「私にできることは……?」
「そばにいてあげてください!ただ、それだけでいいのです!」
エレナとギデオンが部屋を出て、二人きりになる。私は嵐の中心にいる彼に近づいた。
「フィンレイ様……」
おずおずと手を伸ばす。戸惑いながらも、苦痛に歪む彼を少しでも慰めたくて、汗に濡れた髪に触れようとした。
――バチッ!!
それは一瞬だった。あまりにも早く、目で追いきれない。制御しきれなかった魔力の鞭が、私の接近に反応して暴発し、腕を掠めたのだ。
「……あっ!」
白い肌が裂け、鮮血が噴き出す。傷口は六センチほどにもわたり、ぱっくりと割れて骨が覗いていた。フィンレイの目が見開かれた。苦痛に青ざめていた顔が、自分がつけた傷を見てさらに紙のように白くなる。
「出て行け!!」
彼の口から初めて聞くような、張り裂けんばかりの絶叫だった。私はびくっと肩を震わせた。
「聞こえなかったのか?……出て行ってくれ!早く!!」
凍りついた。私には、それが自分への怒りと拒絶にしか聞こえなかった。血の滲む腕を押さえ、私は逃げるように部屋を飛び出した。
「なんてこと……」
廊下で待っていたエレナが、私の腕を見て悲鳴に近い声を上げた。
「ごめんなさい……ごめんなさい。私が無理に連れてきたばかりに……」
「そんなことありません。……ここに来たのは私の意志です。」
エレナは涙目になりながら、必死に治癒魔術で私の手当てをしてくれた。その後、ギデオンが無言で屋敷まで送り届けてくれた。去り際、ギデオンが口を開いた。
「申し訳ございません、ユリアナ様。そのお傷のこと、それからフィンレイ様のあの態度は……」
「いえ、私が悪いのです。……お役に立てなくて、ごめんなさい」
見るからに深い傷にも関わらず、不思議なほど痛みはなかった。代わりに、胸の奥がずきずきと軋むように痛んだ。うまくいかなかった。フィンレイ様を助けられなかった。彼にあんな顔をさせてしまったことへの後悔と、無力な自分に対するやり場のない憤りに、どこまでも気持ちは沈んでいった。
フィンレイはベッドに縛り付けられ、助けなしでは上体を起こすことさえできなかった。魔術の反動は、彼の弱りきった体を容赦なく蝕んでいた。
エレナは献身的に看病した。燃えるような額の冷湿布を取り替え、汗を拭い、彼が血を吐くたびに洗面器を支えた。彼女は恐怖と使命感に突き動かされ、ほとんど眠らなかった。
しかし、それだけでは不十分だった。
一向に状態は良くならない。一日に数回、発作が彼の体を捉え、息ができなくなるまで揺さぶり、恐ろしい量の血を吐き出すまで止まらなかった。呼吸は浅くなっていった。
「なぜ……なぜ止まらないの?」
三日目の夜、苦しげに眠る彼を見つめながら、エレナは囁いた。
もう耐えられなかった。
自分が何をしているのか気づく前に、彼女の足は動いていた。エレナは冷たい夜気の中、隠れ家を飛び出した。作法も、結果もどうでもよかった。マリアが手綱を握る馬車に乗り込み公爵家の屋敷に向かいながら、彼女の頭にはたった一つの思いしかなかった。
――彼を救わなければ。
クロシェードの屋敷は不気味なほどしんと静まり返っていた。
エレナは風の魔術の助けを借りて素早く屋敷の壁を駆け上がり、ユリアナの部屋を探す。
見つけた――!
明かりの消えた部屋で、彼女はベッドで身を起こしていた。エレナは窓ガラスを激しく叩く。
「あなたは……エレナ様……?」
窓を開け、ユリアナが目を見開いた。
「お願いです、あなたが来てくれないと、フィンレイ様が……死んでしまいます!」
「彼に……何があったのですか?」
「魔術の行使の反動で、咳と吐血が止まらないの。」
エレナは窓越しにユリアナの手を握りしめ、フィンレイが行使した魔術の反動で危険な状態にいることを訴えた。その大きな瞳からは涙が溢れそうだった。
「わかりました。今すぐ私を連れて行ってください」
「ありがとう!!!本当に、ありがとう!」
二人は裏口から屋敷を抜け出し、待たせていた馬車へ走る。ユリアナが乗り込もうとした、その時だった。
「待て!どこへ行くつもりだ!!戻ってこい!!!」
リアムだ。剣を抜きかけ、鬼のような形相でこちらへ駆けてくる。凄まじい速さだ。ユリアナは迷わず馬車に飛び乗った。エレナも続き、扉を閉める。
「出して!」
マリアが鞭を振るう。馬車が急発進し、リアムの怒号を闇の彼方へ置き去りにした。
――――――
深夜の街を馬車が駆ける。隠れ家の寝室に入った瞬間、私は息を呑んだ。空気そのものが鉛のように重く、渦を巻いている。フィンレイ様はベッドの上で、どす黒い血を吐いていた。
「言うなと……言ったはずだが……っ」
彼は虚ろな目でエレナ様を睨んだ。掠れた声は、息をするのも苦しそうだ。
「フィンレイ様!このままでは死んでしまいます!」
「私にできることは……?」
「そばにいてあげてください!ただ、それだけでいいのです!」
エレナとギデオンが部屋を出て、二人きりになる。私は嵐の中心にいる彼に近づいた。
「フィンレイ様……」
おずおずと手を伸ばす。戸惑いながらも、苦痛に歪む彼を少しでも慰めたくて、汗に濡れた髪に触れようとした。
――バチッ!!
それは一瞬だった。あまりにも早く、目で追いきれない。制御しきれなかった魔力の鞭が、私の接近に反応して暴発し、腕を掠めたのだ。
「……あっ!」
白い肌が裂け、鮮血が噴き出す。傷口は六センチほどにもわたり、ぱっくりと割れて骨が覗いていた。フィンレイの目が見開かれた。苦痛に青ざめていた顔が、自分がつけた傷を見てさらに紙のように白くなる。
「出て行け!!」
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「聞こえなかったのか?……出て行ってくれ!早く!!」
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